第2章 修行編12 後攻は南商業、伸悦、芳、竜二の3人


次は、南商の3人からの攻撃だ。

芳がボールを受け取ると、バウンドさせる。


タンタン、タンタン。


意外とボールの扱いが上手い。

京一は冷静に相手の実力を読み解いてゆく。

今度はこちらがディフェンスだ。


洋一と浩之をゴール下に待機させ、京一はボールを持つ芳の様子を伺う。

ドリブルで突っ込んできたら、間合いを詰めて奪いとる。

二人にパスを出すならば、そのコースをインターセプトすればいい。

京一にはそれができるだけの瞬発力がある。


京一「洋一、お前は左にいる金髪をマークしろ」

背中を向けたまま小さな声でささやく。

洋一「う、うん」

頼りなさそうな返事だ。

ヘコヘコ……彼は無警戒に伸悦の方へ走り寄る。


京一は、伸悦へのパスコースを遮るよう立ってくれることを期待して伝えた。

だが、バスケに慣れていない洋一は、伸悦の傍まで走り寄ってしまう。

それは京一の意図しない動きだった。


京一「バカっ!」

洋一のあまりに無謀な動きに思わず叫ぶ。

その瞬間、芳はニヤァと満面の笑みを浮かべた。

それから、手元のボールをスパンっと素早く伸悦にパスする。

だが、そのコースは微妙に伸悦から反れている。

矢のように突き進むボールの行く末には、伸悦をマークしようと真面目に向かう洋一がいた。


京一「あっ!」

洋一はそのボールを無造作に受け取ろうとした。

その瞬間だった。


ドカンっっっ!


伸悦はまったく力加減することなく華奢な洋一の身体を右足で蹴り飛ばした。

金髪がコート上を線となって流れてゆく。

伸悦の表情はこの時が来るのを待っていたと言わんばかりだった。


洋一「グェっっっっ!」

ウシガエルの泣き声に似た奇妙な呻き声を上げて、洋一は地面に前のめりに倒れ込む。

伸悦は、ボールを受け取ろうとした洋一の無防備な腹を遠慮無く爪先で強く蹴り突いたのだ。


腹に力を入れていなかった洋一は、その蹴りをまともにくらい、身体をくの字に折って咳込んでいる。


洋一「がっ! うぁぁっっあっあっ」

よだれを垂らしながら苦しむ。


浩之「大丈夫っ洋一君!」

友達の浩之が慌てて彼のもとに駆け寄ろうとした。

しかし足元を竜二に引っかけられた。


ビタン!

まったく受け身をとることなくコンクリートの地面に顔面から突っ込んだ。

鼻頭を固い地面に打ち付け、浩之も顔を抑えて痛がる。


芳「ハハハ! だっせー、こいつらヒデェ身体の動きだ。運動神経はまったくねーな」

竜二「ブワァ~カ、お前らクソガキが俺らに勝てるわけねーだろ!」


京一に3ポイントを鮮やかに決められ、気分の悪かった3人は、地面にうずくまる二人に向けて中指を突き立てている。

京一は蹲ったままの二人のもとへ駆け寄る。


京一「大丈夫か?」

大丈夫ではないことは分かっているが、そう問いかけずにはいられない。

彼らは両手で身体を抱くようにして痛みに耐えている。

初っ端から激痛を伴う恐怖攻撃を喰らってしまった。


機先を制すという事だ。

これが彼らのやり方なのだろう。


賭けバスケという名のリンチを何人の少年達が喰らってきたのだろう。

彼ら南商業の3人は手慣れた様子で弱い相手を見つけては嬲っている。


体格の良い3人から、息が吸えなくなるほどの強烈な蹴りを喰らえば、中学生の心は折れる。

もはや洋一と浩之にまともな試合はできないだろう。


芳はまったくマークのついていない自由な体勢のまま、ゴール下からレイアップシュートを決めた。

スパンとボールがゴールネットを揺らす心地よい音がした。


3人「ウェーイ」

ガツン。

互いの両腕をぶつけ合う。

それからコートに蹲る洋一、浩之、それから京一を眼下に見下ろす。


芳「おら、クソがギども、次はお前らの攻撃だぞ。さっさと始めろ。いつまでも休んでんじゃねぇ」

まだ蹲っている中学生3人を見下ろし、芳は勝ち誇る。


ドン!


