第4話 あなたの正体を知っている

 翌日、少し重い気持ちを引きずりながら学校に向かう。あのあと、アーカイブで配信を見た人たちからもたくさんのDMが届いた。Xを見ると、ポストをしたわけでもないのに、あの動画についての書き込みがたくさんあった。

 みんな心配してくれていたり気にかけてくれているのはわかっているけれど、あまりの騒動に、申し訳ないけれどDMの通知は切らせてもらった。


「なあああんでなんだよおおお!!!」


 教室のドアを開ける前から、市村の声が響き渡っていた。

 恐る恐るドアを開けると、自分の席に座って、そして立ち上がって、涙を流す市村の姿があった。


「ユウイちゃんが、あんなに悲しそうな顔で配信するなんて……。俺の、俺たちの天使が……どうして……」


 どうやら配信を見たらしい。ああやって嘆いてくれるファンの人がいるというのは有り難いことだと思う。あれはちょっと、いや、かなり過激な気がするけど。

 市村を気にしつつ、俺は自分の席に座る。ちなみに良くも悪くも騒がしいやつなので、クラスメイトも「いつものことか」とたいして気にしていなかった。


「なあ、真田。どうしたら良いと思う……?」

「いや、どうしたらったって、お前にできることなんてなにもないでしょ」


 近くにいた真田の腕を掴むと、市村はブンブンと振り回す。真田は明らかに迷惑そうな顔をしながらも返事をしてやっている辺り、なかなか友だち思いなのかもしれない。


「なにもないとか言うなよ! 俺にとってユウイちゃんは天使なんだよ!! 俺をいつも照らしてくれる存在なんだよ!」

「それ天使じゃなくて太陽では?」

「太陽にも負けないぐらいのか輝きなんだよ!」

「「意味分かんねえよ!」」


 思わず真田とハモってしまって慌てて口を押さえる。教室のざわめきに紛れて俺の声は聞こえなかったみたいで安心する。まあ聞こえてたとしても俺の声だとは思われないと思うけど。

 でも、さすがユウイファンを名乗る市村だけは違った。


「今! ユウイちゃんの声がした!」

「幻聴だろ」

「そんなことない! どこかでユウイちゃんの声が……」


 立ち上がってキョロキョロと辺りを見回す市村と目が合った。

 バレるわけなんてないのに、ドキッとして目を逸らしてしまう。


「ほら、三浦にドン引きされてるぞ」

「うう……だって、ユウイちゃん……」


 ガックリと項垂れ椅子に座る市村の声が妙に響く。


「このまま……ユウイちゃんまで辞めちゃったりなんか、しないよな……?」

「……っ」


 その言葉に、心臓がドクンとなった。

 心の中を見透かされたような、言い当てられたようなそんな気持ちになる。


「ユウイちゃんはホントに俺の支えなんだよ……。ユウイちゃんのいない毎日なんてもう想像つかないぐらいなんだ!」


 ファンが身近にいるというのはダメだ。こんなの聞いたら、気持ちがぐらついてしまう。

 でも、ここまで思ってもらえるなんて、ユウイは本当に幸せ者だ。ちょっと熱狂的すぎる気もするけど、でも本当に好きだからってことだと思う。

 ちょっとだけ目が熱くなって、慌てて目頭をぬぐった。

 こんなふうに思ってくれてるファンの人がひとりでもいるのなら、まだ続けてもいいのかもしれない。

 スマホを開きDMを見ると、あのあともたくさんのメッセージが届いていた。そのどれもがユウイを気遣い、そしてまた配信が見られるのを待っているというものだった。

 こんなにたくさんの人が愛してくれてるんだなと思うと、また目が熱くなる。

 けれど、その中にひとつだけ異質なメッセージがあった。それは昨日の配信直後に届いたあのメッセージだ。


『あなたの正体を知っている』


 普通に考えれば、ユウイが俺だってことを知っている、ということだろう。まあ中学までの俺を知っているやつなら、もしかしたらって思うこともある、かもしれない。

 配信をはじめるときに、一紗から「ウィッグ被った方がいいんじゃない?」なんてことを言われたなと思い出す。

 あまりに誰からも気付かれなかったから油断しているところはあったかもしれない。

 あとはまあ、誰も知り合いの男子が女子の格好をしてYouTubeで配信をしてるなんて思わないだろうと高をくくっているところもあった。


 どうしたものか、と考えていると、キャンキャンとした声が響いた、


「市村! あなたまだ数学の課題出してないでしょ?」

「へ? あれって明日までじゃなかったっけ?」

「昨日まで! さっき会ったときに今すぐ持ってくるなら受け取ってやるって先生言ってたよ」

「うわ、マジかよ。ちょっと出してくるわ!」


 カバンの中からグシャグシャになったプリントを引っ張り出すと、市村は大慌てで走って行く。

 数学、課題の提出にうるさいんだよな。昨日のうちに忘れず出しておいてよかった。そうじゃなかったら、俺も市村みたいに城崎から――。


「三浦君。あなた、他人事みたいにしてるけど」


 クルッとこちらを向くと、城崎は可愛い顔をキッとさせて俺を指差した。


「担任が今日の朝、職員室に来るようにって言ったの忘れたのかって言ってたよ!」

「え……? いや、そんなこと言われて……ないと、思うんだけど……」

「ホント? 昨日伝えたって言ってたけど」

「ええー……」


 昨日そんなことを言われた記憶はない、けど……。でも、一紗の件がショックで忘れてしまっているのかもしれない。ホントに? いや、わかんないけど城崎が言うなら多分、そうなんだろう。


「そっか。わかった」


 頷いて立ち上がると、俺は教室を出た。

 ……なぜか城崎も一緒に。

 たまたまかな、と思ったけどどこまでもついてくる。城崎も職員室に用事があるんだろうか。

 隣を歩かれると少しだけ気まずい。真面目で優等生、しっかり者といった城崎とは接点がほとんどない。話しかけることもなければ、こうやって用でもなければ話しかけられることもない。

 市村はよく叱られているけど……。

 チラッと隣を歩く城崎を見る。と、目が合った。


「あ……」


 なにか用事でもあるの? そう尋ねようとするより早く、城崎が口を開いた。


「私、『あなたの正体を知っている』わ」

 

 それは、俺の元に届いたDMの文言と、一言一句同じだった。

 

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