第2章 半グレ、青鬼編1 解放
京一「帰ろう、二人とも」
京一はベンチでボーっとしたままの洋一と浩之に声をかける。
二人とも極度の緊張から解放されて脱力している。
京一と高見。
二人の次元の異なるプレーを目の当たりにしたのだ。
少なからず衝撃を受けているようだ。
南商業の3人に囲まれ泣くだけだった自分達に比べて、正々堂々とバスケで戦い、彼らを退けた京一は、洋一達にとって別世界に住む存在。
素直にカッコいいと思った。
洋一「ありがとう天川君。助けてもらって」
浩之「僕も。ありがとう天川君」
二人とも京一に対してペコリと頭を下げる。
恐怖から解放されて心底ホッとしているのだ。
京一「いいよ。僕もバスケするためにここに来たんだし」
それから3人はトボトボと歩きながら、ようやくフェンスの外に出る。
これで解放だ。
心の底からホッとする。
全身に入っていた力がスゥと抜いていく。
タタタタっ!
蓮華「京くんっ」
すると、そんな京一の下へパタパタと蓮華が駆け寄ってきた。
周囲に集まる全員が蓮華の姿を目で追いかける。
京一「ん?」
蓮華は深刻な顔をしている。
蓮華「京くん、あの人たち誰なの? なんでここでバスケやってたの? 危ないよ」
駆け込むや否やそう告げる。
洋一「あ……琴野さん、天川君は僕たちを助けてくれたんだよ。僕ら二人があの高校生たちに絡まれてて……」
代わりに洋一が事情を伝える。
洋一はこんなに間近で蓮華を見たことがない。
心臓が信じられないくらいにドキドキしている。
洋一「あのね、琴野さん」
蓮華「ねえ京くん、聞いてるの?! なんであんな危ない人たちとバスケやってたの? あの人たち、私知ってるよ。半グレの人たちでしょ? すっごい危ないよ、怖い人たちだよ、この後も絡まれるよ。それなのになんで? なんでここにいたの?!」
蓮華は機関銃のように京一を問いただす。
此処にいた理由。
バスケで戦っていた理由。
全ての疑問は京一へと向かう。
蓮華は京一しか見ていなかった。
洋一「……」
沈黙する。
蓮華「ねぇ京くん、なにか言ってよ!」
蓮華は美しく整った顔をしかめると、反応のない京一の右腕を掴んで揺らす。
洋一「!」
一瞬ではあるが、洋一の両目が大きく開く。
校内では圧倒的な存在感を放つ蓮華である。
蓮華に直接手を触れるなんて、恐れ多くて誰もできない。
それなのに目の前で蓮華が京一の右腕をしっかりと握り締めている。
蓮華の行為が洋一には信じられない。
そして責められている京一を心底羨ましいと思った。
京一「鬱陶しいな、蓮華。手を放せよ」
ぶっきらぼうに告げる京一は、蓮華を振りほどく。
蓮華「あ……」
たいそう美しい口元から狼狽の声が漏れる。
スゥ……。
白く美しい指先が、京一の右腕の傍で寂し気に沈んでゆく。
これ以上、京一の中に入って行けない。
蓮華はそのことを即座に理解した。
京一「もういいだろ? みんな解放されたんだし」
蓮華「でも……」
掴む先のなくなった蓮華の手の平が所在なげにしている。
自分のことを鬱陶しそうにする京一の態度に、蓮華は泣きそうな顔になる。
一方の京一は蓮華の変化にまるで気づいていない。
京一「それにさ、あんな呼び出し電話を真に受けて来るなよ。そっちこそ危ないだろ?」
まさか知らない男からの呼び出しに蓮華がホイホイ応じるとは思いもしなかったのだ。
もしも自分が負けていたらどうなったのか?
そのことを思い京一は苛立っている。
しかし、である。
高見が「蓮華を自分のものにする」と言った瞬間、京一は心の中が研ぎ澄まされてゆくことを感じた。
絶対に奪われてはならないと強く思った。
己の全身は自らの意に従った。
なぜそんなに意識が研ぎ澄まされていったのか?
京一は俯き視線を落とす。
答えは一つ。
蓮華がこの場所にいたからだ。
蓮華がいることで、果てしの無い高揚感を自分の中から引き出せた。
ならば何故か?
