第2章 修行編9 カツアゲ現在進行形。嫌すぎる展開
夢を見た日の正午のこと。
爽やかな日曜日である。
空はスッキリと晴れ、燦々と日差しが降り注ぐ。
父親が作ってくれた昼食のオムライスを食べ終えると、京一はバッシュを肩にぶら下げて駅前に向かった。
3 on 3に飛び込むのは明日だ。
今日はまだその時じゃない。
でも、気になって仕方がない。
だからこっそり顔を出してみることにしたのだ。
ガラの悪い怖い連中が屯する場所ではある。
だが同じバスケを楽しむ人達ならば、あるいは通じ合えるかもしれない。
そんな甘いことを考えていた。
駅前に到着した京一は、そのまま駅ビルを突っ切り反対側に出る。
表側と違って駅の裏手には商業設備が無く、オフィスビルが建ち並ぶ。
そのため、日曜日は人通りが少ない。
裏手に出ると、線路沿いに錆びたフェンスが張られている。
そのままフェンスにそって100メートルほど北に進むと、左手側にセメントで塗り固められたクレー状の半面コートが見えて来る。
京一「あちゃぁ……」
開口一番、言葉よりも先に後悔が出る。
そこには高校生くらいの悪そうな男達が屯していた。
噂に違わず、ガラが悪い。
ヤンキーだ。
いや、不良というのか?
半グレか?
とにかく見た目がヤバい。
とんでもなくヤバい。
京一は金網フェンスの外側から、そっとコートの様子を伺った。
地面にはボールが一つ転がっており、今はゲームをしていない。
脇に設置されたベンチのあたりで、背の高い金髪の男が何か喋っている。
さらに金髪の仲間と思われる、これまたガラの悪い二人がいる。
合計3名。
全員体格が良い。
それもかなり……。
囲まれたら万札置いて逃げ出したくなるような風貌だ。
京一「う……うわぁ……」
お腹の底から怯えの吐息が漏れ出す。
可哀そうなことに、彼らに囲まれた中学生くらいの少年が二人いる。
俯き、肩を震わせていることが遠目からでも分かる。
きっと泣いているのだ。
なぜ囲まれているのか?
どうして泣いているのか?
なんとなく予想はつく。
明日は我が身である。
京一は暫く彼らの様子を観察することにした。
行けそうなのか? ダメそうなのか?
最悪、明日のデビュー戦をバックレることも視野に入れる。
だって怖いから。
京一「……」
背の高い金髪の男は、おそらく18歳くらいだろう。
中学生二人に何かを要求しているようだ。
完全にビビって、震えあがっている。
可哀そうに……。
金髪の男「オイ、お前ら、いいからさっさと呼んで来いよ」
中学生1「でっ、できません!」
ピンと音がしそうなほどの直立不動の姿勢で中学生が叫ぶ。
声は甲高くて細い。
見るからに弱そうだ。
金髪の男「チッ!」
ボコっ!
すると金髪の男がいきなり中学生の腹を蹴り上げた。
京一「!」
マジか……マジか……マジか……。
リフレイン、リフレイン。
Oh…
意味不明な言葉が京一の頭の中を駆け巡る。
それ以外は何も思い浮かばなかった。
中学生1「グフゥッ……」
蹴られた中学生はうめき声をあげて膝を折る。
だが倒れそうな彼の肩を金髪の男がグイっと掴む
金髪の男「オイオイ、まだ倒れんなよ。1発蹴った程度でさぁ。ひ弱だなぁお前」
男はヘラヘラしながら中学生をいたぶっている。
金髪の男「いいからお前さっさと呼んで来いって。お前のねーちゃんをさぁ。それが頼みの綱なんだろ? なぁ?」
ニヤついた顔で怯え切った中学生をネチネチ責め立てている。
これがカツアゲという奴か?
京一はその現場を初めて目にする。
怖い。
とにかく怖い。
金髪の男「お前が賭けるっつったんだろ? ねーちゃん出すからって。それで負けたんだろ? 自分で言ったんだからさあ、約束守れよクソガキ!」
ボカン!
俯く中学生の頭をさらに小突く。
中学生2「で、できません! ごめんなさい!」
彼は泣き声のままに叫ぶ。
声が明らかに震えている。
金髪はそんな中学生二人を見下ろしながら、フンと鼻で笑う。
この場で何があったのか、京一はだいたい予想がついた。
中学生達は金髪の高校生、おそらくは南商業高校だろうが、何らかの理由で目をつけられ、この場に呼び出されたのだ。
そして無理やり3 on 3のストリートバスケで勝負することを強要された。
勝負に勝てばこのまま解放される。
だが負ければ賭けの対価を支払わされる。
おそらく金銭を要求されたはずだが、中学生ということで大して持っていなかったのだろう。
彼らに納得してもらえず、別の対価を追加要求されたのだ。
これは3 on 3という名のリンチ。
中学生達は最初から負けることを決められていたのだ。
京一「……」
随分と厄介な状況の時に来てしまった。
京一は後悔する。
あんな恐ろしい様子など見なければよかった。
何も知らなければ、明日、気軽にここへ来られたかもしれないのに。
だがもう知ってしまった。
再び明日、此処へ来ようという気持ちをすっかり無くしてしまう。
京一「じゃあ、そういうことで」
誰に告げるでもなく、ごく自然に口からそう言葉が出た。
京一は哀れな中学生二人を見なかったことにすると、この場を去ることにした。
その瞬間である。
中学生1「あっっ、天川君っ!」
京一「うぇぇっ?!」
凄い声が出てしまう。
あろうことか、小突かれていた中学生のうちの一人が突然京一の名前を叫んだのだ。
ドクン! ドクン! ドクン!
