第2章 修行編15 対決、最も来てほしくないキミが来る

次は高見からの攻撃になる。

ワシリ……。

高見は無表情のまま、床に転がるボールを片手で掴みあげる。


京一「!」


その様子を見て息を呑む。

手の平が大きいほどボールをコントロールしやすく、バスケでは有利になる。

しかし直径30cmあるボールを片手で掴める者はそういない。

片手で掴めるのは外国人選手くらいだと思っていた。


高見「次は俺からいくぞ」

そう告げるや否や、京一に向かって高速ドリブルを仕掛けた。


ドンッ!


京一「速い!」


たったの一歩で一気に間合いを詰められてしまう。

そう感じるや否や、高見は左足を軸にして身体を90度左回転させた。


グォンッ!


そして京一の右脇を抜く。

並外れたスピードを持つ京一も、素早く反応して進行方向をブロックする。

ボールカットが狙いだ。

だが。


京一「?!」

すでに彼の手元にボールは無かった。

慌てて周囲を見回すものの、前後左右にボールの影は見当たらない。

だがボールの気配は感じ取れる。

微かにラバーの匂いが残るからだ。


京一「どこだっ?」

高見「フッ」


焦りの表情を浮かべる京一をよそに、高見は悠々と右側を抜き去ってゆく。

先程、左足を軸に90度回転した瞬間、ボールを地面に向けて叩きつけていた。


ギュンッ!


ボールは叩きつけられた反動で、一瞬のうちに京一の頭上を跨ぎ超えていたのだ。

高見は京一をスルリと交わすと、上空に跳ねたボールを掴む。


前方にはゴールリングがあるのみ。

邪魔する存在は無い。

特に力を入れることもなく、自然な態勢でレイアップシュートをアッサリ決めた。


スパン!

2対2


一連の動きには無駄な力が一切入っていない。

まるで水が流れ過ぎてゆくように滑らかで自然だ。


「すげぇ……」

外野からは、京一がシュートを決めた時よりも大きな感嘆が上がる。

あまりに美しい動きに、ため息すら混じる。

京一は悠然と振り返る高見の姿に意識を奪われた。


美しい。

素直にそう思う。


京一「いや……だめだ」

このまま気圧されてはいけない。

自分の力が出せなくなる。


パン!

自分の頬を両手で叩くと、再び呼吸を整える。

次はこちらが攻める番だ。


ドリブルで高見の右側を抜いてシュートに持ち込む。

一連の流れをイメージしながら、右側をショートダッシュで突き抜ける。


シュン!


高見は突っ立ったままである。

故に京一はあっさり彼を抜き去った。


京一「よし!」

小さく叫ぶ。

そして、ゴールリング直下に到達しレイアップシュートに移行する。



パン!



ボールが弾き飛ばされた。


京一「えっ?!」

突然の出来事に両眼を見開く。

隣の空間から突如、長い腕がニョキっと手元に伸びてきたように感じたのだ。


高見を抜き去ったと思った。

それなのに今、ボールは彼の両手に握られている。

何が起きたのか分からない。


高見は素早くゴール下にドリブルで走り込むと、あっさりとシュートを決めた。

2対4。

京一はしばしの間、彼の動作に見惚れてしまう。


清里以上だ……。

いや清里よりも遥かにレベルが高い。

これが青葉でシューティングガードを張っていた人の実力なのか。


高見「おい、ぼーっとすんな。次もお前の攻撃だ」

京一「あ、はい」


地面に転がっているボールを両手でつかみ上げる。

まだ片手でボールを掴むことができない。

身体は大きく成長したが、高見のように片手で掴むほど手のひらが成長していない。



一旦3ポイントラインの外に出ると、中央に立つ高見と対峙する。

手元のボールを地面にバウンドさせながら、次のプレーを組み立ててゆく。


高見を背にしたままレイアップに持ち込んでも、再び弾かれるだろう。

ドリブルで切り込んでも抜き去れるか分からない。


動きが読めないため、常に視界の中に高見を捉えていなければならない。

大きな負担だ。

並みの相手ではない。


京一「ならば……」


ドン!


再びドリブルで中央突破しようとダッシュする。

そして、ディフェンスする高見の手前で鉛直上向きにジャンプした。

エリア内から放つ2ポイントシュート。

ボールは円弧を描き、ゴールリングめがけて飛ぶ。


ゴンっ!


ボールがリングにぶつかる音が響く。

だが入る。

ボールは2度、3度とリングの上で跳ねたのち、中央のリングに落ちて得点が決まりそうになる。


シュアッ!


その瞬間、ボールの軌跡と同じ速度でリング下に駆け込む影が見えた。


京一「なっ?!」

高見は引き締まった両脚を深く折り畳むと、一瞬の後に跳躍した。


ズバンッ!


ゴールリングの内側を通り抜けかかっていたボールは、またも弾き落とされた。

身長が180cmを超える彼は、そのずば抜けた跳躍力でゴールリングに直接手が届く。


彼がゴール傍にいる状況では、そもそもボールがゴールリングを通過できない。

そして、ボールを弾けばすぐにリバウンドを確保されてしまう。

まるでボールが彼に吸い寄せられていくかのようだ。

このままでは再びシュートを打たれる。


京一「くっ!」

慌てて間合いを詰める。

ノーマークでシュートは打たせない。


ドン!

だがしかし、高見は京一のディフェンスに身体をぶつけながらも体幹がまったく動じず、容易くシュート態勢に入る。

そして鮮やかな音をさせてボールはゴールリング中央を通過した。


2対6

強い。


ラフプレーだけだった伸悦たち3人とは次元が異なる。

しっかりと基礎を身に着けた高見のプレーとシュートは、まるで教科書に記載されたお手本のように美しく正確無比だった。


京一「……」

圧倒的なバスケセンスとスキルに恐ろしさを感じ始める。

実力の開きは如何ほどか?