何故気持ちが高揚したのか?
京一「……」
答えは分かっている。
それを言葉にしたくなかった。
故に、健気に駆け寄ってきた蓮華を、素直に迎え入れることができずにいる。
京一はまだ幼く未熟で、身勝手だった。
京一「蓮華、もうここには二度とくるなよ。危ないし邪魔だから。それにもし今度来ても、僕が……」
そこまで言って、次の言葉を飲み込む。
「守れるかわからない」
そう告げようとしたからだ。
蓮華を守る。
あの冬の日に蓮華を殴っておきながら、この拳が蓮華を守る。
矛盾している。
京一の中で、蓮華に対する過去の行為と、守るという言葉が反発し合う。
京一「……」
蓮華「なに? 僕がなに?」
一方、言葉の続きを聞きたい蓮華はその先を急く。
しかし今の未熟な京一では言葉の続きを口に出来ない。
京一「……なんでもない」
そう告げる。
それからクルリと蓮華に背を向け、スタスタと歩き去る。
蓮華「まって!」
縋るような声だ。
蓮華は京一の背中に向けて叫ぶ。
だが待ってくれるはずもなく、背中がどんどん遠ざかる。
蓮華「……」
仕方がないので京一の後を着いてゆくことにした。
テクテク、テクテク。
無言のまま時が過ぎてゆく。
蓮華は京一との間の距離を適切に守っている。
これ以上は近づけない。
近づけば、バチンと弾かれる。
そんなバリアのような空気感が見えるのだ。
洋一「あ、待って琴野さん」
蓮華「……」
洋一と浩之はそんな二人の後を追いかける。
せっかくのチャンスである。
二人とも蓮華と仲良く会話したかった。
洋一「……」
浩之「……」
だがとてもそんな雰囲気ではない。
京一は自宅に向かって歩いて帰るつもりだろう。
バッシュを肩からぶら下げている。
テクテク、テクテク。
歩幅が違うのだ。
蓮華は少しだけ早歩きになる。
決してくっつかず、かといって引き離されることもない。
微妙な距離を隔てて歩く。
蓮華「……」
こんなに近い距離で京一と歩くのはいつ以来だろう?
中学生になり、二人が学校で会話することはない。
だが、今日はこの場所に来て、京一の姿を間近で見ることが出来た。
高見という男から呼び出されたからだ。
蓮華は二人が対決する様子をフェンスの外から食い入るように見た。
必死になって戦う京一の姿はとても美しい。
強く逞しい翼で、大空に羽ばたく一羽の鷲のようだった。
願わくば、このままずっと勝負を見つめていたい。
そう思った。
洋一「あの……琴野さん」
蓮華の後ろを歩く洋一がおそるおそる声をかける。
蓮華「……なぁに?」
洋一は蓮華のことが好きだった。
友達伝いで蓮華の携帯電話番号を偶然知ったため、それを自分の電話帳にこっそり登録していた。
蓮華に許可をもらったわけではない。
蓮華の携帯電話番号やメールアドレスを知っていることは同学年において一つのステータスになっている。
蓮華は他人に自分の携帯番号をむやみに教えない。
ごく親しい友達に必要に応じて教えるだけだ。
それがいろいろな経緯で洋一にも漏れ伝わっていた。
洋一「琴野さんって、天川君と知り合いなの?」
一番聞きたかったことを率直に聞く。
蓮華「え?」
浩之「あ、僕もそう思ってた。天川君のこと名前で呼んでたから。京くんて」
蓮華「……うん。まぁ、同じ小学校だったし。京くんも私も」
当たり障りのない返答だ。
蓮華は小学生時代のことをあまり思い返したくない。
どうしてもあの日の出来事を思い出すからだ。
だが洋一はそんな二人の過去を知らない。
洋一「同じ小学校だったんだ。……それだけ?」
それだけとはどういう意味だろう?
蓮華は怪訝な顔をする。
浩之「同じ小学校だっただけで、京くんって名前で呼ぶんだ」
蓮華「え? うんまあ、そうよ」
二人が気にするのは仕方ない。
同じ小学校を卒業したクラスメートは他にもたくさんいる。
だが蓮華が男子生徒を名前で呼ぶことは無い。
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