第5話 塔ダンジョン

 推定高度1.5kmはありそうな塔を一瞬で降下する。最中、鑑定眼で塔を視れば、塔の表面に魔力線が走り、いくつかの魔法がかけられている事がわかった。


 (『強度強化』に『隠蔽』、他にも時魔法系の魔力線もあるわね。あとで、エクスとマキナに解析を依頼しないとね)


 すとん

   

「ここが、ダンジョンの入口ね」


 降り立ったのは、楕円形の輪郭に渦を巻くワープゲート。


「ルキ、お願いね」

「まっかせて!」


 ルキがダンジョンゲートに手を当てて、呪文を唱える。ルキから流れ出た魔力が、ゲートに当たる。


 数秒後、ダンジョンの解析が終わったのだろう、ルキが私達の方を振り返った。


「ダンジョンで間違いはないね!ランク3塔型11F、ダンジョン主はあり。今のまま入ったら明日にはダンジョンバーストが起きるか、ダンジョン主に僕達の事がバレる危険があるよ」

「ダンジョン主ありとは、レプリカを持ってきて正解でしたね」


 ハーディスの兜の効果は、他者からの完全なる隠匿。そのため、ダンジョンに入った時も、ダンジョン主に捕捉されることは無い。ただし、レプリカに関しては、視ることは叶わないが、そこに居ると補足は出来る。勿論、侵入することで得られるDPは本物含む全員分であるし、パーティーを組んでいる間は経験値を得ることも出来る。

 ただし、どちらも攻撃を行うことは出来ない。正しくは、自身が透明人間のようになっているため、物理攻撃も魔法攻撃も相手をすり抜けてしまうのだ。さらに、本物もレプリカも一度装備を外したら、再度装備するのにクールタイムが挟まれるため、外すときは慎重に決めなければならない。


 とはいえ、だ。


「……私達は現在潜伏中。ここでダンジョン主に情報を与えるわけにはいかないわ。だから、エーヴィ」

「かしこまりました」


 エーヴィが空から取り出したのは、5つの腕環。複雑な模様が彫られた銀環は、少し禍々しい装飾に怪しげな雰囲気を纏っている。


「げぇ!僕、それ苦手なんだよ!」

「そうなるでありんすよねぇ」


 嫌そうな声を上げたのはルキ。ユウギリも得意ではないのだろう、苦い顔をしている。


「こちらの『プシュケーリング』を付ければ、ランク2まで霊格を落とせますから、皆ほどであればこれでいけるでしょう?」


 有無を言わさない口調で、エーヴィヒカイトが腕輪を配る。

 ダンジョンでは、侵入者によりDPが貯まる。そして、ダンジョン主は、そのDPを使用しダンジョンを強化していくのだ。ダンジョンに入ってきた侵入者の霊格とレベルが高いほど、DPは潤沢に手に入る。しかし、今回はこれが問題だ。ダン王世界で、最高峰まで上げた強者たち。その霊格もレベルも勿論、ランク3では収まらない。そして、これほど高レベルの者たちが入ると起こってしまうことがある。


 ダンジョンバーストだ。


 DPの許容値を上回り、ダンジョンから魔物が溢れる現象。これのため、ダン王時代は低ランクのダンジョンには入場制限が設けられていた。しかし、今は現実。ルキの解析でも制限に関する言及が無かったということは、私たちが何もせずにはいれば、明日にはもの凄く強化されたダンジョンか、ダンジョンバーストを起こしたダンジョンが誕生することだろう。どちらにしても、今の私たちにとっては望ましい結果ではない。


「『プシュケーリング』に加えて、『レベルリング』の装着も必要そうね。ルキ、適正ステータスはいくつかしら」

「えっとね〜」


 霊格ランクにより、同レベルでもステータスに大きな差が出る。そのため、ダンジョンのレベル出しはステータス値で換算するのが一般的であった。


「……想像以上に低いわね」


 ダン王であれば、初級ダンジョンに位置付けされるようなステータス値だ。

(森の奥深くだし、DP収入もあまり無くて成長してないのかしら)


「これは、レベル制限まで必要でありんすねぇ」


 溜息を付きながら、各々が魔法を使用しレベルを適正レベル以下まで落としていく。これで、ダンジョンに入っても殆どDPに差はないだろう。

 最後に姿隠しのフードを羽織り、準備を整える。


「それじゃあ、セス出入り口は頼んだわよ」

「任せなさい」


 色気溢れるウインクと共に、その姿が空気中に溶けるように消えていく。隠匿魔法を使用したのだろう。

 

「みんな、準備はいいわね?」

「はい」

「はーい!」

「あい」


 目の前のダンジョンゲートに突入する。ダンジョン調査開始である。







 中は、よく見知った石レンガタイプのダンジョンであった。ただ、少し天井が高めだろうか。


「『魔力探知』『ダンジョンマップ』」


 ルキが薄く広げた魔力をダンジョン内に放つ。すると、ルキの手のひらの上に瞬く間に立体型のミニマップが表示されていく。更に、ダンジョン内に居るモンスターや、侵入者、ダンジョン主までも駒のように配置されていく。ダンジョン内で一度観測したモノをダンジョンから消滅するまで追うことが出来る『ダンジョンマスター』のジョブを持つルキだから可能な技だ。今の制限状態の私では、出来ない技でもある。


