第2章 半グレ、青鬼編2 準決勝戦を観に行ってもいい?


ブォォン。


歩道を歩いている蓮華の隣を大型トラックが通過して風が立ち昇る。

蓮華の背中のあたりで切りそろえられた黒く艶のある髪がサラサラと舞い、日の光を受けて輝く。

そしてその髪の一つ一つが再び、もとある場所に収まってゆく。

駅前で人通りの多く賑わいのある場所である。

すれ違う人たちは大勢いたが、皆、すれ違うたびに蓮華の顔をまじまじと見た。


蓮華は街中を歩くだけで、周囲の注目を引いた。


洋一「天川君も琴野さんのこと、蓮華って呼び捨てにしてたよね」

浩之「あ、僕もそう思った。琴野さんのこと名前で呼び捨てる人初めて見たかも」

話の矛先が京一のほうへ向く。


京一は黙っている。

蓮華も黙っている。


次の問いかけをするな。

洋一は二人からそう告げられているような気がした。

洋一も浩之も、これ以上踏み込んだ内容は聞かなかった。


一方、黙したままの京一は、高見から投げ渡された黒いナイフのことを考えていた。

ズシリと重量感があり、ツヤ消しされたボディは暴力的なフォルムに危うい美しさを秘めている。

スタイリッシュで色気さえ感じさせる。


ナイフは何かを切り裂くための道具だ。

なぜナイフを投げ渡されたのか?


京一「……」

理由がまったく想像できない。


去り際に、明日もここへ来いと告げられた。

もともと彼らと勝負するつもりの京一にとってみれば、それ自体は良い。

だがどうにも気持ちが釈然としない。


フルフル。

頭を横に振る。

答えの出ない問いを持ち続けても無駄だ。

その代わり、この先に備えるべきだろう。


京一「何度も言うけど、もうここには来るなよ蓮華。たとえ彼らに電話で呼び出されて何を言われても来るな」

後ろを歩く蓮華に振り返ると、しっかり伝える。

二度目があってはならない。

そう思ったのだ。


京一は、再び「蓮華を賭けろ」と言われた場合を想定した。

高見はそんなことをしないと言ったが、約束を守るとは限らない。


次の勝負でも今日と同じように上手く競り合える保証はない。

なるべく危険な場所から蓮華を遠ざけておきたいのだ。

ただ……。


蓮華にそう告げながらも、京一は心のどこかで感じていた。

高揚感。

高見と対峙し、ギリギリの勝負を挑んだときの研ぎ澄まされた感覚のことだ。


全身が一つにまとまり、意識は乱れることなく、身体の末端に至る細部まで繋がり把握できた。

あの瞬間ならどんなプレーでもやってみせる自信があった。

あの感覚はなんだろうか?

