第2話
扉を開けた位置でわたしは立ったままであったが緋佳里に押され古吉と差向に坐ることになった。彼とは大学が始まったばかりであるから二十二カ月ほど前に講義で一度だけ隣になってしまったことがある。そのための数単語しか交わしたことがないから向うはわたしを
「前に……席が隣になったか……」
「……そうだね」
「ああ」
時変はさずに古吉はテーブルのコップへと魚眼の焦点を合わせた。わたしは首をゆっくり回転させ
「それは本当なのか」
「本当だ」
「君に言っているんじゃあないよ。緋佳里に聞いているんだ」と返せば古吉は「ならば俺の顔を見て言うんでなくて緋佳里の顔を見て言え」と言うからさもありなんと緋佳里を見ると「そうよ」とわたしを見ることなく呟いた。これは何かの
しかしまた緋佳里の交際関係に口を出そうとは少しも思わぬ。哀れな一兵卒が上官命令に絶対であるように緋佳里にわたしは逆らうことができないふうであるとはいえわたしが
目を開けたわたしは緋佳里の後ろに立って黒髪の間に見える白皮の
「お前と緋佳里は、どういう関係なんだ」
緋佳里は応えなかった。胃酸を飲んでわたしは返した。
「どうもなにも、中学の級友で、大学が同じ、というだけだが」
「それだけには見えねえが」
古吉からする非生物的な刺激臭はタールとニコチンとアルコホルに由来するのだろうがそれより見るからに下劣下賤の男がわたしたちに対して要らぬつまらぬ役立たぬ詮索をしていることのほうが厭だった。「君は眼医者に診てもらったほうがいいらしい」と言えば古吉は黙ってコップの麦茶を飲み干すと
古吉が再びピッツァを要求したところで緋佳里は大皿を持ってきたが壁掛け時計は午後七時四十五分を示していた。均一に焼き色が付いた生地は柔らかくトマトソースの酸味は調度がよくて緋佳里が調理師免許を持っていれば店を出せる出来栄えで古吉もうまいと言ったが誰も返事することなくわたしと緋佳里は二人であれこれ話ながら食べていた。
八時を回りピッツァ二枚を三人で平らげたところで第三脳室にてわたしの神経を喰っていた扁形動物あるいはその類型の素性が判った。わたしは神経が何のゆえに食い蝕まれているのかおよそ見当がついていなかったが簡単なことであった。行為の欠落である。気が向いていなかった空間にようやく灯台の光が届いたわけであってつまりとめどない不安があたかも
「餌を与えていないかもしれない」
「
「ねえ、憶えてる?」と緋佳里は身を乗り出した。
「何を」
「あの時のこと」
緋佳里の眼はわたしを銅色に映していた。緋佳里の眼にいるわたしと目が合う。そのわたしはまたわたしを見てそしてわたしを見ているのである。あの日と同じである。
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