第4話 ダンジョン準備
天空ダンジョン B49F 宝物庫前
会議室を出て、リオヴェルの肩に乗りやって来たのは宝物殿がある転移装置の前。宝物庫の中には、強力な転移魔法の阻害効果がかかっており、ダンジョン主である私でさえ転移できないようになっている。
「水と風よ『水風壁』」
私が唱えた魔法により、私とリオが空気の球体に包まれる。この魔法は、通常の魔法を組み合わせ一部に改良を加えたオリジナル魔法。他にも、対策はあるけど、これが一番濡れなくて楽だからね。
「ありがとうございます、お嬢」
「気にしないで。それより、私の目的のものって宝物庫にあるんだよね?」
「えぇ、レプリカならば展示室にございますが、本物は宝物庫でございます」
「そう。それじゃあ、行くわよ」
私とリオを包み込んだ球体のまま、地面に書かれている魔法陣を起動する。
強い発光と共に感じる浮遊感。
一瞬の転移の後、目の前に広がっているのは青。目の前には水の中の楽園が広がっていた。一本のあぜ道が、大きな貝の元へ繋がっている。周囲を見渡せば、あちらこちらに置かれた貝の上に高価そうな道具が置かれ、空気の泡で覆われている。
リオヴェルが、周囲のお宝には目もくれず一本道を歩き出す。すると、大きな貝まで半分といったところで視界に変化が訪れた。視界に大きな影が差したのだ。上を見上げれば、今にも動き出しそうな九つの竜の首。もれなく、今通ってきた道の上にもおり完全に囲まれている形だ。一本の首がすっと近づいてくる。
「久しぶりね、ファブニル。カミュに用があってきたの」
「お久しぶりでございます、ミアクロティラ様、リオヴェル様。カミュルセア様は、先程のアラートから宝物庫の確認の為中にいるかと思われます」
怪物のような見た目から発されたのは、理性を感じさせる落ち着いた声。
「わかったわ。それじゃあ、このまま私たちはカミュの元へ行くわね」
「いってらっしゃいませ」
九つの首を器用に動かし首を垂れるファブニル。そのまま進んでいけば、閉じた状態の大きな貝の前へたどり着いた。
この貝を開けるには、3つのやり方がある。一つは、知識。周囲にあった宝物から謎を解き開けることができる。二つ目は、運。この貝の主がいれば、この貝は開いている事だろう。三つ目は力。意味はそのまま、力でこじ開けるだけ。これらを、ファブニルと宝物番たちとの戦闘で勝つことでその挑戦権を得られるのだ。
まぁ普段は顔パスなんだけど、奥に籠っているなら仕方ない。
「リオ、頼んでもいいかしら?」
「お任せください、お嬢」
私を降ろしたリオヴェルが、眼をつむり力を入れる。すると、リオヴェルの身長が大きくなり、貝と同じくらいの大きさまで成長する。私もそれに合わせ、魔法壁の大きさを調整した。
「ふんっ!」
リオヴェルが気合を入れながら貝の口を開けていく。
ぎ ぎ ぎぎぃ
なんとか、通常サイズのリオヴェルが余裕で入れるほどに口を開く。目的の大きさまで口が開いたことを確認したリオヴェルはするするといつもの大きさに戻っていく。
「ふふ、上手く開けられるようになったわね。昔は力を入れ過ぎて、壊していたのに」
「からかわないで下さいよ、お嬢」
思わず思い出し笑いがこぼれる。この貝は外からの力を入れ過ぎると、扉ごと壊れる使用になっているのだ。しかも、開けるときに必要な力と貝を途中で開ける力加減が異なり、最初の力のまま開けてしまうと貝は砕け海にいる生物たちの復活薬となる。我ながら厭らしい仕様なのだ。
軽く話しながら、大きな貝の中へ入っていく。中に入れば、クッションのように柔らかい地面と少し奥に貝柱をイメージしたエレベーターがある。二人で柵が付いた貝柱の上に乗り込み、行き先ボタンを指定の順番で押していく。
ウィーン
すると、貝柱のエレベータがそのまま下へと移動を始める。周囲の青もどんどんと暗くなり、暗視を使用しても何も見えない。同時に、深度が下がり風壁への圧が強くなっていくのを感じる。通常の生物であれば、この速度で潜れば水圧で潰れている事だろう。実験の結果、私やリオヴェルであれば大丈夫だったけれど、わざわざきつい思いをする必要もないしね。
そのままエレベータに乗る事一分。洞窟の前に到着する。
深海一万メートル。
1㎠あたり、1トンの重さと同じ力がかかる水圧。ぼんやりとしたランタンの光が、洞窟の先を照らしている。
「ここまで来るのは、久しぶりね。行きましょうか」
風の球体に包まれた状態で、洞窟を歩いていく。数分も歩かないうちに、大きな空洞へたどり着いた。空洞の地面に描かれた魔法陣の中央へ立ち魔力を流す。すると、地面に描かれた魔法陣が輝き、その光は壁を伝い部屋全体の覆っていく。
次の瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴ
ドーム状になっていた壁が地面に沈み、明るい外が見えた。同時に、いくつもの宝物が陳列されたケースが見える。天井高くまで保管されたそれは、各イベントやダンジョンを攻略して手に入れてきた一級品。改めて見ると、よくこんなに集めたわよねぇ。感慨にふけっていると、頭上に大きな影が差し、波が私たちを呑み込んだ。
「ミア様~~~!!」
大音量。その声だけで水が震え、津波のような水圧が私たちを呑み込んでいく。
「久しぶりね、カミュ」
「うんうん!久しぶりだよ~!」
