第2章 修行編10 勝負、奪われて痛くねぇモノなど賭けんな
芳「ハハ、伸悦、次はこいつボコるか? そこの二人より面白そうじゃねーか? なぁ竜二もそうだろ?」
もう一人の男の名前は竜二というらしい。
もっとも体格のいい男だ。
竜二「そうだな。おい天川、お前今逃げようとしただろ。もう顔覚えたから逃げても無駄やぞ。逃げたら幹中にいってお前のバスケ仲間を全員ぶっ潰す」
竜二は3人の中で最も筋肉が張り出し体格が良い。
身長だけなら京一も負けていないが、この年代で年が3つくらい上だと筋肉の付き方がまるで違う。
体格差は圧倒的だった。
伸悦「それで天川、オマエなんでバッシュ持ってんの? その恰好でバッシュってことは、俺らに勝負挑みにきたんだろ?」
伸悦はフェンスの外に出ると、まだ線の細い京一の首元をガシっと掴む。
もう逃げられない。
京一は無理やり彼のほうに引き寄せられた。
ドン!
彼の胸元に顔がぶつかる。
すると香水の甘い匂いがした。
胸元には銀色のチェーンが幾重にもぶら下がっている。
右手の人差し指にはトゲトゲした形状のリングをはめている。
あれで殴られたら痛い程度では済まないだろう。
そして右肩から肘にかけて、美しい女性の顔が緻密な描写で彫られている。
表情が妙に生々しい。
とりあえず見た目だけで逃げ出したくなる相手だ。
京一「はぁ、あの、その3 on 3で試合させてもらおうかと、思いまして……」
正直に答える。
本当は明日の予定だったのだが……。
伸悦「くっくくく、ハハハっ! オモシレーっオモシレーよ天川!」
突然金髪が笑い出す。
彼の太い腕に首を掴まれた京一は、上半身ごとブンブン揺さぶられる。
伸悦「おい、芳、竜二、なんかオモシレーよこいつ。俺らに3 on 3で勝負するためにわざわざ今日ここに来たってよ。そんなやつ初めてだよな? 俺らにビビんねー中坊なんてさぁ」
伸悦はゲラゲラ笑いながら、京一の頭を揺さぶり続ける。
竜二「おい、いい度胸してんなぁ中坊。お前無傷じゃ帰れねーぞ」
ガタイの良い竜二がひと際低い声で凄む。
そんなに凄まなくてももう十分にビビっています。
京一は、声に出さずに心の中でそう叫ぶ。
芳「じゃあやるか。俺の弟がボコられたから、今日は俺が天川って奴をボコって泣かすぜ」
芳が長袖のシャツを脱ぐ。
日に焼けた両腕が露出すると、伸悦以上に大量のタトゥーが腕と上半身に彫り込まれていた。
一方、竜二と呼ばれる少年には彫り物はないが、ムキムキの異様に発達した筋肉がある。とりあえず外見だけで威圧感がマックスだ。
京一は伸悦に首根っこをつかまれたまま、ズルズルとコート内に引っ張り込まれてしまう。
ここに来てもう逃げることはできない。
完全に逃げ遅れてしまった。
先ほどまで泣いていた中学生二人は、まるで天の助けが来たという顔で京一を見つめる。
竜二「伸悦、芳、ちょうどいいぜ。これで3対3になるじゃん? やろうぜ、そいつら中坊の3人と俺たちで」
伸悦「ああそうだな。やるか、賭けバスケ」
芳「だな。じゃあまず賭けるもの出してもらわねーとな。おい天川、お前何賭けるんだよ?」
芳が京一に対価を要求する。
京一はビビッていたが、こうなることをある程度予想もしていた。
