第5話

 少し離れた木の下で、零ちゃんと時雨くんが何かを話している。

 ここからではよく見えない上に、会話も聞こえないが、2人とも仲良さそうに話しているのは何となくわかった。


「零ちゃんと時雨くん。仲良さそうですよね」


 瀬名くんの方へ視線を向けないまま、私は彼に話しかけた。


「なー?俺もびっくりだよ。由希が自分から女子に声かけるなんて」


 彼も不思議そうに零ちゃんと時雨くんの方を見つめている。小学校から時雨くんと付き合いのある彼がそう言うくらいだ。本当に珍しいのだろう。


「……」


 時雨くんは、零ちゃんのことが気になるのだろうか。

 私は瀬名くんのように時雨くんとの付き合いがあった訳では無いが、私も時雨くんのことをずっと見てきたつもりだった。

 だけれど、瀬名くんの言うように女の子と2人で仲良さそうにしているところは、1度も見た事がない。


「まあ美琴は素直で良い奴そうだし、由希も付き合いやすいんじゃね?」


 先程零ちゃんに会ったばかりの瀬名くんですらそう言うように、零ちゃんは優しくて明るい。

 こんな私のことを気にかけ、友達になろうと誘ってくれたのは瀬名くん以外では零ちゃんだけだった。

 今朝の口ぶりから察するに、何故か彼女も友達がいる方ではなさそうだったが、だからこそ親近感が湧いた。


「そうですね。零ちゃんはいい人ですから……」


 それだけに少し悔しい。


「それにしてもびっくりしましたよ。時雨くんを連れてくるなんて」


「ごめんごめん。人数足りなさそうだったし、あいつも落ち着ける部活探してたみたいだったからさ……」


「……」


 瀬名くんは笑い事のように話しているが、私としては笑えない。時雨くんは遠くで見ているくらいが丁度良く、関わる気はなかったのに。


「な、なんでそんな顔するんだよ、久遠って由希となんかあるん?」


 瀬名くんですらわかるほど不機嫌な顔をしていたようで、彼は不思議そうに首を傾げる。


「何もありませんよ。ただ、仲良くなれる自信が無いだけです」


「あぁ……まあ、大丈夫だと思うけどな。由希は良い奴だし、美琴もいるしさ……」


(だからこそなのに……)


