第2章 修行編16 対決、何を捧げるかじゃない、何を捨てるかだ!

蓮華の美しい顔と視線はコート中央に立つ二人に注がれている。


一方、フェンス外の観客達は一様に蓮華を見つめ、あまりに整った美しい姿に意識を奪われていた。


まだ中学生であるにもかかわらず、彼らがこれまでに見たどんな美人よりも蓮華の容姿は優れている。


高見はそんな蓮華を遠くから眺める。

相変わらず表情の読み取れない顔つきだ。


蓮華から視線を外すと、京一のお腹のあたりをじぃっと眺めた。

そして笑う。


高見「へぇ~こりゃオモシレーや」

とても面白い何かを見つけたのだろう、無表情であった彼の顔に興味の火が灯る。


高見「あぁなるほど、コイツらひょっとして」

意味深げな表情で京一と蓮華のお腹の辺りを見比べる。

そんな高見の視線に気づかぬ京一は、蓮華の姿を視界に捉えたまま動けずにいる。


「帰れ!」と叫べば素直に帰ってくれるだろうか?

しかし叫んだところで、この場所にいる連中が蓮華を素直に開放するとは思えない。

蓮華はこの場所に足を踏み入れた瞬間から、彼らの仕掛けるゲームの参加者になったのだ。


高見「天川、おまえアイツを賭けろ」

薄ら笑う高見は蓮華を指さした。


京一「え?!」

両目を見開き狼狽える。


京一「なにを……」

そう言いかけたところで高見は容赦なく被せてくる。


高見「俺が勝ったらアイツは俺がもらう。お前が勝てば好きにしろ」

京一「なっ! 何を勝手な!」


どちらが勝とうが蓮華には関係のないことだ。

賭け事の行方に巻き込む訳にはいかない。


京一「蓮華! 帰れっ!」

憤る京一は再び大声で叫ぶ。

フェンス外にいる蓮華にもはっきりと聞こえるほどの大声だ。


今からでも遅くない。

走って逃げればまだ間に合う。

それなのに蓮華は動かない。

ただじっとした姿勢でコート内を見つめている。


京一「何でだよ?!」

なぜこの場所が危険だと分からないのか?

動こうとしない蓮華に苛立つ。


蓮華「……京くん」

一方、京一の焦りの届かぬ蓮華は誰にも聞こえぬ声で京一の名を口にする。

二人のそんな様子を観察しつつ、高見は薄ら笑ったままだ。


高見「じゃあ続けるか。4対9だな。今のスコアは」

そう告げる。

京一と蓮華の間に割って入ると、二人の間で交差する視線を絶ち切った。


京一「く……」

改めて自分の置かれた状況を認識させられる。

そう。

まだ勝負の途中である。

先程からことごとくシュートをカットされ、得点は4対9で負けている。

このままの流れでは負けてしまう。


高見は先ほど、この試合に勝てば蓮華を奪うと告げた。

危険だ。

中学生になった蓮華はますます美しくなる。

容姿と名前は他校にまで知れ渡っている。

この男が蓮華を気に入ってしまっても不思議ではない。


もしも彼が蓮華を奪ってしまったなら、その後、蓮華はどうなってしまうのか?

その時の事を想像したく無かった。


京一「……クソ」

小さく毒づく。

負けるわけにはいかない。


京一「試合時間は何分ですか?」

念のため聞いておく。


高見「そんなのねーよ」

あっさり告げられる。


京一「え?」

思わず聞き返す。

意味が分からなかったのだ。


高見「お互い、飽きて倒れるまでやろうぜ。その時勝ってるほうが勝ちだ。それでいいだろ?」

冗談で言っているとは思えない。

飽きなければ夜中までやろうという雰囲気だ。


ここまで来ると、京一は高見の発言を不思議に思い始める。

なぜそこまで自分と1on1をやりたいのだろうか?

理由が全く分からない。

それでも応じるしかない。


京一「わかりました」

選択肢はない。

ならば覚悟を決めるまで。


今一度、京一は上半身の筋肉をストレッチで伸ばす。

グッ……。

1 on 1だ。

休む時間はない。


どれだけの時間、全身フル稼働で戦えるだろう?