ゴール下に転がるボールを京一に向かって蹴り飛ばした。

京一は突き刺さるような軌跡で飛翔してきたボールを、パンっと受け止めた。

そして芳を幾ばくの間睨むと、視線を再び洋一に向ける。


京一「二人とも立て」


背中を射貫くように叱咤する。

もう立てるはずだ。

痛みを堪え、回復するだけの時間はあった。


蹲ったままでいると、さらに彼らからの蹴りが飛んでくるだけだ。

たとえ今は身体が痛くて苦しくても、起き上がって戦わねばならない。

あの3人はこちらの回復など待ってはくれない。

よろよろと立ち上がる洋一の顔は青白かった。


京一「……良く立った」

そう労う。


しかしこのままではまともな試合にならないだろう。

二人は既に戦意を喪失している。


どうすればいい?

どうすれば彼らが再び戦う意思を固めてくれる?

分からない。


京一「洋一、浩之、お前ら身体が回復するまでは仕方ないから、試合する振りをしろ。相手に必要以上に近づくな。離れていれば、ボールに近づかなければ殴られることも蹴られることもない」


京一は二人だけに聞こえる程度の声で伝える。

彼ら二人がまともに動けなければ1対3となる。

さすがに京一でもその状況で戦って勝つことは無理だ。

でも今は仕方がない。


タンタン。


京一はボールを軽快にバウンドさせながら周りの様子を伺う。

目の前には派手な金髪を風になびかせる伸悦が立ちはだかる。


前回のようにフリーで3ポイントを打たせてはくれないだろう。

伸悦の背後には屈強な芳と竜二が立っている。洋一も浩之もしばらくは使えない。

自分一人で彼ら3人を抜き去り、ゴール下まで行けるか?

そう考えるより速く、京一は高速ドリブルで3ポイントエリア内へ切り込んだ。


ドン!


伸悦をフェイントで交わし、前方の竜二に向けて速度を緩めずダッシュする。

伸悦「チッ!」

舌打ちしながら京一の背後からとびかかる。


スッ!

その気配を背中でとらえた京一は、素早く身をひるがえす。

高速で突っ走った状態からの急旋回だ。

伸悦はその動きについていけず、前方に立っていた竜二にぶつかる。

ドスン!


竜二「イテッっ!」

伸悦「野郎っ!!」


竜二とぶつかり、突き進む勢いが止められた伸悦が京一に苛立つ。

京一の侵入を防ごうと詰め寄ってくる芳を横に交わすと、そのままレイアップシュートの態勢に入る。


ブン!


芳の右腕が京一の顔面めがけて飛んでくる。

ドカンっ!

それが京一の口元にぶつかり拳の骨と歯のぶつかる鈍い音を立てた。


京一はそれに怯むことなく高くジャンプする。

それから態勢を崩すことなくシュートを決めた。


パスン。

上手い。


伸悦「んだよ!」

動きを全く止められなかったことに伸悦は苛立つ。


京一の口元は切れて血が滲んでいる。

コートに転がるボールを爪先で軽くトンと突く。

ボールは30センチほど跳ね、京一の足の甲に器用に乗った。


京一「次は、そっちの攻撃です」

淡々とした表情で告げると、相手にボールを投げ渡す。


竜二「てめぇ、調子に乗りやがって、絶対泣かすからな」

そう凄んでくるが、京一は彼が怖くなかった。

この中で最も筋肉質な体格をしているが、その身体はバスケに向いていない。

彼の動きは、他の二人に比べてワンテンポ遅い。

ルール違反の投打に注意しておけば、無難にやり過ごせる。


竜二はボールを芳にパスする。

南商業の3人の中で最もバスケに対する素養があるのは彼だ。

オシャレ坊主。

頭部に放射状に入れたタトゥ。


タンタン、タンタン。


ボールをバウンドさせながら、芳はパスを出す相手とタイミングを見計らう。

伸悦や竜二にパスするためじゃない。

ボールを投げつけ、相手をぶっ潰すためのタイミングだ。


洋一も浩之もまだ恐怖心が解けていない。

不用意にボールを受けないよう怯えたままだ。

あまりに臆病で用心深い彼ら二人に、ボールを投げつける先のない芳は苛立つ。


芳「チっ!」

小さく舌打ちしたところで、洋一が視界に入った。

すかさずボールを顔面めがけてギュンっと投げつける。


その瞬間を伸悦と竜二が待っていた。

二人は洋一めがけて突っ込んでくる。


洋一「ひっ!」

情けない悲鳴だ。


京一はその様子を冷静に観察し、すばやく前方に跳躍した。

初めからオシャレ坊主の芳が洋一にボールを投げつけることを読んでいた。


京一はもう一人の仲間である浩之を背中に隠し、死角を作っていた。

浩之めがけてパスを出せない。

あえて洋一にパスが出るよう仕向けたのだ。


パン!