 そう言っても仕方なく、今更瀬名くんに断ってとも言えないため、このメンバーで文芸部を設立することにした。


 やがて零ちゃんと時雨くんの話し合いが終わり、2人とも笑顔でこちらに戻ってきた。

 零ちゃんが先程から心配そうに私を見ている。いつまでも彼女に気を使わせるわけにはいかない。


「おかえりなさい、零ちゃん」


「あ、うん。ただいま!」


 私が笑顔を向けると、零ちゃんはほっとしたように微笑む。本当にわかりやすい素直な人だ。可愛らしく思う。


「お前、俺らに内緒で何話してたんだよー!」


「ほんとに大したことじゃないから……」


 瀬名くんに脇腹をつっつかれ、時雨くんは困ったように笑っている。彼らは本当に仲が良い。

 恐らく1番時雨くんと一緒に過ごしているのは、瀬名くんではないのだろうか。


「……」


 時雨くんを見ていると、彼は私の視線に気づき、微笑みながら首を傾げる。


「どうしたの?久遠」


 全く話したことの無い私にでさえ、こうやって平等に接してくれる。これが彼の人気たる所以だろう。


「あ、いえ……えっと……」


「ん?」


 私が言葉に詰まっていても、嫌な顔1つせずに待っていてくれる。本当に欠点のない完璧な人だ。


「ほ、本当に文芸部に、入ってくださるんですか……?」


「うん、そのつもりだけど……もしかして迷惑だった?」


 時雨くんは困ったように訪ねる。


「い、いえ。そんなことは……」


 本当は彼と接するのは抵抗があるのだが、そんなことを言うわけにもいかず、精一杯笑顔を作ってみせる。


「本当?なら、いいんだけど」


 少し気まずくなって目を逸らすと、助け舟を出すように瀬名くんが口を開いた。


「久遠はお前と仲良くなれるかどうか心配してるだけだよ」


「え?そうなの?」


「は、はい」


 実際はそれ以外にも理由はあるが、とりあえずはそういうことにしておく。


「そっか。たしかに、あんまり話したことなかったよね。俺はゆっくり仲良くなれたらいいなって思ってるよ」


「そう、ですね」


 いつもの笑顔を私に向ける。彼にとっては私もその他大勢の中の1人でしかないのだろう。

 苛立ちを飲み込んでいると、零ちゃんが口を開く。


「楽しみだなぁ文芸部!私お菓子作っていくね!」


 キラキラした瞳で楽しそうに言う零ちゃんを見ていると、少しだけ安心した。


「美琴って菓子も作れるのか!?」


「うん!というかそっちの方が得意かも……」


「まじかよ!あの弁当以上に美味いもん食えるの!?楽しみにしてるわー!」


「えへへ、うん!頑張って作るね!」


 この2人は本当に眩しい。どんなに落ち込んでいても、どんなに暗い闇の中でも、この2人が笑うだけで吹き飛ばしてしまう。零ちゃんのお菓子は私も楽しみだ。

 先程食べた優しい甘さの卵焼きを思い出す。きっと彼女は良いお嫁さんになるだろう。


「私も零ちゃんの作るお菓子楽しみです、先程の卵焼きも本っ当に美味しかったですから」


「本当?じゃあ、はりきって色々作ってくるね!」


「はい!」


 私と瀬名くんが零ちゃんの料理を絶賛していると、時雨くんが困惑気味に尋ねた。


「え、2人とも美琴の料理食べたの……?」


「おう!美味かったぜ、美琴の唐揚げ。お前ももうちょい早く来れば食えたかもしれないのに」


 からかうように瀬名くんが笑うと、時雨くんが少し悲しそうに笑う。


「そうなんだ。ちょっと残念」


 それを見た零ちゃんが、少し慌てたように口を開いた。


「あ、明日!持ってくるから!そしたら時雨くんも食べれるよ!」


「え、いいの?大変じゃない?」


「大丈夫!お菓子作り好きだから!」


「そっか、ありがとう。楽しみにしてるね?」


「う、うん!」


 やはり、零ちゃんと話す時雨くんはどこか楽しそうに見える。


「……」


 せっかく治りかけていた気分が、また沈み始めた。



 放課後、気分の上がらないまま文芸部の設立届を書いていると、横から零ちゃんが声をかけてきた。


「へぇ、それを書けば部活を作ることができるんだね?」


「そうですね。この学校は結構自由なので、人数が4人揃ってしまえば、簡単に作ることが出来ます」


「オカルト研究会とかもあるくらいだもんね……絶対入らないけど……」


 怖いものが苦手なのか、零ちゃんは思い出したかのようにふるふると首を振った。


「後は借りたい教室を書けば終わりです」


「おぉ……!顧問の先生とかは?」


「もちろんつきますけど、大会に出るような部活では無いので、ほとんど名前だけになりますね……」


「なるほどねぇ……」


 部室となる教室を図書室の資料室に指定した。4人なら充分な広さがあり、他の部活で使われていることもない。


「書けました。職員室に出してきますね」


「私も一緒に行くよ」


 そのまま帰れるように鞄を持ち、零ちゃんと一緒に教室を出た。


 設立届は問題なく受理され、明日から活動をしてもいいそうだ。少しほっとしながら歩いていると、零ちゃんが恐る恐る尋ねる。


「あ、あのね明菜ちゃん」


「はい、なんでしょう?」


「明菜ちゃんって、時雨くんのことどう思っているの?」


「え……」


「なんとなく、暗い顔をしていたから……」


 彼女は意外にも鋭い。私はこれ以上自分の気持ちを悟られないよう、本音と偽りを混ぜたことを口に出した。


「萎縮してしまうんですよね。時雨くん何でもできますし、人気者ですから……」


「そっか、そうだよね。でも心配いらないと思うよ、時雨くん優しいから」


「そうですね」


 そんなことは知っている。だからこそ言いようのない苛立ちがあるのだ。


「ほんとに明日から楽しみだなぁ。何作ろうかなぁ」


 零ちゃんは先程の私の答えに納得したらしく、楽しそうにお菓子の事で悩んでいる。

 本当に素直で可愛らしくて、私とは違ういい子だ。

 出会ったばかりだと言うのに、私はそんな彼女が好きで、そして痛い。


「零ちゃんはどういうお菓子を作るのですか?」


「うーん、作ろうと思えばなんでも作れるよ」


「え、すごいですね」


「ううん、時間があった時にレシピ見て色々作ってただけだよ」


 私なんかといても、ニコニコと楽しそうに話す零ちゃん。そんな彼女に提案することにした。


「それならリクエストしてもいいですか?」


「うん、いいよ!その方が助かるかも」


「では、クッキーが食べたいです」


「クッキーか、いいね!わかった、今日帰ったら作るね!」


「ありがとうございます」


 彼女といると本当に楽しい。この日々が卒業までずっと続きますようにと心の底から祈った。



 零ちゃんと別れ、家に帰ると母が私を出迎える。


「おかえりなさい、明菜ちゃん。学校はどうだった?」


「ただいまです、お母さん。楽しかったですよとっても」


「そう、ならいいんだけど……」


 ほっとしたように微笑む母を見て、ふと父のことが気になった。


「お父さんは?」


「あの人は……今日も書斎でお仕事をしているわ」


「そうですか……」


 あの人は出来損ないの私を見てはくれない。

 兄と違って期待に応えられない娘は、あの人にとってゴミも同然なのだ。


「……」


 自分の部屋に戻り、ベッドに体を預ける。

 明日からどう時雨くんと接していけばいいのだろう。その事を考えると憂鬱になった。


(私だって頑張っているのに、どうして、いつも……)


 苛立ちを通り越して泣きそうになっていると、鞄の中に入れっぱなしのスマートフォンがなった。

 体を起こして取り出してみると、そこには、今日追加したばかりの零ちゃんからのメッセージが入っている。


『じゃーん!クッキーできたよ!バニラと、チョコと、紅茶味!明日持っていくね!』


 元気の良いメッセージと共に、お店で売っているものと言われても信じてしまいそうなくらい、形の良いクッキーの写真がついている。


「零ちゃん……」


『ありがとうございます、楽しみにしていますね』


 そう送ると、零ちゃんからの返事がすぐに飛んできた。


『うん!私の方こそ今日はありがとうね。明菜ちゃんのおかげで学級委員もなんとかなりそうだよ!瀬名くんとも仲良くなれたし、文芸部に誘ってくれたのも嬉しかった!私の最初の友達が、明菜ちゃんで良かったよ!』


 そのメッセージに涙が溢れそうになる。

 ここまで褒めてくれる人は今までにいなかった。零ちゃんは私を必要としてくれている、認めてくれる。


『それは私のセリフです。私に声をかけてくれてありがとう、零ちゃん』


 送信を押すと共に、歪んだ感情が私の胸を満たした。


(零ちゃんだけは、時雨くんに渡したくない……)


 彼女の笑顔を思い出しながら、再びベッドに体を預け、目を閉じた。

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