第4話

 お昼休みになり、一緒にご飯を食べようと明菜ちゃんに声をかけた。


「明菜ちゃん、良かったら一緒にご飯食べない?」


「あ、えっと、実は先約があって……」


 彼女は申し訳なさそうに視線を落とす。先日話していた友達とだろうか、少し残念だが仕方がない。


「そっか、じゃあまた今度……」


 諦めて引きがろうとした時、明菜ちゃんが口を開いた。


「あの、零ちゃんさえ良ければ一緒に来ませんか?」


「え?いいの?」


 私はむしろ嬉しいのだが、いきなり行ったら友達の子が嫌なのではないかと心配になる。

 それを察したのか、明菜ちゃんはニコッと笑った。


「大丈夫だと思いますよ。彼は人と関わるのが好きな人ですから」


(彼……?)


 てっきり女の子の友達なのかと勝手に思っていたが、口ぶりから察するに、明菜ちゃんとはかなり違うタイプの男の子らしい。


(もしかして彼氏……?好きな人……?)


 変な想像を膨らませ、余計に邪魔になるのではないかと思う反面、会ってみたい好奇心が口から出てしまっていた。


「お、お邪魔しちゃおうかな……?」


「はい!では、中庭に行きましょうか」


 お弁当を持ち、明菜ちゃんと共に教室を出ようとした時にふと今朝の時雨くんを思い出した。


(そういえば……)


