第2章 半グレ、青鬼編4 襲来


半グレ。

チーム名は「青鬼」。


京一だって青鬼のことくらいは当然知っている。

普通に生活していれば絶対に交わることのない危険な半グレ組織だ。

しかもそこのツートップの一人。


ゾワゾワゾワ……。

背筋の毛が逆立ってゆくのが止まらない。


慎二「京一……お前よく生きて今日学校に出て来られたよな。青鬼のツートップって、信じられん……」

慎二も興味深々から、青ざめた表情に変わる。


京一「いや、僕自身も知らなかった……あの人がそんなヤバい人だったなんて」

カタカタ。

京一の手元が震えている。


洋一「でもみんな聞いてよ。天川君まったく逃げなかったし、怯まなかったよ。その高見って人を前にしても」

洋一は昨日の京一と高見の1 on 1を思い返す。

あの試合は本当に凄かった。

今まで見た他のどんなスポーツ試合より、怖くて、刺激的で、目が離せなかった。


生徒D「で洋一、その高見さんに天川はどう絡んだんだよ?」

一番不良っぽい彼は、高見vs天川の一戦に興味深々である。

まさか、自分たちの学校に青鬼の高見と渡り合った少年がいたなんで夢にも思わなかったのだ。


洋一「もちろん喧嘩じゃないよ。高見って人と天川君は1 on 1でバスケの勝負をしたんだよ」

生徒ABCD「えっ! うそっ! 1 on 1の勝負? ってことはタイマンの勝負じゃん?! マジで信じられん……。天川、お前死ぬつもりだったんか?」

皆一斉に京一の無謀な行為の詳細説明を求める。


いや、京一自身、高見がそんなヤバい人だとは知らなかったし、成り行きのまま1 on 1の勝負に流れ込んでしまったのだ。

自分から仕掛けたものじゃない。


京一「いや違うって。死ぬっていうか何ていうか、必死だったんだよ。そこにいる洋一も浩之も絡まれていたし、僕もあのままじゃ無事に帰れない状況だったし、言われるがままに1 on 1の勝負になったんだ」


動揺する額に冷や汗が滲む。

まさか昨日の自分がそんなヤバい人を相手にしていたなんて思いもしなかったのだ。


高見は一撃で伸悦や竜二を殴り倒した。

普通じゃないことは重々分かっていたが、まさか青鬼のトップだとは思わなかった。


洋一「でもさ、みんな知ってる? 高見って人、もともと有名進学校の私立青葉にいたんだって。しかも、そこでバスケ部の何とかガードってポジションでレギュラーだったんだって。バスケの実力も凄い人らしいよ」


慎二「?! ちょっと待ったっ」


ガタン!

突然、慎二が大声を上げて椅子から立ち上がる。

皆が一斉に慎二のほうを向く。


慎二「青葉? 高見? シューティングガード?? 分かったっ俺その人分かったよ!」

京一「え、何だよ慎二? 知ってるのか?」


慎二「バカお前知らないのか? 青葉がバスケの強豪ってことで知ってるだろうけど、そこのシューティングガードで高見っていったら、5年前にいたじゃん? ウィンターカップで準決勝まで勝ち進んだ時のエースだぜ、その人」


ビリッ!

突然京一は閃いた。


京一「あっ思い出した! 青葉の高見ってガードポジションのすごい上手い人がいたって、少年チームに入部したころ、当時の監督が言ってた」


脳裏に雷鳴が走り、瞬時に昔の記憶が蘇る。

確かに、青葉のバスケ部でエースを張る高見という名の少年が5年前にいた。

すでに全国区で超高校級と呼ばれるほどの実力者だったはず。


京一「でも高見って人、青葉は辞めてるよね。どういう経緯があったか知らないけど、今、南商業にいるんじゃなかったっけ? 5年前に青葉にいたってことは、留年とかしたのかな?」


生徒D「バカ、お前知らねーのかよ。南商業なんか底辺高だから、二十歳超えた半グレも高校資格を一応取っておくために入るんだよ。あそこ夜間もあるんだぜ?」


南商業がこの辺一帯の不良たちを集めている理由はこの部分にある。

高校卒業資格が取れるため、どんなに悪い連中でも一旦は南商業に籍を置く。

そして、そこで不良仲間のネットワークを作っていくのだ。


慎二「京一、お前知らないのか? 高見って人、ウィンターカップの後、家族の、確か姉か妹かが事件に巻き込まれて死んでるんだよ。そこからあの人はおかしくなって、青葉を辞めていったはずだよ」

