第2章 修行編7 指令:ヤンキーの巣へ殴り込め!
翌日。
土曜日の部活動、県大会の準決勝を控えた激しい練習の後、コーチは館内の中央に部員全員を集めた。
昨日の練習試合の狙いと分析を丁寧に説明するためだ。
1つ、今回の練習試合は長谷中の戦術を確実に理解することが目的だった
1つ、こちらの戦術を相手に刷り込むこと
1つ、相手の5人の選手の個別の実力を自分たちの物差しで正確に測ること
大差で負けることと引き換えに、上記3つの目的を達成した。
そして、これら3つを手に入れる最終目的は決勝戦で長谷中を抑え全県の頂点に立つこと。
コーチは、試合で取った戦術と相手の対応を1つ1つ丁寧に説明した。
部員全員が理解できるよう身振り手振り、場合によっては身体とボールを使った。
コーチの説明が繰り返されるたびに、チームメンバーの目つきが真剣なものになっていった。
少しでも内容を理解したい。
彼らのコーチを見つめる真剣な眼差しがそう物語っている。
そして週明けの月曜に控えている準決勝について、相手チームの情報と幹中が取る基本戦術を説明した。
もちろん、5人のスターティングメンバーに関してもだ。
コーチ「準決勝戦では、2番、天川の代わりに補欠を入れる」
部員達「!」
コーチは準決勝で京一を温存することを告げる。
皆、少なからず驚いた。
京一は2番シューティングガードを任されている。
シューティングガードはバスケにおいて、攻撃の起点となり、ゲームメークをする花形ポジションだ。
攻撃力だけでなく、全体をコントロールする力やディフェンス力も必要だ。
このポジションが試合の優劣を決めるため、各校ともエースを据える。
京一は2年次になってからシューティングガードを任されていた。
それが準決勝戦という重要な試合で温存される。
大丈夫だろうか?
1番、ポイントガードは3年の補欠だった飯島が入る
2番、シューティングガードは京一の代わりに慎二が入る
3番、スモールフォワードは高瀬、変化なし
4番、パワーフォワードは寺田、変化なし
5番、センターは猪島、変化なし
京一以外は練習試合と同じメンバーだ。
準決勝の相手は、稲田中学。
長谷中に比べればかなり実力は落ちる。
それでも楽に勝てる相手ではない。
コーチもけっして油断はしていない。
確かな分析のもと、緻密な作戦を立てることで勝利を導く。
オフェンスの基本は、シューティングガードの慎二が中心に組み立てる。
長谷中との練習試合で散々京一がやったように、中央、もしくは大外から高速ドリブルで内部へ切り込む。
そして必ずシュートで終わらせる。
攻撃の手数で相手を圧倒する。
稲田中には清里のようなスーパーエースはいない。
平均的に選手のレベルが高いものの、これといった攻撃の特徴がない。
このメンバーでも抑え込める。
そしてコーチは試合当日、京一に1つの指令を出した。
コーチ「天川、お前準決勝のある月曜は大会会場に来なくていい」
京一「え!」
京一はびっくりした。
ザワザワ……。
周りのメンバーにも一様に動揺が広がる。
まさか自分が不要?
京一は突然不安になった。
コーチ「ばーか、心配すんな。お前はうちのエースだ。それに変わりはない。でな」
ニヤリ。
いたずらっ子のような顔をする。
コーチ「お前、駅前広場のクレーコートで、若い連中が夕方にバスケの3 on 3やってるの知ってるよな?」
京一「え? はい……」
京一は駅前広場を思い浮かべた。
確かに半面のバスケコートがある。
セメントの上にペイントされたクレーコートだ。
そこで若い奴らが3 on 3で遊びレベルでゲームをやっている。
それがどうしたというのだろう?
