第2章 半グレ、青鬼編3 クラスのヒーローになる
慎二「京一!」
翌朝、登校してきた京一の元へ慎二が駆け寄ってきた。
慎二「お前、その顔どうしたんだよ? 口元が切れて腫れあがってねぇか?」
目を大きく見開き、京一の口元、頬の辺りをまじまじと観察する。
たしかに京一の口元はスッパリ切れて血が滲み、さらに赤黒く腫れていた。
これは昨日の3 on 3バスケの時にできたものだ。
傷跡を指先でなぞると、ピリリと痛みが走る。
京一「まあ、ちょっとね。大したことないから気にしないで」
駅前コートのデビューは今日のはずだ。
昨日は様子見。
騒がれたくなかったため、詳細を伝えないことにした。
慎二「つっても、その傷、誰かに殴られたとかだろ? 本当に大丈夫か?」
心配そうな顔でじっと覗き込んでくる。
ふわん。
慎二から洗濯洗剤と汗の混じりあった微妙な匂いが漂ってくる。
京一「そんなに気にしなくていいさ」
改めて告げると、少しだけ汗臭い慎二の頭をツイと指先で押し返す。
慎二はまだ納得いっていないという顔であったが、すぐに話題を切り替えた。
慎二「でもさ、いよいよ今日は準決勝だな。そんで、お前は駅前で勝負っと~。学校は午前中で終わりだし、午後からは直前練習だな」
両こぶしに力を込めて、胸の前でガツンと互いをぶつけ合う。
慎二の目は大切な一戦を前にキラキラしている。
適度な緊張感の中、闘志を燃やしているのだろう。
慎二「それで京一。お前のほうはOKか? あの場所に飛び込みで行って勝負してこいって無茶ぶりに対してさ」
そこまで喋ったところで、隣のクラスから「おおっ!」という歓声が立ち上る。
京一、慎二「?」
何だ?
二人は顔を見合わせる。
「マジで?すげぇじゃん?!」
「うっそ、ほんとに?!」
大小様々な感嘆の声が隣で沸き起こっている。
慎二「なんだ? 行ってみっか、京一」
皆が騒ぐということは、面白い話題があるのだろう。
隣のクラスには蓮華もいる。あるいは彼女に関することだろうか?
「え! で、勝ったの?! それって凄くね? マジで天川すげぇ!」
ひと際大きな男子の声がしたが、その言葉の中で京一の名前が飛び出した。
京一「げ……」
嫌な予感がする。
京一は気配を感じ取りながら慎二の顔を見る。
すると目がバッチリ合った。
慎二「今、お前の名前が出なかったか? やっぱ何かあったのか? おまえ」
彼の焦点は京一の口元。
京一「う……」
バタバタバタッ!
すると隣のクラスから数人の男子生徒が足音を響かせ、この教室に飛び込んできた。
生徒A「天川っ、おまえ昨日駅前のバスケコートで南商業の人たちとケンカしたんだって?!」
生徒B「そうそう、しかも1対3だったとか!」
生徒C「で、お前が勝ったって言ってたぞ!」
京一「え……」
うんざりした顔になる。
そういえば、あの二人(洋一、浩之)は隣のクラスであった。
きっとクラスの皆に話したのだろう。
慎二「えっマジで? 京一、昨日あそこに行ってきたの? しかもケンカって何だよそれ! もっと詳しく教えろよ!」
慎二が目を一層輝かせて首元に組み付いてきた。
駅前のバスケコートは南商業高校の不良チームの溜まり場だ。
中学生の目線に立てば、あのコートには絶対に近づいてはならない。
不用意に近づけば、カツアゲされるのが目に見えている。
傷の1つ2つは出来て当たり前。
駅前コートは中学生男子にとって近づいてはならない禁域だった。
それにも拘らず京一が単独であの場所に出向き、彼らとケンカになった。
洋一がそう吹聴しているのだ。
京一「分かったよ、慎二。お前には教えるよ」
仕方がない。
首元に巻きつく慎二を丁寧に解くと。昨日の経緯を説明した。
本来は今日の夕方に行く予定であったが、下見を兼ねてふらっと寄ってみたこと。
卓球部の二人が絡まれていたこと。
ガラの悪い連中にコート内に無理やり連れ込まれ、3 on 3の対決となったこと。
それらの出来事をサクッと説明した。
慎二「えっウソだろ? 卓球部の二人とお前だけで南商の3人とやったの?! なんで!? 無謀すぎじゃねぇか」
当たり前のことを当たり前のように言う。
いや、ホントその通り。
慎二の言葉に、うんうんと何度も頷く。
京一だって素人二人と組んで、怖い人達と勝負するなんて全く思っていなかった。
京一「……まぁ色々あって、そうなったんだ」
経緯に関しては言い淀む。
3 on 3で母親の写真を奪われ、激高してしまったことには触れたくない。
もう中学2年生になるのに、未だ母親の写真を財布に入れていることを誰にも知られたくなかったからだ。
