第2章 修行編2 ヒーロー、まだ童貞
京一「うん、居残り練習のお陰で3ポイントの確率がかなり上がったと思う」
慎二「よし! 今度の金曜日はいよいよアイツらと練習試合だな。ぜったい勝とうぜ!」
京一と慎二は小学生時代からの友達同士である。
小学生の頃、地元のバスケチームに所属して共に練習に励んできた仲でもある。
コーチ「おいおい慎二ぃ~、お前はまず体力をつけろ。いまのままじゃ試合時間もたんぞ」
ポン。
慎二のお腹の辺りを裏拳で叩く。
慎二「はい! へへ……」
痛い所を突かれたのだろう、舌を出して苦笑いする。
慎二も中々のセンスを持っているが、いかんせん体力面で難を持つ。
試合の後半では毎回バテてしまい全力が出せない。
持久力アップに向けた地味な体力づくりは苦手のようだ。
片桐慎二。
幹中では1番、ポイントガードのポジションを任されている。
京一ほど身長は高くないが、バスケのセンスはずば抜けている。
そして何より女の子にモテる。
顔が良い。
女子達「慎二君、がんばって~!」
放課後の部活動では、体育館に同級生の女子たちが毎日見学に来る程だ。
慎二「おう!」
女子達「きゃ~! かっこいい!」
爽やかな返事に黄色い声援が響く。
慎二は彼女たちに軽く手を振ると、再び、練習に没頭していく。
練習後、彼女たちと仲良く帰宅するのかと思えばそうでもない。
慎二は必ず京一と一緒に帰宅する。
そしてバスケの練習、試合、ライバル校の話をする。
慎二「なぁ京一、今度の県大会で優勝狙おうぜ! ぜってーいけるって俺ら。つえーもん」
自信満々の顔だ。
京一「うん、そうだね。なんか慎二が言うとすっごい簡単そうだけど、優勝っていったら、長谷中に勝たなきゃならないだろ? 結構難しいよなぁ」
京一は現実的だった。
慎二「まぁな。でもなんか勝てそうな気がするんだ。だって俺だけじゃなくてお前もいるしさ」
慎二は誰よりも京一の実力を信頼している。
共に切磋琢磨した仲間なのだ。
二人の間には絆がある。
そして慎二は二言目に必ずこう告げる。
慎二「あぁ~今度の県大会で優勝したら、琴野、おれと付き合ってくんね~かな~」
「はぁ~」とため息を一つ吐く。
いつものことだ。
京一「……」
京一はその話題にあまり乗っていかない。
そしてバスケの話題に引き戻す。
試合に勝つための技術的ポイント、自分たちの得意技と弱点、さらに対戦校の情報も知りうる限りのことを述べる。
慎二は興味を示さない。
慎二「てかさぁ京一。お前、琴野の話すると、い~っつも別の話題振るよな? なんで?」
京一「……え」
慎二「まさか、お前もあいつのこと好きなんか?」
ヤレヤレといった顔だ。
京一「え! ちがうよ。そんなんじゃないって」
焦るが、それを極力悟られないようにする。
慎二もそれ以上は突っ込まない。
慎二「あぁ~琴野ってホント美人だよなぁ~。うちの姉ちゃんの1000倍くらい」
姉は高校生。
それなりに綺麗な人だ。
小学生の頃から京一は慎二の家に入り浸っていたので、姉のことはよく知っている。
姉は「お、京! 元気か?」とニコニコしながら気さくに声をかけてくれる。
京一は慎二の姉に会うと、なぜかホッとする。
理由はよくわからない。
姉後肌が落ち着くのかもしれない。
京一「慎二、お前そんなこと言ってると、また姉ちゃんに叩かれるぞ」
一応指摘しておく。
姉は弟に容赦がない。
京一はグーパンで姉に殴られる慎二を何度も目撃してきた。
慎二「なぁ京一。琴野ってさ~、まだ誰とも付き合ってないじゃん。なんでだと思う?」
毎回のことではあるが、帰宅時、慎二は蓮華のことしか話さない。
それは慎二に限ったことではないのだが。
中学生となり、蓮華の現実離れした美しさは、単なる女子生徒の枠を超える。
この頃から蓮華は校内で特別な存在になりつつあった。
彼女と特別仲良くすることは、他の生徒達から抜け駆けとみなされた。
そのため、「蓮華」と気安く名前で呼ぶ男子生徒はいない。
京一はそんな蓮華を傍目に、バスケの練習に没頭していく。
ひたむきなその姿は、まるで見たくない何かから目を逸らすようでもあった。
休み時間にクラスメートから蓮華の話題を聞かない日は無い。
蓮華について話すとき、皆、ため息交じりとなる。