京一は不思議な顔でコーチの次の言葉を待つ。
コーチ「お前、準決勝当日、試合の時間帯はそこに行ってこい。そしてその辺の連中のチームに飛び入りで加えてもらって、ひと勝負して来い」
京一「は、はい?」
従順だった京一が、思わず聞き返す。
京一だけじゃない。
慎二も驚く。
慎二「えーっ! マジっすかコーチ?」
コーチ「ああ、マジよ」
慎二「でも、あそこ……、あのコートで試合やってる連中、ちょっとガラ悪いっすよね?」
慎二が恐る恐る問いかける。
コーチ「ん? それがどうかしたか?」
コーチはまったく動じない。
慎二「は、はぁ」
コーチの意図を測りかねる表情で慎二は京一の顔を覗き込む。
京一「う……え、いきなり、飛び込みっすか?」
口をもごもごさせながら、狼狽える。
これまでコーチの指示には元気よく「ハイ」と返事していたが、あまりの展開に思わず素の自分が出てしまったのだ。
京一だって、あの辺でガラの悪い若い連中が3 on 3で遊んでいることは知っている。
たまに試合中の少年同士で喧嘩があったりもする。
警察が踏み込んだこともある。
オープンな環境でバスケができること自体は良いし、少なからずあの場所でプレーしてみたい気持ちもあった。
だがあの場所へ行ったことは一度も無い。
踏み込めばカツアゲされて終わるだけだからだ。
駅前コートにはそういう連中が屯している。
京一「……」
そこに一人で行けと?
しかも飛び込みでチームに加えてもらえと?
何をどうすれば、その中に入り込めるのか?
京一「あ、あのコーチ、どうやればその3 on 3に混じっていけるんでしょうか?」
自信無さげに尋ねる。
あるいはコーチの知り合いがいて、そこに行けば勝手に加えてもらえるとか、段取りが組まれていることを少しだけ期待した。
だが当ては外れた。
コーチ「まあ、その辺はその場に実際に行って様子を見ながら臨機応変に対応して、うまく入り込め」
京一「え……」
簡単に言うが、これはとても難しい課題である。
思春期の中学生が、ガラの悪い連中が屯する場所に一人で乗り込み、ストリートバスケ(3on3)で勝負を挑む。
きっとそこは彼らの縄張り。
捉えようによっては、殴り込みと思われてしまうかもしれない。
京一は大層困った顔をする。
コーチ「天川、そんな顔するな。これはコーチ命令だぞ。そこで3 on 3を戦ってこい。ストリートファイトだ。勝ってこいとは言ってない。ただゲームに入って勝負をしてこい。勝敗は問わん」
コーチはとにかくその場で3 on 3のゲームに入り込み、戦ってこいと言っているようだ。
段取りも手筈も一切整っていない。
まるで思い付きのような指示だ。
京一はとても困ったが、コーチの指示である。
何より自分の実力を高く買ってくれているコーチだ。
従わない選択肢はない。
どうすればいいかはまったく思い浮かばないのだけれど……。
京一「ハイ! コーチ。準決勝の日は、大会会場にはいかず、駅前に行ってきます。そして、3 on 3に何とか入り込んで勝負してきます」
きっぱりと宣言した。
高瀬、寺田「……すげぇ天川」
二人の声が小さくハモった。
慎二「がんばれ、京一」
コーチには聞こえないような小さな声で慎二は京一を応援した。
なぜコーチがこんな無茶ぶりをしてきたのか、京一はまったく理解できなかった。
でも、やるしかない。
そもそも大切な準決勝を欠場してまで、3 on 3をやってこいと指示したのだ。
ただ事ではないはずだ。
ならば何とかするしかない。
覚悟を決めよう。
そう思った。
ギュッ……。
京一の体は強張った。
不自然に力が入る。
今なら100%、シュートを外す自信があった。
コーチはこの話はここまでで切り上げた。
あとは京一次第といったところだろう。
次に準決勝を戦う5人とその他の部員に向けて、細かく戦術の説明をしていった。
京一もその場に残り、コーチの話に耳を傾けた。
しかし、駅前コートのことを繰り返し想像してしまい、コーチの話はまったく頭に入ってこなかった。
この日、京一は終始練習に集中できなかった。
やる気がないわけではなく、ただ月曜日のことが気になって仕方がなかった。
コーチはそんな京一の様子を特に咎めることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます