第2章 修行編13 真にヤヴァイヤツ登場。そして蓮華を呼び出す


京一「ここまでやるからには賭けるんだろっ! あんたらも一番大事なものをさっ!」


伸悦「ちっ! てめぇ」

竜二「ガキが偉そうに吠えるなや!」

体格のいい竜二が京一ににじり寄る。

それから京一の肩をガッと掴んで自分の方へ強引に引き寄せた。


「賭けろよーっ!」

外野から3人に向けてヤジが飛ぶ。


「そうだ! 賭けろよ! お前らバスケで中坊に負けてんじゃん!」

次々と。


伸悦「あぁ! んだと?」

外野に向かって凄む。

しかし外野の声が止むことは無い。


「賭ぁけぇろ! 賭ぁけぇろ! 賭ぁけぇろ!」


先ほどからやりたい放題だった3人にフラストレーションがたまっていたのだろう、手拍子を交えて外野の何人かがはやし立てる。


竜二「ちっ!」

ベンチに置いてあったコーラの空き瓶をフェンスに向かって投げつける。


ガシャン!

瓶は大きな音を立てて地面に転がる。

しかし外野のヤジが止まることは無い。


「賭ぁけぇろ! 賭ぁけぇろ! 賭ぁけぇろ!」

それどころか、ますます大きな声となる。


芳「うっぜぇなぁっ!」

伸悦「天川っ全部てめぇのせいだっ! 調子のんなよ! ガキが! 泣かすぞ!」


伸悦は再び京一ににじりより、胸ぐらを掴み上げた。

もう何度締め上げられただろう。

京一はだんだんと彼らの恐怖支配に馴れてきていた。


京一「7対2」

伸悦「あぁっ、なんだと?」

京一「7対2で、僕たちが勝ってますよ」

伸悦「っ?!」

京一「まだ試合続けますか?」

伸悦「んだとっテメェ!」


挑発にのった伸悦は京一を殴ろうとする。

その瞬間である。




「お前らやめろ。みっともねー」




低い声がコートに響く。

伸悦に締め上げられたままの京一は、背後に声の主の気配を感じた。

一瞬ではあるが、背筋にゾクリと悪寒が走る。


京一「(何だ……?)」


3人とは明らかに雰囲気の異なる声だ。

伸悦「……高見さん」

すると金髪の男が手元を緩めた。


ドサリ。

解放された京一はようやくまともな息を吸い込めた。


京一「ハァ、ハァ、ハァ」

それから声の主のほうへと振り返った。

その瞬間だった。


京一「っっっ!!!」


一瞬で背筋が凍りつく。

そこには、赤茶けた髪の仁王像のような男が立っていた。

「高見さん」と呼ばれた男である。


3人をさらに上回る体格。

着ているシャツの上からでも、筋肉の筋が浮かび上がっている。

3人を圧しかけていた京一の勢いが、一瞬で消え去った。


高見「こいつら中学生だろ? おまえら中学のガキに負けてんのか? みっともねーな」

仁王のような男は3人を呆れた顔で眺める。

彼が3人のリーダーなのか、あるいはもっと上なのか。

体格は見るからに逞しい。


鳶職人が着ているようなダボダボのズボンに、黒いTシャツを着ている。

両腕は太くたくましく、二の腕から肩口にかけて綺麗な女性の顔がタトゥとして彫られていた。

身長は180cmを優に超えている。


筋肉質で無駄がなく、全身にバネを仕込んだような体だ。

先ほどまで舐めた雰囲気でヘラヘラしていた3人の表情が一瞬で変わった。

緊張していることが分かる。


芳「でも高見さん、こいつ幹中バスケ部のエースですよ。そこらへんのガキとは違います」

坊主頭をガリガリとかきむしりながら、今更な言い訳をする。


高見「バァカ知ってるよ。天川だろ?」

京一「……」


まさか、不良のリーダーと思われる男から自分の名前が出てくるとは思わなかった。

京一の背中に力が入る。

警戒心が一気に高まる。


それは南商業の3人も同じであった。

一様に「え?」という間の抜けた顔をする。


芳「高見さん、知ってんすか? コイツのこと」

先ほどまで自分たちのオモチャと思って遊んでいた京一をリーダー格の男が知っていた。少なからず動揺している。


高見「あぁ」

男は無表情のまま京一をチラリと見る。

それから視線を金髪の男、伸悦に向けた。


高見「で、お前ら何も賭けずにコイツら嬲っていたのか?」

伸悦「……ええ」


高見「まあいいけどな」

そういうや否や、高見と呼ばれる男はスタスタと伸悦の傍に歩いていく。



ズドンっ!!



直後に、コート中に重たい骨と骨がぶつかる音が響き渡った。

京一は一瞬何が起きたのか分からなかった。

仁王の逞しい右腕が金髪の顔面にめり込んだ。

その様子がスローモーションのように見えてしまった。


伸悦「がっ!」

金髪の顔面から鮮血が噴き出す。


ポツポツポツッ!


コンクリートの床に血が数滴零れ落ちる。

強烈な投打によって鼻孔の血管が切れたのだ。

金髪は顔面を押さえると、その場に蹲る。


高見「ダセェなお前。外野にまで舐められてんだろ」

仁王のような男が眼下に伸悦を見下ろす。

それから視線をゆっくりと引き上げると、前方に立つ京一を視界に入れた。


高見「天川、おまえ幹中だろ?」

京一「え? あ……はい」


高見と呼ばれる男のあまりの迫力に、京一は圧されてしまう。

自分の通う中学校の名前を言われて素直に頷いた。


危険な不良連中に、在籍する学校を知られてしまうことは本来避けるべきことだ。

ここはスッとぼけていい場所だったが、こういう場面に馴れていない京一には出来ないことだ。

高見は目をすぅと細めると聞きたいことをストレートに問うた。


高見「幹中にすっげえ美人の女がいんだろ? 琴野って名前のさ」

京一「っ!!!」


ドクンッ!


心臓が大きく跳ねる。

一気に自分の領域深くへ踏み込まれたと思った。


ゾワゾワゾワ。


どうして蓮華のことを知っているのだろう?

京一はいきなり心臓を握られたような感覚がしてゾッとした。


蓮華と目の前の男の間には接点を感じない。

互いに交わることのない世界に生きている。

感覚でそう理解している。

それなのになぜ彼の口から蓮華の名前が出てきたのか?