 教室を見渡したが、彼の姿は無い。人気者の彼のことだ、もう既に友達とお昼を食べに行ってしまったのだろう。元気を出してくれていればいいのだが。


「零ちゃん?」


「あ、今行くね」


 明菜ちゃんに呼ばれ、教室を後にした。


 私立なだけあって、薺高校の中庭はだだっ広く、ベンチとテーブルがいくつも置いてある。残念ながら桜の木は植えられていないみたいだが、開放感があって気持ちが良い。

 何人もの生徒が座ってご飯を食べている中、明菜ちゃんは待ち合わせの相手を探している。


「明菜ちゃんの友達ってどんな子なの?」


「えっと……背が高くて、髪も金髪に近いのでかなり目立つはずなのですが……」


 本当に意外だ。聞いている限り、明菜ちゃんから積極的に話しかけに行くタイプの子ではなさそうなのだが。

 そんなことを思っていると、奥のベンチの前に立ち、こちらに手を振る金髪の男の子が見えた。


「おーい、久遠!こっちこっち!」


「あ、瀬名くん!おまたせしました!」


 駆け寄る明菜ちゃんの後を追い、瀬名くんと呼ばれたその子のことを1歩下がって観察する。

 180cmはあるだろう身長に、小麦色に焼けた肌。時雨くんと比べるとガッチリと男の子らしい体型をしていた。

 印象的な短い金髪が風に揺れ、思わずじっと見てしまう。


「クラス離れると喋る機会中々ないよなぁ……って、そっちの女子は誰?」


 瀬名くんは猫のような鋭いつり目を私に向けた。

 元気の良い挨拶と、明菜ちゃんの友達というおかげでそうでも無いが、見た目だけだと少し怖い。


「この子は同じクラスの美琴 零ちゃん、私の大切な友達です」


 はっきりとそう紹介され、少し照れくさい。


「え?」


 瀬名くんは明菜ちゃんの言葉に驚いたのか、目を丸くして私を見下ろした。


「へぇ……久遠がねぇ」


 そう呟くと、瀬名くんは弾けるような笑顔を私に向ける。


「俺は瀬名 冬樹。よろしくな、美琴!」


 見た目の印象とは裏腹に、人懐っこそうな子だ。ほっと胸を撫で下ろす。


「よろしくね、瀬名くん!背高くて羨ましいなぁ」


「へへ、俺の唯一の取り柄だからな。というか、美琴って中学の時いなかったよな?」


「うん、そうだよ。最近この辺に来たばかりなの」


「なるほどなぁ。とりあえず良かったよ、久遠が楽しそうで」


「ふふっ、零ちゃんのおかげです」


 和やかに談笑しながらベンチに座る。

 私は明菜ちゃんの隣に腰掛け、瀬名くんがその向かい側に座り、購買で買ったであろうおにぎりと唐揚げをテーブルに置いた。

 思わず彼の髪をじっと見てしまう。私も大概変わった髪色をしているが、彼のは地毛なのだろうか。

 失礼と思いつつも、恐る恐る口を開く。


「あの、瀬名くん?」


「んー?」


「えっと、気に障ったらごめんね。瀬名くんの髪って地毛?」


 そう言うと、瀬名くんは特に気にした様子もなく頷いた。


「地毛だよ。知らない人から見ると驚くよな、教師陣でさえたまに言ってくるし」


「た、大変だね。私も髪色変わってるから分かるなぁ」


「美琴もかぁ、お互い大変だな」


 瀬名くんはやれやれと言う風にわざとらしく両手を広げた。


「それに俺こういう風貌だからさ、後輩とかに結構ビビられるんだよな」


「あぁ……ご、ごめんなさい」


 初めて瀬名くんを見た時に、怖いと思ってしまった自分を恥じ、自然と言葉が出ていた。


「ははっ……!いいよいいよ。正直なんだな、美琴って」


 瀬名くんは愉快そうに笑っている。明るい彼を見ていると、明菜ちゃんと友達になるのもわかる気がした。

 いきなり加わったのにも関わらず、瀬名くんは自然体で接してくれている。


(いい子だなぁ……)


 良い子達に囲まれ、自分はここにいても良いんだと安心しながら、お弁当箱2つをテーブルに置き、蓋を開ける。

 1つ目には自作のサンドイッチ、2つ目には自分で作った唐揚げや、卵焼き、焼きそばなどのおかずが姿を現した。


「……零ちゃんのお弁当、手作りですか?」


「うん、そうだよ」


「へぇ、すごっ!」


「零ちゃん、お料理上手なんですね!」


「えへへ、そうでも無いよ」


 2人から褒められ、顔が赤くなってしまう。

 そう言う明菜ちゃんのお弁当は、グラタンやグリルチキンが入っており、なんとも健康的でオシャレだ。


「明菜ちゃんのお弁当も美味しそう!」


「あ、ありがとうございます。私はお料理出来ないので、母が作ってくれるんです」


「そっか、いいなぁ……」


 単純に羨ましいと思った。明菜ちゃんのお母さんなら、きっととても優しい人なのだろう。


(お母さんか……)