京一「そうなんだ……」


事件による不幸があったことは知らなかった。

あの無表情は、あるいはその事件がきっかけだったのかもしれない。


生徒D「あの事件のことか。高見って名前で繋がった。姉だと思うけど、惨殺死体で見つかった事件じゃなかった? テレビのニュースで流れていた気がする」


生徒A「あの事件……。俺も知ってる。顔面をボコボコにされて焼かれて、裸のまま倉庫のドラム缶に入れられて腐って発見されたんだっけ?」


生徒B「犯人ってまだ捕まってなかったよね?」


生徒C「思い出した。俺らまだ小学生だったけど、先生達が犯人が潜んでいるかもしれないから注意するようにって言ってたよな。女子とか親がしばらく送り迎えしてたっけ」


皆、当時のことを少しずつ思い出してゆく。

高見という男には影があるのだろう、昨日もずっと無表情のままだった。


大声で脅すというより、負のオーラで相手を静かに威圧する感じ。

少なくとも3 on 3で対戦した南商業の3人とはまるで違う雰囲気を感じた。

家族が殺されたからだろうか、感情が読み取れない不気味な雰囲気の人だった。



キ~ンコ~ン、カ~ンコ~ン



そうこうしているうちに、朝礼のチャイムが鳴る。

ガヤガヤ。

皆それぞれの教室へ散っていく。


高見が「蓮華を賭けろ」と言ってきたことは、京一以外の誰も知らない。

当然、洋一や浩之もだ。

この場で蓮華の話題が出れば大騒ぎになるだろう。


先ほどは話題が逸れたお陰で、蓮華の名前が出ることは無かった。

京一は皆が去った朝礼の時も、その後の授業の間も、昨日のことを考えていた。

夕方にはまたあの場所に行かねばならない。

1on1なのか3on3なのかは分からないが、いずれにしてもバスケの勝負になることは間違いない。


昨日の勝負で、自分の中で小さな殻が破れた感覚も掴んだ。

これは当初予想していなかった良い部分だ。

ひょっとしたらコーチはこの辺のことを想定して指示したのかもしれない。

だが……。


奥の手を出してしまった。

あれは予定外のことだ。

あの技は長谷中との決勝戦まで出さないよう指示されている。

追い詰められた局面とはいえ、出してしまった。

というより、出さねば到底勝負にならなかっただろう。


京一「……」

あの瞬間、コーチからの指示は京一の頭に無かった。

それくらい勝負に集中していた。


それと、もう一つ気になることがある。


今は3時限目の数学の時間だ。

先生が板書しながら、1次関数の説明をしている。

黒板には2本の線が120度の角度を持って交わる絵が描かれていた。

その2本の線を眺めながら、京一はポケットの中にしまっているバタフライナイフに触れる。


体温に温められて、それはぬくもりを持っていた。

今は2枚のグリップが閉じられている。

だが、黒板に描かれた2本の直線のようにグリップが開けば、銀色に光る鋭利なナイフが顔を出す。


そんなモノを自分が持ち歩いていることは誰にも言えない。

ナイフを取り出せば教師に厳しく叱られ、職員室へ呼び出されるだろう。

場合によっては停学になるかもしれない。


何故、バタフライナイフを投げ渡されたのか。

理由がサッパリ分からない。

京一は教師の板書を見ながらこの後のことをボーっと考えていた。




バグンッ! バグンッ! ブォンッ!




突如、校庭のほうから車の激しいエンジン音が響いてきた。


バグンっバグンっ!

ブォォォンっ!


激しい音を3度4度と鳴らした後、ぷつりと音が途絶える。

そして、バタンと扉を締める音が響いた。


何の音だろう?

まるで暴走族の改造マフラーが鳴らす破裂音のようだ。


なんとなく嫌な予感をさせながら、京一がその音の理由に思いを巡らせていると、隣のクラスがザワつき始めた。


ザワザワザワ……。

まだ授業中であるにもかかわらずだ。


教師「静かにしなさい! 席につきなさい!」

だが教室のざわめきが収まる気配はない。

ザワザワザワ……。


京一達のクラスからも、数人が窓の外の様子を眺めるべく席を立つ。

先ほどから板書していた教師も、何事が起きたのかと窓際へ移動する。



「げ! 南商業の伸悦だっ!」

誰かが叫ぶ。


京一「!」

嫌な予感は的中した。

あの金髪の男が学校にまでやって来たのだ。


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