家を出るときに、父親から2千円ほど小遣いをもらっておいた。
慎二と映画を見に行くとウソをついてもらったお金だ。
今日は様子を見るだけのつもりで、明日が本番と思っていたが、念のため準備はしておいたのだ。
京一「2千円賭けます……」
そう言いながら、ポケットに入れておいた千円札を2枚出した。
まだ線の細い腕に握りしめられた千円札2枚を見た瞬間、金髪の伸悦は一瞬キョトンとした。
それからすぐに表情を崩して大笑いする。
伸悦「くっくくくハハハハっっっ! オモレー! お前、ほんっとにオモシレーよっ! 天川、最初からその気だったのか? 俺らに喧嘩売るために今日ここに来たってことか! 始めてだなそんな奴。お前馬鹿だろ?」
伸悦の笑いはいっそう激しく、ゲラゲラゲラゲラと止まらない。
京一が差し出したお札2枚は竜二がガシっとブン獲った。
竜二「ばーか、こんな金で俺らが満足するかよ。おまえ、賭けに出すのはそんな獲られても痛くもかゆくもねーもんじゃねーんだよ。どうせこの金、親の財布から抜いてきたんだろ? お前の金じゃねーんだろ? 負けてもお前が痛くねぇ。そんなんじゃ意味ねーんだよ」
竜二は京一の胸倉をぐっと掴み、ギリギリと締め上げる。
すごい力だ。
流石に高校生。
京一はこんな力で締め上げられたことは過去にない。
京一「……けほ」
気道が狭まり、咳き込む。
伸悦「そうだぜ天川。賭けの対価に差し出すものはお前の一番大切なもんだ。それじゃなきゃ認めねーよ」
伸悦はこの場のルールを乱暴に説明してゆく。
賭けの対価に差し出すものは、奪われれば本当に痛いもの。
つまりは絶対に奪われたくないものに限ること。
そうでなければ賭けのスリルを味わえない。
奪われて痛くないものなど賭ける価値が無いのだ。
芳「なぁ竜二、そいつのポケットに財布入ってんだろ? それ取り出せよ」
竜二「ああこれか?」
彼は京一のズボンの右ポケットから財布を抜き取った。
大切な何かが財布の中にはしまってある。
二人はそう考えた。
京一「あ!」
京一は奪われた財布を取り返そうと慌てて手を伸ばす。
その指先が竜二の腕に触れた。
竜二「んあぁ?」
京一を睨みつけると、締め上げる力を強める。
ギリギリっ……。
京一「くっ……ケホ」
身動きが取れない。
竜二は右腕で京一を締めあげ、空いた左手で財布の中身を確認してゆく。
竜二「ん~~? 大して入ってねーな。期待ハズレだこいつの財布」
財布を逆さにして中身を地面に落としてゆく。
ジャラジャラ。
100円玉4枚、10円玉6枚、5円玉1枚、そして1円玉3枚
締めて468円。
残念ながら先ほど奪われた2千円以外にお札は無い。
さすが中学生。
金を持っていない。
ヒラリ。
すると小銭に混じって何かが落ちた。
それは一枚のスナップ写真のようだった。
それがコートに吹き込む風にのってひらりと伸悦の足元に落ちる。
伸悦「なんだこれ?」
足元に落ちた写真を拾い上げて眺める。
京一「っ!!!」
その瞬間、京一の気配が変わる。
京一「返せよっっ!」
瞬間的に火が着いた京一は、竜二の腕を振りほどき伸悦に飛びかかった。
その写真だけは渡せない!
彼らに汚させてなるものか!
京一の怒りが顔に滲み出ていた。
ドゴンっ!