 ふと嫌なことを思い出しそうになったのを、瀬名くんの元気な声がかき消してくれた。


「なあ、俺の唐揚げ1個やるから、美琴の唐揚げ1個くれない?」


「え……?う、うん、いいよ?」


「まじ?じゃあいただきー!」


 予想外の提案に困惑しながらも頷くと、瀬名くんは市販の唐揚げに着いていた爪楊枝を私の唐揚げに刺し、口に放り込んだ。

 思えばお父さん以外の人に食べてもらうのは初めてかもしれない。ドキドキしながら瀬名くんを見つめる。


「……ど、どう?」


「めっっっちゃ美味い!!下手すると市販のより美味いぜ、これ」


 こちらが驚いてしまうほど絶賛され、再び顔が真っ赤になるのを感じる。


「そ、そうかな。ありがとう?」


「うん、美琴天才かもしれない」


「そ、そんなことないよ……あ、私も唐揚げ貰うね」


 フォークで瀬名くんの唐揚げを1つ刺し、口に入れた。当たり前だがこちらも美味しい。

 すると、隣から視線を感じて明菜ちゃんの方を見ると、彼女は物欲しそうに私のお弁当を見ていた。


「……明菜ちゃんも何か食べる?」


「そ、それじゃあ、卵焼き貰ってもいいですか?」


「うん、どうぞ」


 そう言うと明菜ちゃんは橋で私の卵焼きを取り、口に運んだ。私のはかなり甘い味付けになっているのだが、明菜ちゃんの口に合うだろうか。


「……美味しいです!」


「ほ、ほんと?良かった……」


 ほっと胸をなでおろす。友達とおかずをシェアするなんて、本当に漫画の中で見た学校生活みたいだ。口がにやけてしまう。


 談笑しながらしばらく食事をしていると、瀬名くんが思い出したかのように口を開く。


「そうだ、久遠。文芸部に美琴を誘うのはどうだ?」


「ん?文芸部?」


「あ、えっと……零ちゃんってどこかの部活に入る予定、ありますか?」


「ううん、ないよ」


 昨日、今日と部活の勧誘ポスターは一通り見たのだが、これといったものはなかった。


「それなら、文芸部に入ってくれませんか?」


「文芸部って、本読んだりするの?」


「はい、そうなんです。放課後に集まって本を読んだり、お菓子を食べながら雑談をしたり、緩くやれる部活をめざしているのですが……」


 聞いている限りではかなり魅力的だが、勧誘ポスターの中に文芸部なんてあっただろうか。と思っていると、瀬名くんが説明を引き継いでくれた。


「俺は家の手伝いがあるし、久遠は家が厳しいからキッチリした部活に入れなくてさ、だから気軽な部活作りたいんだけど、人数が足りないんだよ」


 そう言われて納得した。

 かくいう私も、あまりきっちりした部活は気が滅入ってしまうだろうし、何よりこの2人と一緒なら楽しそうだ。


「なるほどね。それなら是非、文芸部に入れて欲しいな」


 すると2人は満面の笑みを浮かべる。


「サンキュー!美琴!」


「ありがとうございます。零ちゃんと一緒なんて、嬉しいです」


 私が入るだけでここまで喜んでもらえるなんて、なんだか夢みたいだ。


「えへへ、改めてよろしくね」


「おう!これであと1人だな……」


「え?」


 人数が揃った訳では無いことに、思わず驚いてしまった。


「部活を立ち上げるには最低でも人数が4人必要で……あと1人、足りないんです」


「そ、そうなんだ」


 若干落ち込みながら苦笑いを浮かべている明菜ちゃんの隣で、瀬名くんはスマホをいじっている。


「瀬名くん?」


「あー悪い。ちょっとその件で入ってくれそうなやつ、ここに呼んでたんだけど……」


 それを聞いた明菜ちゃんは、緊張したように背筋を伸ばした。


「いや、大丈夫だと思う。久遠でも比較的話しやすいとは思うんだけど……あいつ忙しいからなぁ。……お、今から来るって」


(だ、誰を呼んだんだろう?)


 人懐っこい瀬名くんのことだから誰が来てもおかしくは無いが、私まで緊張してしまう。

 明菜ちゃんに至っては顔色が若干悪い。


「だ、大丈夫?明菜ちゃん」


「は、はい。大丈夫……です」


「はは……ごめんて。怖いやつでは無いから、な??」


 気まずそうに笑う瀬名くんが少し可笑しく、笑いそうになっていると、後ろから声が聞こえた。


「遅れてごめん。ちょっと人に呼ばれてて……」


 振り返ると、そこには時雨くんが立っていた。


「え、時雨……くん?」


 私も驚いたが、それ以上に明菜ちゃんが目を丸くし、どこか焦点の合わない目で時雨くんを見つめていた。

 当の時雨くんは、私達と瀬名くんを見てニコッと笑う。少しは元気になってくれたのだろうか。


「美琴と久遠もいたんだ。それで、話って何?冬樹」


「あー由希って部活どっか入んの?」


(……!?)


 時雨くんと瀬名くんが下の名前で呼びあっているのを聞いて、思わず目を丸くしてしまう。


「ううん、予定は無いよ」


「え、意外」


 思わず口からこぼれてしまった。明菜ちゃんの話の通りであるならば、どこの部活からもひっきりなしに勧誘が来そうなものだが。


「そう?ふふっ、部活って結構大変だからね」


 昨日と変わらない笑顔で応える時雨くんに対し、瀬名くんが口を開く。


「あのさ、文芸部入らん?あと1人足りないんだよ」


「あー、前言ってたね。いいよ」


 彼は意外にもあっさりと頷く。明菜ちゃんも予想外だったようで、「え……?」と声を漏らしていた。


「まじ?助かるわー!これで文芸部立てられるな!久遠!」


「あ……そ、そうですね。ありがとうございます。よ、よろしくお願いします、時雨くん」


 明菜ちゃんは少し怯えるように時雨くんを見た後、ペコリと頭を下げた。


「うん、よろしくね。久遠」


 時雨くんは変わらずに笑っているが、明菜ちゃんは気まずそうに目をそらす。

 彼女の最初の時の対応を思い出すと不自然さは無いのだが、やはり明菜ちゃんは時雨くんになにか思うことがあるのだろうか。

 勝手に頭を悩ませていると、時雨くんが私に微笑みかける。


「もしかして、美琴も文芸部?」


「え?うん、そうだよ」


「へぇ……じゃあ、また一緒だね」


 ニコッと笑われ、思わず目を奪われるも、明菜ちゃんと瀬名くんが怪訝そうに私に視線を向けた。


「また……?」


「え、何?由希はもう美琴のこと知ってんの?」


「あぁ、うん。住んでるアパートが同じで、昨日少し話したんだ。ね?」


 相変わらず、何を考えているか分からない笑みで私を見る。


「そ、そうだね」


 ふと明菜ちゃんを見ると、やはり元気がなく、地面をぼーっと見つめている。


「そっか、何気に俺以外は同じクラスか。はぁー羨まし!」


 明菜ちゃんの様子に気づいていない瀬名くんが、ガックリと肩を落とす。


「あはは……」


 苦笑いを浮かべていると、時雨くんがこちらを見ていることに気がついた。


「……どうしたの?時雨くん」


「ちょっと話したいことがあるんだけど、いい?」


 少し真剣な表情で手招きされ、今朝のことを思い出した。


(仕草が可愛いなぁ)


 そんなことを思いながら頷き、ベンチから立ち上がった。


「うん、いいよ」


「なんだよお前らー!内緒話かよー!」


 瀬名くんが不満げに声を漏らす。それに対して時雨くんは笑みを向けた。


「大したことじゃないし、すぐ終わるから」


 明菜ちゃんはというと、少し不機嫌そうな視線をこちらに向けている。そんな表情は初めて見たため、少しゾクッとした。

 やはり明菜ちゃんは時雨くんのことが好きなのだろうか。


(ご、ごめんね。違うの、本当に……!!)


 心の中で言い訳を並べ、少し離れたところで時雨くんが口を開く。


「ごめんね。せっかく楽しく話していたのに、呼んじゃって」


「う、ううん、大丈夫だよ。それでどうしたの?今朝から何か言おうとしてたよね」


「うん。違ったら悪いんだけど、学級委員決めの時、美琴もしかして俺の事庇ってくれたのかなって……」


「え。そ、そんなことないよ??」


 気を使わせたくないがために思わず嘘をついたが、時雨くんはふっと笑う。


「嘘が下手」


「うっ……」


 痛い事を言われ、呻いてしまう。


「ごめんね、気使わせちゃって。学級委員も本当はやりたくなかったんでしょ?」


 いまいち読めないが、すごく申し訳なさそうにしているのは分かる。もしかすると、朝からずっとその事を気にしてくれていたのだろうか。案外本心から優しい子なのかもしれない。

 時雨くんに対し、正直な言葉を口に出す。


「んとね、たしかにやる気はなかったよ。でも、無理矢理時雨くんにやらす方が私は嫌だったんだ」


「……美琴は優しいね。でもなんで、やりたくないってわかったの?表情に出てた?」


「ほとんど出てなかったけど、一瞬だけちょっと辛そうな顔してたから」


「……よく見てるんだね」


 時雨くんは口元に笑みを浮かべながら視線を落とす。どうにか明るく笑ってくれないだろうかと、考えながら口を開いた。


「時雨くんのせいじゃないからね?最終的に決めたのは私なんだから、時雨くんが責任感じることは無いよ」


「……そう?」


 それでもまだ時雨くんは視線を落としている。

 何故そこまで気にするのだろう。学級委員なんて1年我慢すればいいだけの話だというのに。

 私は最終手段を使う事にした。


「……私なら大丈夫!!それより、それ以上気にするなら、ブラックコーヒー押し付けちゃうよ!! 」


「は……?」


 さすがに頓珍漢すぎる発言だったのか、時雨くんは素のような反応をし、顔を上げた。


「それか、無理矢理女装させちゃうぞ?」


 冗談とわかるように続けてそう言うと、時雨くんはようやく笑ってくれた。


「なにそれ……?ふふっ……美琴ってやっぱり変わってるね」


「ひ、ひどいなぁ……」


「冗談だよ」


 絶対に冗談ではないような気がするが、ようやく元気になってくれたみたいでほっとする。


「ありがと」


 小さく、けれど本心からの笑みでそう言われ、少し恥ずかしくなった。

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