第2話 ユウイとイチサ
スマホをポケットから出して、メッセージを確認する。今日の予定は相方であるイチサとのコラボ配信だった。
「前回は、ああそうだ。ふたりで流行りのスイーツ食べ比べをしたんだっけ」
画面の中で、ユウイとイチサのふたりが、お互いに一番美味しいと思ったクリームたっぷりふわふわプリンと抹茶とアイスのクレープを食べさせあいっこしている。ユウイのほっぺについた生クリームをイチサが指で取るシーンで、コメント欄の盛り上がりは最高潮を迎えていた。
「このシーン、すっげー恥ずかしかったけどやっぱりあって正解だったよな」
イチサから言われて入れたシーンだったけど、やっぱり間違いなかった。そう、彼女の言うことはいつも正しい。
中学の同級生である
小学校の頃から、可愛い顔をしていると言われていたけれど、中学になるとそれはからかいへと変わった。
女子みたいに可愛い顔も、いつまでも声変わりをしない高い声も、男子からするとどう見ても異分子で、影で「あいつ、実は女子なんじゃねえの?」なんて言われるようになっていた。
男子トイレであからさまに覗いてくるやつもいたし、先輩たちの中にはわざわざ俺を呼び出してズボンを脱がそうとするやつもいた。
放課後の教室で男子五人に囲まれたときは、もうダメだと思った。
そんな俺を助けてくれたのが、一紗だった。
***
「キャーッ! 先生! 三浦君が襲われてる!!」
教室の入り口でそう叫んだ前原の声に焦ったのか、俺を囲んでいたやつらは慌てて逃げ出した。残ったのは、ズボンを下ろされかけたまま床に座り込む俺と、それを見下ろす前原の姿だけ。
「……なんだよ」
悔しくて、恥ずかしくて、ぶっきらぼうに言った俺の前に屈み込むと、前原は俺の顔をジッと見た。
「三浦君ってすっごく可愛い顔してるよね!」
「はあ? ケンカ売ってるの?」
「なんでよ。褒めてるんじゃん。いいなー、私もそこそこだと思うんだけど、三浦君には適わないや」
「いや、意味わかんないし」
私より可愛い、なんて言われたって嬉しくもなんともない。
女子みたいな顔も、この声も、全部俺にとってはコンプレックスだ。
「俺は、こんな顔、嫌いだ」
「えー、めっちゃいいと思うけどなぁ。あっそうだ!」
前原は背負っていたリュックを下ろすと、一冊の雑誌を取り出した。
「ホラ見て! この子とか人気なんだけど、それより三浦君の方が可愛い!」
そう言って顔の前にずずいっと見せつけてきたのは『人気YouTuber特集!』と書かれたページだった。
料理をしている子、どこかの島で叫んでいる人、恋人同士でいちゃいちゃしているふたりなど、いろんな人たちの配信のワンシーンが並んでいた。
前原が「この子」と言ったのは、どうやらYouTube上でアイドルとして活動している女の子らしかった。
結構可愛い、けれど、たしかにこの子なら俺の方が可愛い、かもしれない。というか、確実に可愛い。
「三浦君もそう思ったでしょ?」
俺の心を見透かしたように、前原はニヤリと笑う。
「い、いや。別に……」
「だからさ、私と一緒にYouTuberやらない?」
「は? いや、何言ってんの」
「ずっと思ってたんだよね。三浦君と私でYouTuberやったら人気出るんじゃないかって」
あまりに唐突な提案に、俺の脳内はフリーズする。意味がわからない。カップルチャンネルでもやるつもりか? 中学生がキャッキャしてたって誰が見るのかわからない。
「題して、百合チャンネル!」
「いや、俺男だから!」
勢いよく突っ込む俺に前原は呆れたような表情を向ける。いや、そんな表情を向けられなきゃいけないってどういうこと? だって今言ったよね? 百合チャンネルって言ったよね?
「男の子のまま出たってなんの面白みもないし、人気なんて出るわけないでしょ」
「じゃあ、どうやって……」
「だから百合チャンネル! 女装した三浦君と私で、百合カップルになるの!」
***
ビシッと指を俺に向ける前原の姿は、今も忘れることができない。
けどまあ、おかげで今こうやって楽しくYouTuberをやれているんだ。一紗には感謝しかない。
女の子にしか見えない俺ことユウイと、正真正銘女子である一紗ことイチサ。そんなふたりの名前を取ってユウチサチャンネルはいつの間にかファンの間で『百合ドル』と呼ばれるようになっていた。
コンプレックスのかたまりだった俺が、輝ける場所を見つけられたのは一紗のおかげだ。
「次はイチサへのサプライズ企画にしようかな」
過去を思い出していたら、ふとイチサに感謝の気持ちを示す回があってもいいと思えた。どこかでケーキを買って、いや、俺がなにか作ってもいいな。
それに、そろそろこの曖昧な関係もどうにかしたい。
YouTube上だけの関係じゃなくて、その、俺と一紗の関係も……。
そんなことを考えていると、タイミングよく一紗からメッセージが届いた。
「お、一紗だ。なになに……って、は!?」
一紗には最初から驚かされてきた。けれど、まさか終わりまで驚かされると思わなかった。
『ごめん! ユウチサチャンネル、終わりにしたい!』
あまりのシンプルかつ簡潔な文章。なのに呑み込むのに時間がかかって、思わず三回も読んでしまった。
いや、どういうこと? 終わりにしたいって終わりにしたいってこと? どうして? 俺なにかした?
グルグルと疑問だけが頭の中を駆け回る。
けど、このまま考え続けても答えなんて出ない。
俺はメッセージではなく、発信ボタンをタップした。
一回、二回、三回……。
繋がるまでの間どうにも落ち着かず、部屋の中をうろうろしながら、通話が繋がるのを待った。
なんコールか鳴って、ようやくスマホの向こうから一紗の声が聞こえた。
『はいはーい、どうしたの?』
「どうしたのじゃないよ! ってか、どうしたのはこっちのセリフだよ」
『あはは、それもそうだよね。ビックリした?』
「ビックリしたっていうか……どうしたのかなって心配になった」
正直な気持ちを伝えると、一紗はもう一度「そう、だよね」と言うと考え込むように黙ってしまう。
気まずい沈黙が俺たちの間に流れた。
「俺、なにかしちゃった……?」
恐る恐る尋ねた俺に、一紗は――。
『私ね、彼氏ができたの!』
「へ……?」
予想もしなかったことを、悪びれもなく言った。
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