なぜなら、全員、蓮華に恋をしているからだ。
同学年の男子生徒はほぼ全員。
上級生や下級生も同様。
それどころか、この頃から女子生徒にまで告白されるようになる。
蓮華に告白する女子達は、みんな思い詰めた表情をする。
同性に想いを告げることは、勇気を要する。
だが蓮華は、彼ら彼女らの告白にただの一度も応えることはなかった。
「蓮華に告白して振られる」
そこまでの流れが様式美にすらなっていた。
慎二も告白して振られた男子生徒の一人である。
幹中では、蓮華に告白した者と、まだしていない者で二つに分かれていた。
まだしていない者は勇気が足りないとして、告白して散った者たちから「童貞」と馬鹿にされた。
京一は当然童貞だ。
慎二「京一さぁ、お前も早く童貞捨てろよな~」
相変わらずの言い方で馬鹿にしてくる。
京一「……」
慎二「琴野に告白して、さっさと振られて、そんで俺のねーちゃんと付き合えよ」
京一「え?」
しれっととんでもないことを言われたように思う。
今、あの姉が傍にいたら、慎二はグーで殴られているだろう。
京一「慎二のねーちゃん、付き合ってる人いるじゃん。なんで僕がつきあうんだよ?」
唐突な提案に不満を漏らす。
慎二「だってお前、いつまでも童貞で気持ちわりーじゃん。夜中こっそり布団の中でエロい事考えてそうだもん。『琴野ぉ……』って。うへ~キメェ! 京一お前キメェ! ぜってームッツリじゃん、さっさと告白して童貞捨てて来いよ。そんで、俺のねーちゃんで本当に童貞卒業しろって」
また、しれっととんでもないことを言う。
だがこれもいつものことだ。
京一は特に怒らない。
あの姉が今のセリフを聞いていたなら膝蹴りも飛んできたであろう。
般若のような姉の顔と、殴られる慎二の様子を思い浮かべて思わず笑う。
京一「ハハハ」
慎二「お、まんざらでもないって感じじゃん。京一がその気ならねーちゃん改めて紹介するぜ。でも先に琴野に告って振られて来いよな。ねーちゃんの紹介はそっからだ」
京一「そんなんじゃないって。べつに」
京一は「蓮華を好きか?」と問われれば間違いなく好きだった。
ただ、その気持ちが皆と同じかどうかが分からない。
小学生の頃、この街に移り住み、川原で初めて蓮華を見て以来、京一の心には蓮華が住み続けている。
当時の京一は、母を亡くしたばかりで悲しみに沈んでいた。
二度と母に会えない。
そのことを頭で理解しても、心で理解できなかった。
遠くの何処かに行けば、変わらず母に会えるかもしれない。
でもどこに行けばいいのだろう?
答えがわからず、延々と苦しみ続けるのだ。
それが京一の世界の全て。
そんな寂しい世界に、美しい少女が突然現れた。
そよ風に揺れる髪が眩しい。
少女の姿は京一の心にすーっと入り込む。
名前は母と同じ「蓮華」。
京一は母が会いに来てくれたのではないかと思った。
いっそのこと、皆と同じように蓮華に告白してみればよいのだろうか?
だが京一はどうしても告白できなかった。
勇気が無いといえば、それまでなのだが。
慎二「どした? ボーっとした顔して」
上の空となった京一の顔を慎二が覗き込む。
京一「べ、別にボーっとしてなんか……」
慌てて言い訳するが、一たび昔のことを考え始めると、京一は中々抜けられなくなる。
だから慎二との会話も上の空になってしまう。
京一が蓮華に告白したくない理由は2つある。
1つは、皆と同じになりたくないからだ。
蓮華に告白して、あっさりと振られてしまう。
当たり前のことを、当たり前に辿りたくない。
大勢の中の一人として希薄に処理されたくない、この気持ちの正体は独占欲だろう。
それほどに京一は蓮華を好きなのだ。
だが……本当だろうか?
単に母の記憶を守ろうとしているだけではないのか?
実は当の本人もよく分かっていない。
そしてもう1つ。
これが本命。
こっちの理由は未だ京一の理解するところには無く、自分の気持ちにただ戸惑うばかりである。
この気持ちの理由を深く探れば探るほど、京一は不安と焦燥に襲われる。
京一は蓮華が“憎かった”。
憎しみの理由は“恨み”による。
蓮華に対して、どうしようもない“恨み”の気持ちがあって、美しい姿を見る度に苛立ちが増幅してしまうのだ。
どうして蓮華を恨み、憎いと思うのか?