生徒A「でも天川、お前よく勝てたよな? 南商業相手にどうやってケンカで勝ったの?あの人達、この辺一帯を仕切ってる不良チームだろ?」
生徒B「そうそう、すっげー怖い人達だよな? タトゥーとかあるし」
生徒C「おまえ、そんなケンカ強かったっけ? 怖くなかったの?」
生徒D「やっぱその口元の傷はその時にできたモノ?」
彼らは機関銃のように次々と質問攻めしてくる。
中学生の時分、他校との揉め事はクラス中の興味を集める。
ましてやこの辺一帯を仕切る南商業が相手だ。
興味を持つなという方が無理。
京一「いやいや違うよ。ケンカなんかしてないって。みんな誤解してる。昨日はケンカじゃなくて3 on 3のバスケをやったんだよ。確かに相手は南商業の3人だったから、すっごい怖かったけどさ」
京一は彼らの誤解を解くべく、丁寧に昨日の出来事を説明してゆく。
バスケの勝負は3 on 3であったが、ボールを持った瞬間に蹴られること。
彼らがパスを出すのは自分たちのメンバーではなく、こちら側の誰かであること。
そして、ボールを受け取った相手に向かって殴る、蹴るの暴行が飛んでくること。
などなど。
「……」
とても試合とは呼べないリンチのような展開を細かく説明してゆくに従い、皆の口数は少なくなってゆく。
予想以上の恐怖シーンが語られ、京一の周りを冷えた空気が支配していく。
生徒A「……天川、お前、そんな状況でよく無事だったな」
リアリティある話に怯えた少年たちは、そこから生還した京一をまじまじと見つめる。
生徒B「すげーよ天川。それってバスケじゃなくてもうリンチじゃん。怖くなかったの?」
京一「めちゃめちゃ怖かった。脚とかガクガクしてたし」
生徒C「でも勝ったんだよね? その勝負に」
京一「……うん、まぁ一応勝ったっていうのかなぁ。無事に解放されただけの気もするけど」
すると、隣のクラスから洋一がやって来た。
洋一「違うよみんな! 天川君はその3人をほぼ一人で相手して圧倒したんだ。そして、すごいのはその後だよ!」
京一「……」
それ以上は言うな、京一はそう目くばせしたが、洋一はまったく気づいていない。
洋一「で、その後、本当に怖い人が来たんだ……」
生徒D「え? 本当に怖いって、その3人のことじゃないの? 伸悦とか言ったら、南商業の現トップじゃん?」
生徒A「だよな、芳って人と竜二って人と併せて3人で南商業仕切ってるじゃん。てか、この辺一帯の不良のトップだよね?」
洋一「違うって、そうじゃない。本当に怖い人は、その3人じゃなかったんだよ。僕もびっくりだった」
生徒A「そうなのか?」
生徒B「伸悦って金髪の人がトップじゃないの? ケンカとかめっちゃ強くて、付近の高校の人たち、彼とすれ違うだけで視線外すじゃん」
皆、興味深々という顔で洋一の話の続きを聞きたがる。
洋一はそんな皆の様子をひとしきり眺めると、音量を一段小さくしてヒソヒソ声で喋る。
洋一「みんな、高見って人、知ってる?」
そう告げてから周りの反応を待つ。
生徒A「たかみ?」
生徒B「誰なの? 伸悦って人がトップでしょ?」
生徒C「僕も知らない、その人のこと」
皆、首を傾けている。
すると、京一のクラスにきた数人の男子生徒の中で、最も不良っぽい恰好をした少年が、3段階くらい大きな音で叫んだ。
生徒D(不良)「高見っ? うそだろ? 知ってるよその人!」
生徒ABC「え、誰だよ高見って??」
全員一斉に彼を見る。
生徒D「お前ら知らないの? バカじゃね? マジ高見って人知らないと生きていけないよ、この辺で」
周りに集まった皆の顔を一人一人確認していく。
アウトロー関係のネタを知っている自分のことが誇らしいのだ。
生徒A「で、誰だよ、その高見って」
生徒B「だな、お前知ってるんなら教えてくれよ」
回答を急かす。
不良っぽい恰好の彼は、ヤレヤレといった様子で高見の正体を述べる。
生徒D「青鬼のツートップの一人だよ、その人」
生徒A、B、C、その他全員(京一含む)「っっっ!!!」
一瞬にしてクラス全員が凍り付く。
青鬼とは、この辺一帯だけでなく、県下を締める半グレのチーム名だ。
その行動はもはや犯罪の域。
ドラッグやキャバ嬢やモデル業、さらには売春斡旋などで大きな資金を稼いでいる。
当然ながら県警からもマークされている組織だ。
構成員は20代の若者達が主であるが、それだけで大きなお金は動かせない。
バックには黒い影があると言われている。
京一「……うそでしょ?」
最も驚き、青ざめた顔になったのは、他でもない京一だ。
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