それは途方もない隔たりに思えた。

このまま負けたらどうなるのだろう。

心が乱れ始める。


高見「俺にビビんなよ天川。物足りねーな。もっと本気でぶつかってこいよ」

無表情でありながらも、冷たい笑みを浮かべているように感じる。

自らの優位性を確信した笑みではない。

相手にプレッシャーと与えるためだけの不敵な笑みだ。


もっと早く来い、激しく来い、早く自分の立つ位置まで登って来い。

不敵な笑みがそう告げている。

高見は京一との1 on 1が楽しいのかもしれない。


京一「(クソ……)」

腹に力を入れてグッと腰を落とす。

両脚の脹脛(ふくらはぎ)に力を貯める。


ギュア……。


力が両足に漲ってゆく。


トントン、トントン。


手元をまったく見ることなくボールをコントロールする。

まるで身体の一部であるかのようだ。

京一も並みのプレーヤーでは無い。


ダンっ!!


地面を両脚で叩くような音を響かせ、一気に高見の真横を走り抜ける。


スパン!


小気味よく空気を切り裂く。

二人の間で圧縮された空気が筋を生み出す。

だが自力に勝る高見は、京一の高速ドリブルを易々とフォローする。


京一「速いっ!」


自分のドリブルスピードでは抜き去れない。

瞬時に理解する。

この辺りの判断力は、京一の優れた部分だ。


京一「ならばっ!」

ダン!

右足で地面を強く踏みつける。


ギュアン!


京一はボールを前方のゴールリングめがけて強く投げつけた。


ビュアンッ!

ボールの軌跡は直線的だ。

シュートではない。


ゴールリングではなく、バックボードめがけて投げ付けたのだ。


バァンっ!!

斜め45度からバックボードに向けて投げ放ったボールは、大きな音を響かせボードを揺らす。

そして45度傾いた逆方向へ向かって跳ね返る。


ダン!

京一はボールの軌跡を見ることなく、全力で落下予想地点に走り込む。

ボールをつかむや否や、反転しゴールリングに向かってジャンプした。


タン!


京一「いけるっ!」

直感する。

なぜならば、高見との間に身体2つ分のスペースができたからだ。

京一は邪魔されることなくシュート態勢に入ると、鮮やかな2ポイントシュートを決めた。


スパン。


小気味よい音がコートに響く。

京一「よし!」

思わず声が出る。

4対6。


高見「へー、やるじゃん」

感心した声で高見は京一のプレーを称えた。


「おぉ、あの中学生もすげーじゃん」

外野からも賞賛の声があがる。


高見「じゃあ次は俺からだな」

床に転がるボールを掴み上げる。

京一は間を置くことなく高見に接近すると、彼の素早い動きについてゆく。

決して振り負けたりしない。

同じフェイントだって二度とはかからない。


必死の京一は、高見の手元、足元に意識を向ける。

容易く抜かせたりするものか。

強い意志が滲む。


一方の高見は京一の真剣な表情から覚悟と自信を感じ取る。

不用意にテリトリーに切り込めば、ディフェンスの網にかかるだろう。

即座に状況を理解すると、素早く次の一手に出た。


ダン!

突然京一に背を向けると、ドリブルしたままゴールリングを背にして走り出す。


京一「!」

狙いに気づく。

しまった、と思った時にはもう遅い。

高見は3ポイントラインの外に出た瞬間、強靭な身体を180度反転させた。

クルン!

そしてその場で跳躍。

空中で態勢を整えた後、精密な動きでボールを投げ放つ。

まるで、両腕が身体から切り離されて独立して動くマシンになったかのようにさえ見える。


フワリ。


高見の投げ放ったボールは大きな円弧を描き、パスンとゴールリング中央に綺麗に収まった。


9対4


「うおぉ3ポイント!」

歓声が響く。


京一「うまい……」

思わず本音が漏れる。


例えバスケ経験者であったとしても、3ポイントはそんなに簡単に決められるものじゃない。

それなのに1対1で京一のマークを振り切った後、あっさり決めてみせる。

スキルは間違いなくトップクラスだ。

高見はこの場においてはじめて明らかな笑みを零す。


高見「結構うめーだろ、俺」

京一「……はい」

素直に認める。


高見「なあ天川、やっぱ賭けしようぜ。その方がお前、もっと本気になるだろ?」

無表情の中に薄ら笑いを浮かべて京一に賭け事を持ちかける。


京一「……別にいいですけど、あの写真は賭けません。本当に大切だから。でもそうするともう僕には賭けに出せるものがありません」


正直に告げる。

しかし、目の前に立ちはだかる男は容赦しない。


高見「ウソを言うな。あるだろ、賭けに出せるモノが。俺にウソはつけねーよ」

薄ら笑っている。


京一「まだ賭けられるものがあると?」

まったく見当がつかない。

思い当たるモノが無くて、キョトンとする。


高見「まだ気づいてねーのか? まあいい。どうせもうすぐ来るさ、賭けの対象がな」

京一「?」


何を言っているのだろう?

サッパリ意味が分からない。

改めて聞き返そうとした時、フェンスの外側が俄かにザワつき始めた。


ザワザワザワ……。


この場所に集まった連中は男女合わせて20人以上だ。

先ほどまでは妙に静かだった彼ら彼女らがザワザワし始める。

何かあったのか?

京一は外野に視線を移す。


騒めきの理由に納得がいく。

騒ぎの中央に一人の少女が立っていた。


京一「蓮華……」


この場所に最も来てほしくない人が其処にいた。

京一は拳をぎゅっと握りしめる。

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