第3話
わたしが緋佳里と初めて出会った日は彼女と同じクラスになった第二学年の春ではなく中学第一学年だった七月の第一週すなわち夏休みを目前に控えた金曜の夕方である。わたしはその時から重く苦しい文鎮を背負って緋文字を胸に抱えているのである。
故郷の中学でわたしはさして悪い成績を取るような生徒でなかった。生れつき馬鹿な真似をできない体だったから学童期はこのために随分と悩まされたが中学にも上がるとようやく馬鹿が馬鹿を見る目になり平穏な生活が始まったかと思われた。授業は真面目に聞くものだから定期考査で間違えることは滅多になく生徒会にも立候補を勧められるくらいだったが無用な責任は負うばかり損になるからと立候補は断って歴史研究部という活動実態のない部に所属していたため放課になれば大して蔵書のない図書室に行ってありふれた大衆小説を読むだけの起伏の少ない学校生活を過ごしていただけなのに嫌気が差すことはなかったのかと言われると答に窮す。なぜならその生活は長く続くことがなかったからである。
わたしの第一学年時の担任は
そして来る夏の夕暮れにわたしはこの米島から体育館裏に呼び出された。定期考査では学年でも指折りの成績をおさめそれでもなお呼び出しされるのだから彼女のご機嫌を損ねてしまったのだろうかと思案しつつ最終下校時刻十分前のまだ太陽が完全に落ちていない頃合いにわたしは常に陰になって草の生えぬ体育館の裏に向った。髪を不便になるほどに伸ばした米島はすでにそこにいてわたしが会釈をすると無言で近づいてきた。
「米島先生、どうしたのです」と言えば米島は止まって「はあ分らないわ」と続けて「今からすることを誰にも話してはなりません」と言うから意味が分らず黙っていると米島はわたしの頸に手を伸ばしてそのまま体育館の外壁に押し付けた。陰になって見えぬはずの彼女の貌からはなぜか
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます