第3話 お別れ配信
なにを言われているのか理解できなかった。
『私ね、彼氏ができたの!』
彼氏って、彼氏?
だって、俺たちはカップルチャンネルをやってて。そりゃ、恋愛関係だったわけじゃないけど、でもいい関係だったと思う。
高校生になって学校が別れてからも、撮影のために週に一度は会っていたし、ふたりで一緒に過ごす時間は楽しくて。
誰かのことを好きになるって、こういうことなのかなって思ってたのに。
「で、でも、せっかく人気が出てたのに……」
『まあ、そうなんだけどね』
思わず口走ってしまった言葉に、一紗のなんとも言えない返事が届く。
その声のトーンに、ああもうどうにもならないんだと思わされた。
俺にとってYouTubeは、現実から目を背けるために必要な場所だった。ここでなら、本当の俺を受け入れてもらえる。こんな俺でも、好きだって言ってもらえる。
でも、一紗にとってのYouTubeは虚構のもので、現実が存在する。そう思えば、この関係を続けることは難しい。
この関係を大切だと、パートナーだと思っていたのは、きっと俺だけだったんだ。
「あ、えっと、じゃあ、最後にお別れ配信だけでもできないかな?」
食い下がるなんてかっこ悪いことを、と頭ではわかっていた。でも、気付いたらすがるように言ってしまっていた。
「ファンの人たちのためにも、区切りはつけたほうがいいと思うんだ」
そんなこと言いながら、ただもう一度だけ俺が一紗に、イチサに会いたいだけかもしれない。
でも。
『ごめん、彼氏に悪いから』
「あ……。そ、っか……そう、だよね」
一紗の言うことは至極真っ当で。むしろそんなふうに彼氏のことを想える人であることは素敵なことだと思う。
「わかった。今までありがとう」
絞り出すような声でそれだけ伝えると、俺は通話を切ってスマホをベッドに放り投げた。
終わってしまった。
これからどうしていいかわからない。
イチサとのユウチサチャンネルだけでなく、ユウイ個人のチャンネルも持っているから続けることは可能だ。実際、最近ではふたりでの配信よりも個人での配信の方が増えてきていた。ユウイひとりのほうにだけ来てくれている人も増えていた。
それでもYouTubeをはじめるきっかけは一紗とはじめたユウチサチャンネルだ。ひとりになってしまって、これから本当に大丈夫なのだろうか。
「……これが俺にとってもやめどきなのかもしれないな」
わざわざ動画を作らなくても、自然消滅的に活動をやめる人もいた。更新がなくなったなと思ったら、気付けばチャンネルが消滅している人たちもいた。
だから俺たちもそれでもいい、のかもしれない。
でも、ずっとユウチサチャンネルの方を放置しておく気にはなれなかった。
はじめたことは、きちんと終わらさなくては。たとえ、俺ひとりでも。
今日は、個人チャンネルの方を配信するつもりだったけれど、急遽ユウチサの方を撮ることにした。
これがユウチサにとってもユウイにとっても、最後の動画だ。
『こんにちは、ユウイです』
――ユウイちゃんだ! こんにちは!
――え、突発配信? 嬉しい!
突発ではじめた生放送。なのに、通知をオンにしてくれている人たちが、すでに何人か見でに来てくれていた。
でも、ユウチサチャンネルなのに、ユウイがひとりで出てきたことにコメント欄がざわつきはじめた。
――今日、イチサちゃんは?
――ユウイちゃん、様子おかしくない?
――大丈夫? どうしたの?
言わなければいけない。イチサとは別れたって。だからユウチサも、それからユウイとしての活動も終わりだって。
『今日、は……みんなに、言わなきゃいけない、ことがあって』
言葉に、詰まる。
泣くつもりなんてないのに、鼻の奥がツンとする。
普段とは違うユウイに気付いてコメント欄も心配そうだ。
『し、んぱいかけて、ごめんね。あの、ね。私、ユウイとイチサは……お別れすることに、なりました』
――えええ、どうして!?
――だからそんな悲しそうな顔してるの?
――大丈夫? 無理して笑わないで!
『みんな、ありがと……。だから、ね。今回の放送で』
ユウチサチャンネルも、ユウイも活動をおしまいにする。
そう、言いたかった。言うはずだった。
でも。
『ユウチサチャンネルは、活動を終わりにすることにしました』
そう言うだけで、精一杯だった。
『急なことでごめんね。今までありがとう!』
コメントが流れるようにたくさん送られてくる。
でも、それを確認する余裕もなく、俺は配信を切った。
『私も辞めます』
その一言が、どうしても言えなかった。
思っていた以上に、ユウイとしての自分が、この場所が、大事なものになっていた。
「……これから、どうしようかな」
スマホの隣に寝転がると、配信を見たらしいファンの人から次から次にDMが届く。
『大丈夫?』とか『ユウイちゃんまでやめないよね!?』とか挙げ句『俺が彼氏になってやるよ!』なんて余計なメッセージまで届いていた。
「……は?」
その中に一通だけ、気味の悪いDMがあった。
「『あなたの正体を知っている』……?」
馬鹿馬鹿しい。そう思いながら、スマートフォンをオフにする。
そこには、ユウイではなく、眉をハの字にした三浦裕唯の情けない顔が映っていた。
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