コートに響くほどの音で竜二が京一の腹を蹴り上げた。
京一「ぐふっ!」
ドスン。
両手で腹を抑えてその場に蹲る。
みぞおちに綺麗に入ったのだ。
息ができない。
京一「グッ……ガハッ! ゲホッ!」
苦しい。
伸悦「へ~、これおまえの母ちゃんか? きれーじゃん」
芳「え、この女、こいつの母親なの? 若くねぇか?」
芳が写真をのぞき込む。
見た目に若い女性の写真であったため、京一の母親だとは思わなかったのだろう。
伸悦「へえ、母ちゃん美人なのに、おまえって不細工だな」
伸悦は写真の母親と目の前の京一を見比べながらフンと鼻で笑った。
芳「ハハハ、言えてら。天川、お前の親って実は別人なんじゃねーの?」
3人とも写真を見ながらゲラゲラ笑う。
京一はようやく息ができるようになるが、まだ腹の奥がジンジンしている。
彼らに酷いことを言われているが、悔しさよりも痛みが勝る。
彼らの言葉に対する怒りは湧き起らない。
竜二「こいつ、その写真見た時いきなりキレたぜ。それがこいつの一番大事なものなんじゃねーか?」
芳「そうだな。母ちゃんの写真が一番ってマザコン野郎だなコイツ」
伸悦「じゃあこれでいいぜ。この写真がお前の賭けるものだ、天川。そんでお前が負けたら、この写真をライターで焼くぜ」
竜二「いいなソレ。千円札2枚よりその写真のほうがずっとオモシレーよ」
望む望まざるに関わらず、京一の対価は母の写真と勝手に決められる。
3人は大きく背伸びすると身体をストレッチさせて、関節をバキバキ鳴らし始めた。
京一「クッ……」
母親の写真といえばそれまでだが、京一にとっては特別なものだ。
身体の中心から大切なモノを盗み取られた気持ちになってしまう。
取り戻すには勝負に勝たねばならない。
だが組む仲間は卓球部の二人。
グラリ。
目の前が揺らぐ。
母の写真を奪われたまま逃げ出すわけにもいかない。
ここで戦うしかない。
京一は俯き己の気持ちを整える。
覚悟を決めるためだ。
京一「……」
写真は母親の形見。
二人の思い出が詰まっている。
京一「勝ったら返してくださいよ、それ」
感情を殺し、無駄に彼らを刺激しないようお願いする。
伸悦「あぁいいぜ。お前が勝ったらな」
金髪の男はヘラヘラ笑っている。
負けるはずがないと思っているのだ。
京一は奥歯をギュっと噛み締めた。
それから怯えたままの卓球部二人を見る。
彼らの身体はまだブルブル震えている。
これでは戦力にならない。
京一「(クソ……)」
声に出さずに毒づく。
とても大きなビハインドだ。
バスケ部でなくとも良いが、せめてもう少し強気の仲間が欲しかった。
京一の脳裏に慎二の姿が浮かび上がる。
ブンブン。
頭を振って良くない思考を断ち切る。
京一は急ぎベンチに腰かけると、バッシュに履き替えた。
その間ずっと試合の流れをイメージしている。
3 on 3はストリートバスケだ。
明確なルールがあるわけじゃないが、基本的にはバスケと同じルールと思えばいい。
フルコートを半分にした片側半面コートで、ゴールリングは1つしかない。
自分達も相手も同じゴールを目指し、シュートを投げ込むことになる。
必然、相手のボールをカットすれば、大きなシュートチャンスが訪れる。
トトト……。
卓球部の二人が京一の傍に寄って来る。
洋一「天川君、ゴメン」
巻き込んでしまったことを謝っているのだろう。
先ほどまで脅され完全にビビりあがっていたのだ。
青白い表情のままである。
京一「もういいよ。気にするなって」
改めて二人を見る。
身長は160cm程で体格もショボい。
足も腕も細く、瞬発力があるようには到底見えない。
相手にぶつかれば吹き飛ばされてしまうだろう。
京一「名前は?」
プレーが始まれば互いに名前を呼び合う必要がある。
「洋一」
「浩之」
二人はそれぞれ名を伝える。
京一「わかった。洋一に、浩之ね」
二人の名前を繰り返して、顔と名前を一致させる。
これで名前を呼び間違えることは無いだろう。
京一「お前ら、とにかくボールを持ったら僕にパスして。できるだけ長い時間ボールを持たないようにして」
二人「うん。わかった」
二人とも縋りつくような顔で京一を見つめる。
頼れる相手が京一だけだからだ。
京一「あと、彼らにビビらないこと。これは難しいかもしれないけれど、大切だから意識して。足の動きが止まったら的にされる。つねに動き回って相手のシュートが外れたらそのボールを奪って。そして僕にパスして」
二人「うん……わかった」
京一「よし」
二人の目を見て相槌を打つ。
だが二人ともまだ身体を震わせている。
こんな状態でまともに動けないだろう。
「よし」とは言ったものの、京一は暗澹たる気持ちになった。
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