第2話 再会
30年経てば、誰でも見た目は変わります。ありのままの私を見てもらえばいいと覚悟もできています。不思議なくらい、心は穏やかです。
手紙に記されている携帯電話の番号に電話をします。留守番電話になります。名前と電話番号と最終日に展覧会に行くことを伝えます。
留守番電話になり、ほっとしている自分がいます。まだ、胸が高鳴っています。落ち着くまで、しばらくかかります。
今の自分の気持ちをどう伝えたらいいのかを考えます。電話ですべてを伝えることは難しいかもしれない、手紙には手紙で返事をしたいと思います。
30年ぶりに出す手紙の便箋は、何がいいのかを考えます。季節の花、そして和紙、筆で書くことにします。
手紙で思いのすべてを語ると長くなってしまうので、今の自分について伝えたいことの下書きをします。それから清書。ひと文字、ひと文字に思いを込めて、筆を進めます。
墨の香りに包まれながら、静かな時間が流れていきます。手紙を書き終えたとき、満ち足りた気持ちがからだいっぱいに広がっていきます。
翌日、郵便局から速達で手紙を送ります。どうか思いが伝わりますようにと祈ります。
その日の夜、文通相手から電話があります。私はコンサートに出かけています。その折り、電話を家に忘れてしまいます。留守番電話には、文通相手からのメッセージが入っています。
メッセージには、展覧会に来てくれることへのお礼と展覧会で会えることを楽しみにしているとの言葉が入っています。
変わらない優しい声を何度も聴いたあと、胸がいっぱいになります。30年止まっていた心の時計が動き出します。
そして、展覧会の最終日。東京の展覧会場に着くと、文通相手はお昼ごはんを食べに出かけています。
文通相手の描いた絵は、30年前と変わらない優しい風景画。変わらない温かな色彩とやわらかな筆使い。画家の思いが心にしみてきます。
「お気に召しましたか?」
振り返ると、そこには優しい面差しの文通相手がいます。なつかしい声、変わらない眼差し。
「はい、とても」
その絵は30年前、一緒に旅行したときに見た風景です。鮮やかなつつじが描かれています。
「この絵、あとで送ります」
「お願いします」
言葉がいらない、同じ思いを持つ人。
どれだけ月日が経ってもそれは変わらない、会いに来て良かったと心から思います。
展覧会の片付けが終わるのをホテルのラウンジで待ちます。私は、35年前に同じこのラウンジで待っていたことを思い出しています。
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