体調30メートルはあろうかという巨体が、目の前で小さくなっていく。そして、水色の髪にエメラルドグリーンのヒレ、宝飾の沢山ついた水着といった人間サイズに変化した。
「うち寂しかったんよ~!」
一瞬で距離を詰めてきたカミュルセアが思いっきり抱き着いてくる。
「あまり来れなくてごめんね」
「ううん、いいの!今、ミア様のお顔を見れたから!!それより、さっきのアラートといいミア様が来たことと言い、何があったの?」
「それは、私から説明いたしましょう」
「あ!リオヴェルっちも久しぶり~!」
「えぇ、お久しぶりです。そして、先程のアラートについてでしたね」
リオヴェルが先程の会議で共有したことを伝える。
「ええっ!!?つまり、うちらの居た世界と別世界ってこと!?」
「そう。だから、隠密行動ができる道具が欲しいの」
「おっけー!それなら、ハーディスの兜とみた!」
「正解よ。あれなら、どんな魔法や観測にも引っかかることは無いから」
ハーディスの兜。イベントランキング一位の景品。その兜を被ったものは、何者からも捕捉されず、観測を許さない。最強の隠密道具。
他者のダンジョン攻略には、本物を着けていく事は出来ないため宝物庫で眠りっぱなしになっていた。しかし、私自身が着用するとなるとレプリカでは、存在がばれてしまう可能性がある。レアリティ的に私の存在を消すには、本物の必要がある。用心し過ぎな気もするが、初めての異世界冒険だと考えると、用心し過ぎて丁度いいくらいだろう。
カミュルセアの後に続いて、海の中を泳いでいく。あるケースの前で止まると、カミュルセアが魔法を唱える。すると、目の前で盾に見えていたものが、ハーディスの兜へ変化していく。
これが最後の仕掛けだ。宝物庫に飾られている物品たちは、真実の姿を言い当てなければ持ち帰ることは出来ない。つまり、この目に映っている者は全て偽物ということになる。ちなみに、言い間違えなくてもそのレプリカを持ち帰ることはできる。ただし、ちょっとした仕掛けは付いているけどね。
「はい、ミア様!」
「ありがとう、カミュ」
カミュルセアが、ハーディスの兜を手渡してくる。これで、準備は終了だ。あとは皆と合流して、攻略にいくだけ。
「んふふ、ミア様なんだか楽しそ~?」
「そうね、初見のダンジョン攻略なんて久しぶりだから、わくわくしてるの」
私の言葉に嬉しそうに笑って返すカミュルセア。
別れの挨拶を済ますと、リオヴェルと共に来た道を戻るのだった。
天空島 入出門前
リオヴェルと別れ、全員分のレプリカを配備し天空島の入出門前で集まっていた。全員が姿隠しのローブを羽織りっている。中には専用装備を着用しているため、マントの隙間から除く見た目は神話の一幕のような煌びやかさになっている。私も、純白のアーマードレスを着込み準備万端である。
「今から目下にある推定塔ダンジョンの攻略へ向かうわ。不測の事態があれば、直ちに連絡を」
『はっ!』
見送りに来ていた、居残り組の面々が返事をする。
「それでは、行ってきます」
ゲートから、飛び立つと同時に背中に羽を生やす。
先頭には、ドラゴンの羽を出したレイヴィン。左右に、黒い羽のエーヴィヒカイトと天使の羽のユウギリ。そして左右後方に、白黒の羽のルキと蝙蝠の羽を持つセスカエラ。私を囲むようにして、幻雲の中を進んでいく。
「ユウギリお願い」
「任せよ。漂うる幻影よ、我らを隠さん『幻影隠蔽』」
ユウギリが手印を切り、魔法を構築する。光属性の魔力と闇属性の魔力が融合し、変質し、魔法を紡いでいく。凄まじい速度で完成された魔法の箱が私たちを包み込んだ。
「相変わらず見事ね、ユウギリ」
「ふふふ、幻魔法はわっちの十八番でありんすから」
私の言葉にユウギリの尻尾と耳が嬉しそうに揺れる。これで、幻雲を出ても早々捕捉されることはないだろう。
真っ白い視界を飛ぶこと数秒。幻雲を抜け出す。
「ミア様、外に出るぞ!」
先頭を飛行するレイヴィンが声を発する。
「……っこれは!!」
視界に飛び込んできたのは、地平線が広がる森。まだ日は高く、はるか遠くまで見渡すことが出来る。どこを見渡しても、ダンジョン王国の世界では見たことがない景色。全てが初見の世界に心臓が高鳴り、心の底から熱いものが溢れてくる。
あぁ、もう新しい景色を見ることは無いのだと思っていた。ダンジョン王国の広い、けれど有限の世界を全て統一し発展させる毎日。それだって楽しかったけれど、やはり、育ったメンバーでもう一度、国を広げてみたいとも思っていたのだ。その叶わないと思っていた夢が、現実になった。先程まで、ゲーム内で見た光景とあまり変わらなかった気持ち。会議室で映像を観たときも、どこかまだ壁があった。けれど、実際に目にすれば、そんな壁は吹き飛ぶ。結界の影響で風こそ感じられないが、そこにあるのは間違いなく未知の場所。
これを楽しまずになんて、居られないでしょう?
すぅ はぁーー
熱を逃がすように、大きく深呼吸。
一息つき、いつの間にか後ろに控えていた面々へ振り返る。
「待たせたわね。塔へ向かいましょうか」
「はっ!」
目が合ったエーヴィヒカイトたちが嬉しそうに微笑んでいる。ということは、今の私は最高に楽しそうな顔をしているのだろう。自覚は無いけれど、この歓びを止めるつもりもなければ、止めようとも思わない。
翼を大きくはためかせる。そして、眼下に捉えた塔ダンジョンへ急降下を始めるのだった。
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