この気持ちの理由が全く分からない。
小学生の冬の日、バレンタインデーの放課後に蓮華を殴ってしまった行為も、根っこにあるのは恨みの気持ちだ。
確かにあの時、京一は蓮華の挑発に乗ってしまった。
身体が小さく、運動神経もダメ、全てダメ。
劣等感を大好きな蓮華に刺激されて逆上した。
蓮華を殴った理由は単純な怒りによる。
だが、それはあくまで表層。
根っこではない。
京一が持つ“恨み”の根っこは、もっともっと深い場所にある。
だがいくら記憶の中を探っても、恨む理由が見当たらない。
考えても考えても、恨みの理由に皆目見当がつかないのだ。
見つからないものは、どうしようもない。
ただ蓮華との間には、遥か昔、とてつもない何かがあった。
その事だけを朧げに感じている。
だから蓮華とすれ違う度、好きだという気持ちと同時に、恨みの感情が溢れ返って苦しくなる。
いつもそうだ。
小学生の頃は、この気持ちに毎回振り回された。
卑屈になり、下を向き、蓮華に酷いことをした。
踵が痛くて命一杯に走れない。
運動会のたびにクラスの足を引っ張ってしまう。
級友にもよくイジメられた。
京一はコンプレックスの塊である。
それが蓮華に対する理由無き“恨み”と結びつき、あの冬の日を迎えてしまった。
だが、
コンプレックスの大部分は、身体の成長と共に少しずつ消えていく。
バスケットボールという自信を取り戻すための武器を手に入れたことが大きい。
バスケで活躍することで、惨めな自分を塗り替えてゆける。
練習に没頭すればするほど、強く高い場所に羽ばたいて行ける。
京一は空の高みで、蓮華が一人ポツンと待っている気がしていた。
そこに近づきたい。
恨みの気持ちも、好きだという気持ちも、全て抱えたまま蓮華の隣に立ちたい。
それまでは“告白”できない。
これが誰よりも一生懸命に練習する本当の理由だ。
部活のない日は、セメントの路面や壁がある場所を探し、ドリブルやステップの練習を繰り返した。
休日は持久力をつけるために10km以上のランニングを欠かさないようにしている。
そして地道な努力が徐々に実を結ぶ。
中学2年生になり、エースのポジションを不動のものとした。
幹中は県大会でも上位に食い込む強豪となる。
京一は徐々に大会でも注目される選手へ成長してゆく。
ライバル校からは「天川に気をつけろ」と露骨にマークされることもある。
それでも負けなかった。
京一「なあ慎二、今度の(県大会)準決勝戦の前に、練習試合あるじゃん? その相手、長谷中だったよね。去年の優勝校」
慎二「そうだな。まだ俺ら一回も勝ったことないよな、長谷中に」
京一と慎二が通う市立幹中学校は県大会でも上位に食い込む強豪の一角だ。
しかし、昨年の覇者である長谷中には一度も試合で勝ったことがない。
長谷中のスターティングメンバーは、全員ジュニア上がりのトップクラスが揃っている。身長も中学生の平均を優に超える長身軍団で、神奈川県のみならず、全国区のチームである。
京一「次の練習試合で、自分達がどれくらいやれるか確認できるよね。楽しみだ」
遠くを眺め、長谷中との練習試合のことを想像する。
慎二「そうだな。まー勝敗は、正直お前の出来次第だけどさ、京一」
慎二がグイと脇腹を突く。
京一「うん」
京一の背番号は2番。
シューティングガードだ。
試合の流れを左右する花形ポジションである。
慎二「そういや、長谷中の清里っているじゃん? 京一と同じポジションの2番」
京一「ん、あぁ清里君だっけ? 知ってるよ。凄い選手だから」
慎二「あいつさぁ、うちの琴野のこと狙ってんだってさー」
慎二は特に気にする風もなく、さらりと清里と呼ばれる選手のことを述べた。
京一「……ふぅん」
慎二「でも清里って顔良いしなぁ。バスケもすっげーうまいし、あっちの学校で超モテてるらしいぜ。でも琴野のこと狙ってて、今度の県大会で優勝したら告白するつもりなんだって」
京一は沈黙する。
慎二「なんかそれとなく、友達伝いで琴野にアピールしてるらしくてさ。告白に向けた足
場固めってやつ? 決勝戦を会場まで見に来てくれって言ってるらしい」
京一「……うん」
その話ならば京一も知っている。
クラスで話題になっていたからだ。
慎二「てことはさぁ、俺らがうまく決勝戦まで行ったら、清里のいる長谷中とぶつかるじゃん? で、琴野が観てる前でアイツと戦えるってことじゃん? それってすっげー良いアピールにならねー?」
慎二は清里の告白の件を前向きに捉えているようだ。
京一のように煮え切らない態度ではない。
蓮華を好きであることを公言し、且つアピールしていく。
快男児である。
慎二「もし長谷中に勝ったりしたら、琴野が惚れてくれるかもな。俺ぜってー頑張るぞ。負けねーぞ」
慎二は目をギラギラさせて右拳を握りしめる。
今度の金曜日の午後、京一達が通う幹中の体育館で長谷中との練習試合が行われる。
決勝の前哨戦だ。
京一「……うん」
背筋が熱を帯び、汗ばんでくる。
勝ち進めば蓮華が決勝戦を観に会場へ来る。
ひょっとしたら金曜日の練習試合にも来るかもしれない。
ズン……。
慎二とは異なり、京一の気持ちは重くなる。
負けることが許されない。
そう思ったからだ。
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