恋愛に関してだけポンコツな委員長と恋リア企画をすることになった。ただし百合として。

望月くらげ

第1話 大人気YouTuberの正体は!?

 パソコンの中ではまん丸な目をしたショートカットの女の子が、真っ白なワンピースを着て手を振っていた。


「それじゃあ、また会いに来てね!」


 コメント欄にはライブ配信を見に来たファンの声があふれている。平日の夜だというのに同時接続は十万人を超えていた。


 でも、みんな知らない。


 "俺"は配信停止ボタンを押すと、ベッドに座った。スカートが皺になってしまわないようにそっと整えながら。

 真っ暗になったパソコンのモニターに反射して映るのは、どこからどう見ても――とびっきり可愛い――女の子の姿だった。



 清翁せいおう高校二年三組の教室で、俺はいつも通り俯いて机のシミを見つめていた。できるだけ目立ちたくない。息をひそめていたい。別にそれを苦だとも思わなかったし、その方が生きやすい。

 誰も彼もが目立ちたい、クラスの中心にいたいと思うわけではない。

 あいつみたいに。


「あーー! 昨日もめちゃくちゃ可愛かった!!」


 椅子に座ったまま、スマホを中に掲げ、大袈裟な声を上げて机に突っ伏した。

 クラスメイトもクスクスと笑いはするけれど「またあいつかよ」「しょうがないな」と好意的な声しか聞こえてこない。俺があんな声を上げたらきっと辺りから人がいなくなるだろうに。いや、上げるわけないんだけど。

 一緒にいた真田さなだが諫めるような言葉をかけるけれど、それもパフォーマンスに過ぎない。


「はいはい。女子がドン引きしてるから落ち着け?」


 真田がわざとらしくポンポンと肩を叩いてみせると、市村はガバッと身体を起こした。


「いやいや、これが落ち着いていられる!? だって、昨日の――」


 無遠慮な声が若干頭に響く。昨日は寝るのが少し遅くて、今日は若干寝不足だった。

 顔でも洗ってくるか、と席を立とうとしたとき教室の入り口で誰かが俺を呼んだ。


三浦みうらっている?」


 ここにいる、と返事をしようとする。けれどそれより早く教室を見回したそいつは「いないか」とため息をついた。


「えー、担任から呼んでこいって言われたのに探さなきゃいけないの? めんどくせー」


 わざとでも嫌がらせでもない。きっと彼は、本気で俺の存在に気づいていない。存在にというよりは、顔を覚えていないのかもしれない。同じクラスになって、すでに半年以上が経っていたとしても。


 清翁高校二年三組のクラスメイトに「三浦裕唯ひろただってどういう人?」と尋ねてみれば、きっと「誰だっけ」「なんか暗いよね」「陰キャラ?」なんて答えが返ってくるだろう。そしてそれは間違いじゃないし、そう見えるように振る舞っていた。

 だからこんなことは別に気にするほどのことじゃない。のだけれど。


「おいおい、戸田。三浦ならそこにいるぞ」

「え?」


 先ほどまでスマホを片手にワーワー騒いでいた男子――市村正樹まさきは呆れたような声をオーバーリアクションとともに上げた。


「お前の目は節穴か?」

「うっ、うっせえ! 存在感なくて気づかなかったんだよ!」


 からかわれているのはその男子のはずなのに、俺の尊厳が傷つけられているのはどうしてだろう。


「ってか、三浦もいるならいるってちゃんと返事しろよ」


 どうして俺が怒られなきゃいけないのかわからない。俺が返事をするより早く、勝手に人をいないものとして話を進めたのは自分だろう。

 思うことは色々とあったけれど、そのどれもを呑み込んで喉を押さえた。


「悪い」


 できるだけ低く聞こえるように。



 担任の用事はたいしたことじゃなくて、そもそも別に俺じゃなくても良いような内容だった。「失礼しました」と職員室を出て向かいの窓に映る自分の姿を見た。

 乱れていた前髪を引っ張って少しでも目が見えないようにする。窓ガラスに映る自分の姿は、どこからどう見ても冴えない陰キャな男子だ。

 そんな俺の後ろに、誰かの姿が見えた。


「……なに」


 振り返ると、そこにはクラスの委員長である城崎しろさき美織みおりの姿があった。顔は可愛いのに、性格がシッカリしているというかシッカリしすぎているせいで、


「ねえ、三浦ってさ。どうしていつも前髪で目を隠してるの?」


 唐突な質問にビクッとなる。


「べ、別に俺の勝手だろ」

「そうだけど。目、悪くなるし上げるか切ったほうがいいんじゃない?」


 俺の額に向かって伸ばされた手から、慌てて逃げる。前髪を上げられたりなんかしたらたまらない。


「やめろよ」


 それだけ言うと、俺は慌ててその場をあとにした。普段、用がなければ話すこともないのに、どういうつもりなんだろう。

 教室に戻るときにもう一度前髪を引っ張る。顔を見られたくない。中学の時みたいにからかわれたくない。そして、もうひとつ。今の俺が持つ秘密を暴かれるわけにはいかなかった。


 教室に入ると、俺の席に何故か人影があった。市村と真田が何故か俺の席に座っている。いや、ホントになんで? 自分の席に座れば良いのにどうしてわざわざ俺の席に?

