第2章 修行編11 勝負、先攻は天川京一
伸悦「オイ、お前らそろそろコートに入って来いよ。モタモタすんな」
南商業高校の3人は先ほどまで着ていたシャツを脱いで今は上半身裸だ。
めちゃめちゃ筋肉質というわけではないけれど、浅黒く日焼けしてタトゥが彫られた身体は威圧感と同時に、絶対に近寄ってはならないという危険信号を発している。
京一「……はい。これから入ります」
京一は彼らを冷静に観察しつつ、自分一人でどこまで戦えるだろうと思った。
スッ。
顔を引き締める。
バッシュに履き替え、試合モードへスイッチする。
伸悦「先攻はお前からでいいぞ、天川」
京一「はい」
伸悦は両腕をストレッチさせている。
身長は京一より高く180cmを超えていそうだ。
腕のリーチも長く、3人の中で一番尖っている印象がある。
竜二「じゃあ、今日はあいつら3人をぶっ潰して、結果を太一さんにメールしとくか」
3人の中で最も体格の良い竜二が、京一達3人を順番に睨みつけてゆく。
京一「(太一さん……か)」
“さん”付けだから、彼らのリーダーかもしれない。
つまり3人には、さらに上がいるということだ。
下手に怒りを買ってしまえば、報復の連鎖があるかもしれない。
厄介な相手だ。
僅かの時間ではあるが、京一は彼らの背後にまで思いを巡らせた。
伸悦「なぁ芳、おまえの弟って、アイツにやられたんだろ?」
金髪はクィっとアゴで指す。
芳「あぁそうらしいぜ。シュートが上手くて、ドリブルも超速ぇってさ」
伸悦「フン、じゃあまずは天川からだな」
二人はニヤニヤしながら京一の全身を舐めるように観察する。
京一は逃げず彼らの視線を受け止める。
きっと最初に自分を潰しにかかってくるだろう。
開始後の展開が読める。
それならそれでもいい。
京一だってそう簡単にはやられるつもりはない。
殴られたり蹴られたり、暴力に晒されることには慣れている。
なぜならば、京一は小学生の頃よくいじめられていた。
体格の大きな男児に組み敷かれて殴られることが度々あった。
さらに中学生に進級しても、同級生達とつかみ合いの喧嘩になった。
そのたびに唇は切れ、痣ができた。
殴打の痛みは過去に経験してきた事柄の1つ。
恐怖心を取り除けば、どうということはない。
バスケのコートは京一のリング。
負けるわけにはいかない。
京一「いくぞ」
まだビクビクしている洋一と浩之に声をかけると、コートの中央へ歩いていく。
覚悟を決めた京一の姿は無機質な線となってコート上に軌跡を残す。
洋一と浩之の二人も慌てて京一の背中を追った。
伸悦「天川、お前のビビッてねーそのツラ、クソ生意気だな」
金髪を風になびかせながら、伸悦が凄む。
ビビらない姿勢が気に入らないのだ。
一方、京一は彼とは目を合わせないようにした。
無駄に挑発することはしたくない。
自分にとって何の得もないからだ。
ドン。
金髪が地面に転がるボールを蹴とばす。
伸悦「じゃあ、お前からやれよ」
京一「……」
ボールを受け取ると、京一は3ポイントラインの外側でバウンドさせる。
トントン、トントン。
一定のリズムで柔らかい音。
京一のボールさばきは滑らかで、まるでボールと身体が一体化しているようだ。
ボールを奪い取るのは容易では無い。
敵対する南商業の3人もそれを感じ取る。
芳「じゃあ、ヤルか」
竜二「あぁ、殺ルか」
不穏な言葉も音になれば棘は抜け落ちる。
ザッザッザ。
二人は洋一と浩之の傍までゆっくりと歩いてゆく。
京一が彼らにパスを出せないよう1対1でマークするということだ。
京一「……」
だが……。
マークといえば言葉が優し過ぎるだろう。
京一は冷静に彼らの態度と表情を分析する。
間違いない。
洋一、もしくは浩之に京一がパスを出した瞬間、彼らはボールもろとも二人の腹を蹴り上げる。
薄ら笑いを浮かべた二人を見れば、この先の展開など容易に読み取れる。
パスは出せない。
一方、金髪を輝かせる伸悦は、フリースローラインの中央にドンと立ったまま、両腕を広げる。
抜こうとすれば蹴りかパンチを飛ばすつもりだろう。
互いの身体が密着する状況は避けるべきだ。
スッ。
京一は素早くバックステップする。
トン、トン、トン。
2歩、3歩、4歩。
それにつられて伸悦が間合いを詰めてくる。
グン!
その姿を捉えると同時に、詰めを上回る速度で京一はジャンプした。
タン!
狙いをゴールリングに定める。
伸悦の身体は京一に届かない。
十分な間合いができる。
空中に浮遊したまま、前方にそびえたつ赤いリングを見つめる。
その瞬間、京一の手元から、何本ものボールの軌跡がゴールめがけて浮かびあがった。
シュン! シュン! シュン!
まるで無数の光の線だ。
こういう感覚は過去に何度か経験している。
リングに向かう軌跡が脳裏に浮かび上がった時、シュートを外した記憶はない。
京一は無数の軌跡の中で、最もしっくりくる1本を選択した。
長距離射程の精密ショット。
3ポイントだ。
京一の両腕は上半身から切り離され、意思とは独立して動く精密機械のように柔らかくしなる。
それから7号のバスケットボールを前方高くに打ち出した。
シュアッ!
それは大きな円弧を描き、パスンと軽快な音を響かせゴールネットを揺らした。
芳、竜二「なっ!」
二人が同時に叫ぶ。
まさかいきなり3ポイントを放つとは思っていなかった。
しかも鮮やかに決めてくるとは。
ドン!
伸悦は間合いを詰めようとした勢いを殺すことなく、着地した直後の京一に体当たりした。
もちろん意図的だ。
京一「グッ」
わずかに呻き声を上げて、京一は尻もちをついた。
トントントン、トトト。
ゴールネットを揺らしたボールは、そのままクレイコートの地面を転がった。
「おお!」
フェンスの外から見知らぬ誰かの驚きの声があがる。
伸悦「チッ」
ガツン!
舌打ちしながら、伸悦は京一のくるぶしを蹴飛ばす。
バスケの試合なら、退場もののラフプレーだ。
だがここはストリート。
そんなルールは存在しない。
敢えて述べれば、力と恐怖がルールであろう。
彼らの武器は、全身から放つ威圧感とそれに裏打ちされたラフプレーだ。
萎縮した相手ならば、バスケの技術など大して必要ない。
野太い声で凄んでみせれば、大抵の相手はビビって戦意を失う。
心の折れた相手からゴールを奪い賭けに勝つ。
それが彼らの基本戦術。
だが、それが通用しない相手にぶち当たった場合、どうなるか?
恐怖を技で切り返してくる。
京一に彼らの威圧感は通じない。
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