やってみなければ分からない。

京一はベンチ脇をチラリと見た。


竜二と呼ばれる男はまだ意識を失ったままでいる。

金髪の男はそんな竜二の隣でベンチに腰かけ、ぼーっとした様子で蓮華を眺めていた。

洋一と浩之もフェンス外に立つ蓮華に魅入っている。


一方の蓮華はフェンスに両指を絡めて、静かに佇む。

周囲の注目を集めながらも周りのことは一切気にしていない。

ただコート中央の様子を見つめるのみだ。


高見「次は俺からだな」

そう告げるとボールを片手で掴み上げ、人差し指の上でクルクルと回転させる。

バランスの良いボールさばきにより、まるでコマが指先で回転しているかのように見えた。


それから、ポン、と指先でボールを上に弾きあげる。

ボールは1メートルほど跳ねると、地面に落下し、トンと音を響かせた。


高見は跳ね返ったボールにソフトタッチすると、両足に筋を浮かばせ3ポイントラインの内側に切り込んでゆく。


ギュオッ!

一方、迎撃態勢にある京一は、フリースローラインの内側で高見の突進を迎え撃つ。


京一「フッ、フッ、フッ」


細かく呼吸を刻む。

負けられない。

これ以上、点差を離される訳にはいかない。

だが失点を怖れていてはダメだ。

怖れは判断力を鈍らせる。


ならばどうする?

どうすればいい?

……。


少しずつ選択肢を絞ってゆく。

簡単だ。


彼のプレーの急所を抑えればいい。

それはどこか?


ギュギュッ!

勢い緩めぬままに高見は突き進む。


京一「フッ、フッ、フッ」

相手の高速ドリブルについていく素振りをして、間合いを十分に取った。

ゴールリング周辺のエリアに留まり、内側に入らせないようにする。


プレーの急所。

それはシュートを打つ瞬間。


シュートとは、ゴールリングに向けて伸びる無数の軌跡から、リングに突き刺さるたった1つを選び取る行為。

それ以外の軌跡は全て死に筋だ。


故に得点を決めさせないためには、相手に死に筋を選ばせれば良い。

迎撃態勢にあって京一の頭は冷静に冴え渡る。


相手がシュート態勢に入った瞬間を狙う。

その瞬間、一気に間合いを詰めてインターセプトする。


一度シュート態勢に入ってしまえば、容易に身体の方向を変えられない。

そこに漬け込む隙がある。


だがそれだけでは足りない。


対する相手は超強豪、青葉の元シューティングガード。

実力は京一よりも上。

インターセプトをあっさり許すとは思えない。

真正面から馬鹿正直に対峙すれば負けてしまうだろう。

だが。


京一「……」

この勝負は負けられない。

負ければ蓮華を奪われる。


ならば勝つためにどう動く?

対価として何を捧げる?


そこまで思い至ってふと気づく。


京一「違う」


どう行動するかじゃない。

何を捧げれば良いかでもない。


勝負に勝つために何を“捨てる”かだ。


京一の視線がボールコントロールする高見へと徐々に絞られてゆく。


ギュギュギュン!


高見は加速を緩めぬままにリング下に走り込んでくる。

一方、京一はまだ動かない。

高見は京一の様子を一瞬だけ視認すると一気にシュート態勢に入った。

その瞬間である。


京一「ここだっっ!」


ズダンッッ!


高見の両脚がフリースローエリアに入った瞬間、京一は全力でダッシュした。

間合いを急激に詰める。


高見の両腕に彫られたタトゥは、女神のような女性の姿をしている。

二人の時間がスローで再生されてゆく

タトゥの彼女と目が合う。



コツンッ



高見が跳躍態勢に入ったその瞬間、京一は彼の右足のシューズを蹴飛ばした。


高見「!」


高見の意識が下を向く。

だがそれも僅かの時間。

跳躍すると同時にそのままシュートを放った。

彼の両手から放たれたボールは、晴れ渡るコートの上空で円弧を描く。


クン!


美しい円弧を描くボールは、だがしかしゴールリングの枠にぶつかり、その上で2度ほどバウンドした。


ドン、トン……。

それからリングを通過することなく外へと落ちる。


京一「!」


この瞬間を見逃さない。


ダンッ!

初めから狙っていたため、京一の初動は高見よりも速い。

素早くゴール下に駆け込むとリバウンドボールを奪う。


パン!


京一「よし!」

背後に高見を感じるままに、素早くゴール真下からレイアップシュートを決める。


6対9

「おお!」

フェンス外から歓声が上がる。

京一の姿を見つめたままの蓮華の瞳がひと際大きく見開かれた。


京一「フゥッ!」

空を見上げて大きく息を吐き出す。


高い駅ビルに挟まれた空は、真っ青の画用紙からコンクリートの壁によって切り出されており、青一色で澄み渡っていた。

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