 不思議に思って市村の席を見ると、女子が三人ほど市村の席と隣の席をくっつけて喋っていた。

 女子に気を遣った結果、空いている俺の席に来たってことだろう。俺のひとつ前の席は真田だからちょうどよかったっていう理由もありそうだ。

 とはいえ、俺もこのまま教室の入り口で立ち尽くして悪目立ちするのは避けたい。なるべく穏便に席を返してもらえないだろうかと、にじり寄るように自分の席に近づいていく。

 けれど、喋るのに夢中になっているのか市村も真田も俺の存在に気付かない。


「だからさ、このときの笑顔がめっちゃよくて!」

「へー? あ、でもこれはたしかに可愛いかも」


 ふたりで雑誌のようなものを見ながら話をしている。いったいなにを見ているのかと、興味本位で覗いて見ると『ユウイの可愛さ大解剖!』と書かれたYouTuberユウイの特集記事だった。

 そういえば、そんなのが出ると事務所から聞いたような気もするけれど、配信の切り抜き画像がメインで、少しだけ質問内容にメールで返事をしたぐらいだったから、すっかり忘れていた。そっか、もう発売していたんだ。

 つい覗き込むような形で記事を見ていると、俺の存在に気付いたのか、顔を上げた市村と目が合った。


「うわっ、三浦! 悪い、戻ってたのか!」

「あ、ああ。うん」

「戻ってくるまでちょっと机借りてたんだ。すぐに片付けるから、って、あああっ!」

 

 慌てて片付けようとした表紙に雑誌が床に散らばる。どうやら先ほどのもの以外にも何冊か持ってきていたようで、そのどれもがユウイに関する記事が載っているものだった。


「ユウイばっかり」

「えっ、三浦! ユウイちゃんのこと知ってるのか!?」


 思わず口をついて出た言葉に反応したのは、雑誌を拾って大事そうに抱えた市村だった。


「し、知ってると、いうか」


 どう答えるべきか悩んで、もごもごと口ごもる俺に、市村は目を輝かせて俺の手を取る。


「マジかー! え、ユウイちゃんの配信見たりする? めっちゃ可愛いよな!! あのくりっとした大きな目も、鈴が鳴るような声も、存在が可愛い! ユウイちゃんマジ天使!!!」

「い、いや。俺は別にそこまでじゃ……」

「俺は三回目の配信から見てるんだけど、それが悔しくて! やっぱり第一回からリアタイで見てる古参の人たちには叶わないっていうか。でも、一桁配信から見てるってなかなかじゃない!?」


 俺の言葉が聞こえているのかいないのか。いや、聞こえてないな。市村はうっとりとした表情で話し続ける。


「あーあ、お前責任取れよ」


 ボソッと言ったのは一緒にいた真田だ。


「こうなったら、こいつなかなか帰って来ないんだからな」

「嘘だろ……」


 授業がはじまるまで残り五分。

 結局、市村は次の授業担当が教室に入ってくるまで、俺の席で語り続けていた。



 自宅に帰ると、俺は学ランを無造作に投げ捨て、パソコンの電源をつける。ワンクリックで繋がるようにしているYouTubeを開くと、昨日配信した動画のコメント欄をチェックする。リアルタイムでも確認はしていたけれど、アーカイブで見てくれている人も結構な数がいて、そのコメントにも目を通しておきたかった。

 Xのポストやさっそく作られている切り抜き動画のほうから来てくれている人もいるよだった。


「ユウイちゃんは天使、かぁ」


 コメント欄には市村が言っていたのと同じような言葉が並んでいた。


「わっ、今回のポストめっちゃ伸びてる! やったね!」


 普段の倍ぐらい拡散されたポストを見て、思わず声を上げる。学校で出している、喉を押さえて無理して押しつぶしたような声とは違って、俺本来の声で。


「あーー。んんっ、よし、大丈夫だね」


 無理矢理低い声を出していたせいで、喉が枯れていないか心配だったけれど大丈夫そうだ。


「それじゃあ、今日も配信をはじめようかな」


 目を隠していた前髪を上げると、鏡にはくりっと大きな目が映る。男子高校生とは思えない、可愛い顔に可愛い声。

 クローゼットから配信用の薄水色のワンピースを選ぶと、学生服から着替えた。

 そこにいたのは、三浦裕唯ではなく、大人気YouTuberユウイの姿だった。

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