鮮やかなパスカット。

京一がボールを奪い取る。


芳「なっ! クソがっっ!」

竜二「芳っ何やってんだよ!」


ダン!


京一が素早くゴールリング下に切り込み、そのままきれいなレイアップシュートを決める。


「おお!」


再び、フェンスの外から歓声があがる。

皆、一方的に上級生が下級生を蹂躙する場だと思っていた。

だが、思いのほか中学生軍団が健闘するため、ギャラリーが集まり始めたのだ。


伸悦「なんだよ、アイツらうぜぇな」

そう毒づきながら外野を睨みつける。

竜二が伸悦のそばに歩み寄って耳元で何かささやく。

伸悦は、わかった、という顔で頷いた。


次の攻撃ターンでボールをコントロールする京一のもとへ歩み寄る。

するといきなり京一の胸ぐらをギチギチと締め上げた。


ドン!


そして、命一杯締め上げた後、弾き出すようにして京一を地面に叩きつける。

京一は即座に受け身をとって立ち上がろうとした。

その刹那だ。


ドカンっっ!


思いっきり走り込んできた竜二の蹴りが、その勢いのまま京一の右わき腹に入った。


京一「ガッっ!!」


激しい呻き声を上げてその場に蹲る。

油断していたため、腹に力を入れていない。

まったくの無防備だった。

その衝撃は痛いんなんてものじゃなかった。

息ができない。


グラリ。


痛みで視界が暗くなる。

身体をくの字に曲げて地面に座り込む。

全身の毛穴から脂汗が噴き出す。

はぁはぁと荒く呼吸する。

痛みが肺の動きに併せて増幅してゆき、なかなか引かない。



竜二「ハァーッハハ! 入ったぞ。いいヤツが!」


乾いた笑いで京一を見下ろしながら勝ち誇るように叫ぶ。

「ひっでぇー、なんだアイツら」

外野から非難の声があがる。


伸悦「チっうっせーな! 誰だよ文句垂れた奴は!」

フェンスの外を睨みつける。


外野たちは、伸悦に睨まれると下を向く。

目を合わせないようにしているのだ。

ここにいる3人には誰も逆らえない。

南商業高校はこの辺一帯では最も荒れた学校である。

学校を仕切っている彼ら3人にターゲットにされてしまうことは避けたいのだろう。


芳「ヘッ、面と向かって文句1つ言えねーヘタレが、黙ってろ!」

そういいながら地面に唾を吐きつける。


伸悦「おい天川、さっさと起きろ。試合続けるぞ」

苛立ちながら京一に試合続行を命令する。


京一は立ちあがれなかった。

これは試合なんかじゃない。

彼らのリンチだ。


いくらこっちがまともな試合をしようとしても、技には暴力で返される。

年齢も上だし、怖いバックも控えている。


彼らに勝って3 on 3のゲームを終えることなんてできないのかもしれない。

コーチはなぜこんな場所で戦ってこいなんて言ったのだろう。

京一の頭の奥がジリジリし始める。


京一「……」

このままでは母親の写真を奪われる。

あの写真は大切なものだ。

幼い京一と今は亡き母との二人だけの記憶なのだ。

誰にも汚されたくはない。


それを彼らに奪われている。

この試合に負ければそれを焼き捨てられる。

いや、最初から負けるように仕組まれている。

暴力と恐怖によって。

理不尽だ。

……。


京一は後頭部のあたりが怒りでチリチリと焼けてゆくことを感じた。

このまま奪われてしまうのか?

なす術もなく大切な母の写真を。


そしてそれを許してしまうのか?

母のことを思い出すたびに今日のこの屈辱が蘇るのか?

記憶の中に何度も何度も何度も。

こんな奴らのために!



京一「ふざけんなっっっっっ!」



クレーコート全体に響き渡る大声で叫ぶ。

あまりに強烈な声に3人が驚く。


伸悦「なんだ、てめぇ」

伸悦が京一の胸ぐらを再び掴もうと右腕を伸ばした瞬間だった。


京一「あんたらは何賭けんだよっ!」


フェンス外にも聞こえる大声で叫ぶ。

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