ギリギリの状態に置かれてなお、爆発できた。


蓮華を守る。

あのとき、京一は声には出さなかったが明確にそう思っていた。

そして身体の奥底から力が湧き上がってくることを感じた。


その瞬間、外野の一切の雑音は聞こえなくなった。

ただ己と相手とボールが世界の全てになった。

勝つとか、負けるとかじゃない。

このシュートを決めるために、この場所に生まれてきた。

心の底でそう感じていた。


蓮華「京くん……、明日、県大会の準決勝戦でしょ?」

先ほどから何かを考え込む京一に、蓮華は恐る恐る問いかける。


京一「ん? そうだけど」

蓮華「観に行ってもいい?」

ごく自然な流れだ。


京一「……」


テクテク。

テクテク。


京一は黙ったまま歩く。

蓮華が試合を見に来る。

そのことを頭の中に静かに落とし込んでゆく。

この間、蓮華はずっと京一の背中を見つめている。


蓮華「……だめ?」

消え入りそうな声だ。


京一「明日は……ダメだ」

なぜなら京一は明日の準決勝を欠席する。

そして再度この場所に来ることになっている。

コーチからそう指示されているし、幹中バスケ部のメンバーも知っている事だ。


それを蓮華に教えたくなかった。

蓮華が再びこの場所へ来てしまうかもしれないと思ったのだ。

その代わりにこう告げる。


京一「明日は、まぁ勝つだろうから、来週末の決勝戦に来ればいいよ」

蓮華「!」


ギュッ。

蓮華は全身に力を込めた。


まさか決勝戦を観に行くことを京一から直接承諾してもらえるとは思わなかった。

素直に嬉しくて、嬉しくて、声が出ない。


京一「決勝は長谷中との対戦になると思う。そういえば、長谷中の清里ってエースから呼ばれてるんじゃないのか? 試合会場に来てくれってさ」


他校の生徒が蓮華に告白することは珍しいことではない。

どこ中の誰が告白したなんて話は、しょっちゅう教室の中で飛び交っている。

京一も蓮華に告白してくる相手のことをいちいち覚えていない。

だが、長谷中の清里の件は違った。


バスケの県大会で優勝して、そのあかつきに蓮華に告白するというのだ。

まるで自分の頭の上を踏みつけて、告白されるように感じてしまう。

京一は長谷中との決勝戦だけは絶対に負けたくなかった。


蓮華「あ……うん。知ってたんだ、そのこと」

京一「話題になってたから。クラスで」


蓮華「そうなんだ……。私は清里君っていう人とは会ったことないの。でも、友達伝いで決勝戦に来てほしいと彼が言ってるらしい」


大方告白なのだろう。

蓮華は覚悟している。

ただ、顔も知らない相手の告白を受けるために、試合に行くことを自分から京一に言いたくなかった。


京一「清里は、試合に勝ったら蓮華に伝えたいことがあるんだってさ」

蓮華「ふぅん」

曖昧に返事する。


京一「この前、うちの中学の体育館で長谷中と練習試合をやったんだ」

蓮華「うん……知ってる」


京一「そっか。まぁ知っての通りボロ負けだった」

蓮華「うん」


京一「今のままじゃ、長谷中には勝てない。清里はうまかったよ、僕よりも」

蓮華「うん……。あっ、いや……うんじゃなくて」

会話の流れでうっかり同意してしまったので、慌てて否定する。

蓮華は長谷中との練習試合を見ていない。

大差で負けたことを友達伝いで聞いていた。


だが、先ほどの二人の勝負を見た蓮華は、京一より優れたバスケットボールプレーヤーが同じ中学生にいるのだろうかと思った。

それほどに京一のプレーは冴え渡り、力強かった。


京一「まあ本当のことさ。普通にやったら勝てないと思う。実力は向こうのほうが上だからね」

空を見上げる。

そして両脚に力を込めてジャンプした。


トン!


アスファルトを叩く音がして京一の身体が上空を舞う。

蓮華にはそう見えた。

そして静かに着地した瞬間、いままで聞いたこともないような激しい音が辺りに響き渡る。



ズダンっっっ!!!!!!!



周りを歩いている人たちが音の主に注目した。

今までは後ろを歩く蓮華に見とれていたものの、そのあまりに大きく激しい音のために視線が自然と京一に向かう。

跳躍の瞬間、京一の身体はなお一層高く空中に舞いあがる。


クルン!


同時に両脚を丁寧に胸のあたりで折りたたむと、後方にクルンと綺麗に一回転した。

そして、何事もなかったかのように静かに地面に着地する。

トン。


「うおぉ」


辺りの通行人から驚きと感嘆の声が漏れる。

蓮華は京一の後方宙返りを、まるでスローモーションが再生されるように感じた。


蓮華「なに……今の」


あまりの驚きで思うように声が出ない。

先ほどの勝負でも、同じような場面があった。その時は、地面を思いっきり蹴りつけて、その反動で身体を後方へ弾き飛ばす跳躍だった。


跳躍というか……超・跳躍だ。


その時の姿と、今の後方宙返りが重なって見える。

蓮華は京一の両脚をじぃーっと食い入るように見つめた。

小学生の頃は、まともに走ることすらできなかったのに、いつの間にこんなに跳べるようになったのだろう。


蓮華「……」

自分の傍から京一が飛び去って行くようで、胸がモヤモヤしてしまう。


京一「知ってると思うけど、小学生の頃は足が遅くて、いつもリレーで最下位になって辛かった。でもさ、その時の辛さは全部、今この時のためにあったのかなって。そう思っているんだ」


タンッッ!

そう言いながら、再びその場で軽くジャンプする。


フワリ。

まるで京一の身体だけ重力の縛りから解放されたように見える。


蓮華「……うん」

空を舞う京一の身体を見つめながら、蓮華は小さく頷く。

いつの間に、そんなに高く飛べる翼を手に入れたのだろう。

以前は、自分が守ってやらなければダメだと思っていたのに……。


手に入れた新しい翼で、一人高い場所へ飛び立ってしまうのではないか?

京一の凄まじい跳躍力を目の当たりにした蓮華は、なぜか胸騒ぎがした。

その後のことはよく覚えていない。

京一とは2つ3つ当たり障りのない会話をして、互いの家に帰宅していった。


その間の時間の流れは、遅いのか早いのかよく分からなかった。

洋一や浩之が隣にいたことなんて忘れていた。

ただ、別れ際に彼らが寂しそうな顔で「さようなら」と言ってくれたことだけは記憶している。


願わくば、明日も、明後日も、明々後日も、今日と同じように京一のバスケを眺め、その後一緒に歩いて帰りたい。

それを言葉にすれば彼に避けられてしまうだろうか?

恐怖感が蓮華の行動を著しく制限していた。

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