「どうやら、1Fには誰も居ないようですね」

「そうみたい。今の僕だと、各階層ずつしか見れないや」

「モンスターはどの程度なの?」

「向こうの世界と変わらないかな。バッドやラットが沢山いて、偶に親玉っぽい個体がいるね」

「……そう。それじゃあ、侵入者の所まで行きましょうか」


 ユウギリの幻影魔法により、ダンジョン主の目を騙しながら、進むこと数十分。


「……いた!」


 本日、5度目になる探知によりセスから報告にいた侵入者を発見した。

 どうやら、大人1人、子ども3人の組み合わせのようだ。子ども3人に戦わせ、後ろで大人が1人待機している。


(「みんな、」)


 すぐさま念話を使用し、皆に呼びかけた瞬間、目の前から怒号が聞こえた。


「おい!何、ボサッとしてるんだ!さっさと、バッドを瀕死にしろっ!!」


 子どもたちは、見るからに具合が悪そうにしており、皆何処かしら怪我をしていた。それでも、男からの怒号に怯え、何とか目の前のバットへ走っていく。


 男の服はダンジョン内であるのに、汚れておらず、子どもたちは襤褸のような布切れ。


 ……やっぱりね。

 あの醜悪な男の為の“レベリング”。一目見たときから、綺麗な格好のふくよかな体型の男と、怯えた様子の襤褸をまとった子どもたち。良心を欠片でも持つものであれば、醜悪な現場だと想像がつく。

 だから、声をかけたのだ。潜伏している仲間が飛び出すことが無いように。


「ぃ”あ!」

 

 目の前でふらついた茶髪の少年を庇い、灰色の髪の少年がバットに腕を噛まれる。


「「シド兄!!」」


 目の前で庇われた茶髪の少年と後方で魔法を詠唱していた少女が、悲鳴のような声で灰髪の少年の名を叫んだ。少女が詠唱を中断し、駆け寄ろうしたとき灰髪の少年が声をあげる。


「来るな!!」


 大きく声を上げ、少女を静止させるとそのまま、噛まれていない方の手で剣を持ち上げ、力任せに胴体を叩いた。

 バットも瀕死状態だったのだろう。その一撃を受け、派手に吹き飛ぶと、そのまま動かず、やがて光となって消えていった。残ったのは、鈍く赤い魔石だけ。


「シド兄!!」


 少年少女が、灰髪の少年に近づく。今度は止める声は無かった。いや、出血がひどく声を出す余裕も無いのだ。少年たちは未だに止まることがない血を止めようと、襤褸をちぎり応急手当を開始する。


「シ、シド兄!今助けるか……がはっ!!」

「うむ。毒牙だな」


 後ろから歩いてきた男が茶髪の少年を杖で払いのける。その先端で未だ苦痛に倒れている灰髪の少年の腹部を小突きながら、独り言をこぼした。


「灰犬、残念だがお前はここに置いていく」


 欠片も思っていなさそうな声で伝える男。

 

「はっ!?おい、その腰のポーションをシド兄に使えよ!トーアには使ってただっっがは!?」

「うるさい!!」

 

 茶髪の少年が男に掴みかかろうとするが、男は杖を払い少年を強かに打ち付ける。


「下級存在ごときが、私に楯突くな!!あぁ、前にこの女にポーションを使ったこと?私の処理道具として、あの時は必要だったからなぁ?トーアも嬉しいと叫んでいたよな?」


 男は少女の肩に手を回し、ねっとりとした目つきで少女に呼びかける。


「……トーア?」

「……は、はい」


 俯いている少女から、小さな掠れた声が返される。

 その瞬間、私の手にそっと大きな手が触れた。エーヴィヒカイトが無意識で握っていた投げナイフを手から外していく。危ない、先に手が出る所だった。辺りを見渡すと、仲間たちも頷いている。


(「ユウギリ、お願い」)

(「承知しんした」)


 ユウギリが魔法を唱え、無色の魔力が静かに彼らに浸透していく。


「グリッド様にも、そろそろダンジョンに贄を捧げるよう言われていたしな。茶犬、トーア帰るぞ!」

「くそっ!!シド兄!シド兄!!」

「……ロウ、お前は、いき、ろ!ゴホッ……トーア…たの…ん…だ」

「…………ごめんっ」

 

 灰髪の少年は、自身から離れようとしない茶髪の少年に声をかけると、俯いていた少女に少年を託す。少女は、倒れ伏す少年の腕から無骨な腕輪を抜き取ると、少年の腕を引きずるようにして来た道を戻っていくのだった。


 彼らが過ぎ去ってから、数分。


「あいつらは、別の階層に行ったよ」


 ルキから報告が入る。その間、空間には灰髪の少年の荒い息遣いだけが響いていた。

 彼らは、気づいていただろうか?ダンジョン内であれだけ大声を出しながら、魔物が襲ってこなかったことに。いや、ユウギリの魔法に惑わされていたのなら、気づくことなどできないだろう。そして、この数分間、無力な少年が襲われなかったことも。

 それは、ルキやユウギリが結界を張り、魔物たちに見つからないようにしていたからに他ならない。


 ぱさっ


 フードから頭を出し、少年に手をかざす。直ぐ側の気配に気づいたのか、カヒューと喉を鳴らしながら大きく見開いた瞳と目があった。


「……生きたい?」

「っ!!!」


 返答はない。けれど、その瞳が、意思が、魂が何よりも雄弁に生きたいと語りかけて来た。


「『隷属破壊』『免疫向上』『体力回復』『睡眠』」


 あとは、少年の気力次第だ。







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