高見と呼ばれる男は、不良達のリーダーと思われる存在だ。

蓮華を知っている理由が全く思い当たらない。


高見「おまえ、琴野をここに呼べよ」

男は無表情のままそう告げる。

京一「……」

視線をそらす。


まさかこの場所で蓮華の名前が出て来るとは思わなかった。

さらに呼び出せとまで言われる。

予想外の要求を突き付けられ、京一は動揺する。


さらに気味の悪いことに、この男は先ほどからずっと無表情なのだ。

怒っているでも、笑っているでも無い。

とにかく感情がまったく表に出ていない。

京一は高見から得体のしれない不気味さを感じ取る。


普通じゃない。

本能が警告を鳴らす。


京一「そう言われても……連絡先を知りません」

正直に伝える。


蓮華とは小学生の頃からの知り合いである。

家の場所は知っているし、自宅の電話番号も知っている。

だが手持ちの携帯電話に蓮華の連絡先は入っていない。

仮に入っていても得体のしれない相手に教えたりしない。

京一は高見を警戒した。


高見「そうか、仕方ねーな」

男は京一の返答にあっさり引き下がる。

それからコートの隅っこで隠れるようにして立つ洋一と浩之を睨んだ。


高見「オイそこに突っ立ってる二人、お前ら知ってるか? 琴野って女の連絡先だ」

聞くだけじゃない。


ザッ、ザッ、ザッ。

二人のもとへ歩み寄る。


洋一も浩之も完全にビビってすくみあがっている。

それはそうだろう。

あれ程恐ろしかった金髪をいとも簡単にぶち殴り、地面にひれ伏させたのだ。

高見と呼ばれる男は彼以上に恐ろしい存在だ。


洋一「え……あ、いや」

高見「知ってんのか、知らねーのか、どっちだ?」

間合いを詰める。


ずっ、ずり……。

洋一は2歩3歩と後ずさる。


本能的なものだろう。

距離をとることで少しでも安全な状態を守りたいと思っているのだ。

だがこの場所においてそんな行動は無意味だ。


高見「おい」

少しだけ大きな声を出す。


洋一「ひぃっ!」

まるで少女のような甲高い声で悲鳴を上げた。


高見「そんなにビビんなよ。で、知ってんの?」

高見はゆっくりと洋一の目の前に立つ。

仁王像が子供を見下ろす格好になる。


ズ。

それから右手を洋一のズボンのポケットに突っ込むと、中をまさぐり、携帯電話を取り出した。


洋一「あ……」

情けない声が漏れる。


高見はそのまま洋一に携帯のパスワードを解除させる。

連絡帳を開き、登録先をさらさらと流して確認していく。

体格の良い身体に似つかわしくなく指先が器用に動き、スマートフォンの画面をスクロールしていく。

そして動きがピタリと止まる。


高見「天女、これか?」

そう言いながら携帯に登録された電話番号を画面表示し、洋一に問いただす。


洋一「……あ、はい」

あっさりと蓮華の連絡先を高見に握られた。


京一「バカ!」

コート中央に立つ京一は洋一に向かって叫ぶ。


なぜ彼が蓮華の連絡先を知っていたのかはこの際どうでもいい。

この場でもっとも危険な相手に蓮華の連絡先を知られてしまったのだ。

このことがどれだけマズイことなのか、京一は即座に理解する。


南商は県下でもっとも評判の悪い不良校である。

各中学校でグレた少年たちが、己の自己顕示欲を満たすために次々と頂点を目指して入学してくる。

そして以前は名を馳せたであろう不良少年たちが内部での勢力争いに敗れ、より強い者に付き従ってゆく。

南商業は不良達の中の頂点高だった。


そんな連中を束ねている。

高見と呼ばれる男がどれほど危険な人物であるかは容易にわかる。

彼らに逆らい睨まれれば、まともな学校生活は送れなくなる。

これが10代後半の少年たちの世界だ。



高見は洋一の携帯から蓮華に電話をかけた。

しばらく呼び出し音が鳴る。


トゥルル、トゥルル、トゥルル。


電子音が京一の耳にも届く。

そしてその音がプツリと途絶えた。

蓮華が通話に応じたのだろう。


高見「おまえ、琴野か?」

無表情の彼は、電話口の蓮華にそう告げる。

少しだけ間が開いた。


高見「ああ。おまえ今から駅前のバスケコートに来いよ。知ってんだろ場所。西口の広場だ」

京一「なっ!」


京一は唖然とする。

まさかこの場所に蓮華を呼び出すとは思いもしなかった。

洋一と浩之を3人から守るだけでも精いっぱいなのだ。

まだ中学2年生の立場で京一に力はない。


たとえ1対1であったとしても喧嘩になれば到底勝てない。

圧倒的な力を持った相手に暴力で立ち向かっても、降伏させられるだけ。

この場に蓮華が来たら、もうどうにもできない。


高見「いいから来いよ。来ねーなら天川とかいうクソガキ、この場で潰すぞ」

京一「くっ!」

マズイ。


京一「蓮華っっ来るなっ!」


聞こえるか分からないが、危険を知らせるために叫び声をあげた。

高見はそんな京一を無表情のまま眺めた。

「フッ」と微かに笑う。


プツリ。

通話を切ると携帯を洋一に投げ返す。


高見「来るってよ」

京一「?!」

マズイ。

最悪の展開だ。

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