京一の心臓がドクドクと激しく脈打つ。
振り返れば、二人組が縋るような表情でこちらを見つめているではないか。
京一「げっ……げぇっ……」
再び変な声が出る。
よくよく見たら、京一と同じ中学校、しかも同級生だ。
京一「嘘……だろ?」
そう呟いてはみるものの、目の前にはただ事実が横たわる。
馴染みはないが、二人とも学校で見かけたことがある。
たしか卓球部だったはずだ。
バスケにはほど遠い運動部である。
なんで卓球部の二人がこんなヤバい場所にいて、こんなことになっているのか?
二人とも既に泣いているじゃないか。
未だ現在進行形で涙がポロポロ出ている。
視力の良い京一は、二人の細部まで見えてしまう。
嫌なタイミングに来てしまった。
京一「……」
金髪の男「あぁん? 誰だテメェ」
目つきの悪い金髪が京一を睨みつけてくる。
さらに金髪の両隣に立つ仲間二人も同様だ。
京一はそのままダッシュで逃げ出そうと思った。
卓球部の二人には申し訳ないが今なら逃げ切れる。
金髪の友達1「あっ! 俺、あいつ知ってるぜ」
京一「いぃっ?!」
再び知りたくない事実を告げられる。
自分は彼らを知らないが、彼らは何故か自分のことを知っている。
非対称な情報格差である。
嫌だ。
嫌すぎる。
金髪の男「あぁん? 誰だよテメェ、芳の知り合いか?」
仲間の一人は“芳”という名前なのだろう。
彼(芳)は頭をおしゃれ坊主に刈りこんでいる。
後頭部に直接タトゥを彫り込んでおり、鋭角的なデザインが施されていた。
危険度マックスだ。
金髪の友達2「伸悦、あいつ芳の弟を負かしたヤツだぜ」
金髪(伸悦)「あぁ? 芳の弟を負かしただとぉ?」
彼は“伸悦”というらしい。
それが名字なのか、名前なのかは分からない。
ジャリッ、ジャリッ
金属の擦れ合う音をさせながら男が京一に向かって来る。
「いやいや、全く身に覚えがありません!」
京一はそう叫びたかったが、口がパクパクするだけで言葉にならなかった。
怖い。
足がすくんで、声が出せない。
京一はひたすら首をぶんぶん横に振る。
身に覚えがないことを全力で伝えようとした。
すると程なくして、誤解が解ける。
金髪の友達2「たしかこの前、バスケの県大会で、アイツがいる幹中にボコられただろ? 芳の弟」
3人の中で最も体格の良い男がヘラヘラ笑う。
張り出した胸筋が着ているシャツをパンパンに膨れあがらせている。
何かしらの格闘技をやっていそうだ。
殴られたら骨折程度じゃ済みそうにない……。
芳「あ、そうそう思い出したぜ。ダブルスコアでやられたよ。アイツすっげー泣いてたな。幹中の天川って奴に手も足も出なかったって、ハハハ」
芳も実弟の敗戦を笑い飛ばす。
伸悦「へえ~芳の弟がまったく相手にならなかったのか? おもしれーじゃん。おいテメェ天川つったか? ちょっとこっちに来いよ」
嫌です。
そう言いたいのに口が想うように動かない。
京一「うご……ゴホッ! ゴホッ! ゴホっ!」
うっかり唾が気道に入り、むせ込んでしまう。
暫くその場で咳き込む。
咳が止まれば、「滅相も無い」と言って逃げるつもりだ。
とてもじゃないが、フェンスの中に入ろうとは思えない。
だって入ったら二度と出られない。
きっと死ぬまで。
同級生1「天川君っっっ! 待って! 助けてぇぇぇっっっ!」
卓球部の一人が大声で叫ぶ。
京一「……」
この場所から逃げ出そうとした京一の足がピタリと止まる。
正義感からではない。
同級生のキンキンした悲鳴にびっくりしたのだ。
伸悦「アレ~? 天川、おまえバッシュ持ってんじゃん? その気じゃねーかよ。何だおまえ、俺らに喧嘩売るつもりでここに来たのか? おもしれーじゃん。来いよ。そのケンカ買ってやるよ」
伸悦がドスの聞いた声で凄む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます