第3話 ラウンジ

35年前、初めて東京駅で待ち合わせたときは、雪が降る寒い日でした。待ち合わせの時間がきても、文通相手は現れません。まだ、携帯電話はありませんでした。一時間待っても、文通相手は来なかったのです。何かあったのかもしれないと思いました。


私は、一度ホテルに戻ることにしました。留守電にホテルのラウンジにいることを告げ、待つことにしました。ほどなく、文通相手がラウンジに来てくれました。私と文通相手の最初の出会いが、このラウンジです。


21時を過ぎても、文通相手が来ません。22時がラストオーダーです。軽く食事を取りながら、待ちます。今日会うのは諦めようと席を立とうとしたとき、電話が鳴ります。片付けが終わり、今から来るとのことです。


「ごめん。待たせたね」

展覧会の片付けで疲れているにもかかわらず、来てくれた文通相手に感謝しています。

「大丈夫。お疲れ様」

私が食事をしたことを伝えると、文通相手も片付けながら食事はしたとのことです。二人で、紅茶を注文します。


文通相手は、ため息をつくと静かに語り始めます。

「この展覧会のために能登にスケッチに行って来たんだ。まさか地震が起こるなんて思わなかった。スケッチした景色は、もうない。だからこそ、残したいと思った」

「あのつつじの絵は、一緒に旅行したときの?」

文通相手は少し考えてから、心象風景だと言います。私と同じ心象風景を文通相手も、30年間持ち続けていることを知り、胸が熱くなります。


私は、持ってきた贈り物を文通相手に渡します。

「これ私の写真集、自費出版したの。それから私がブレンドしたアロマオイル、このディフューザーで使ってくれるとうれしい」

「梅、桜、つつじ、チューリップ、ばら、藤、花菖蒲、百合、ひまわり、コスモス、紅葉。きれいな景色ばかり、見に行きたくなる」

文通相手は、写真集を見ながら、目を輝かせています。

「このアロマオイルの香りは、これ」

私は、自分が持ち歩いているディフューザーをかばんから取り出して渡します。

「いい香り」

「良かった。アロマオイルで一番大切なことは、その香りが好きかどうかなの」

「好きだよ」

その言葉は、私のからだいっぱいに広がっていきます。見つめ合ったあと、しばらく言葉が見つかりません。

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