第3話 十天緊急御前会議

 エーヴィヒカイトの開始宣言と共に、正面のホログラムが立ち上がる。背後に不透明の白い画面と手前に色のついた画面が浮かぶ。


「まずは、天空城に関する現状の報告をエクスとマキナから」

「はいっ!」

「……はい」


 彼に指名された二人の少年少女が立ち上がる。

 彼らは、序列七位の機械と天使の羽を持つ双子。青灰色の髪と、紫眼を持つドールのような雰囲気を持つ美少年と美少女。元気よく立ち上がった少しくせ毛のある少年がエクス。さらりとしたボブの髪を持ち、落ち着いた雰囲気の少女がマキナである。

 二人は私に向かい一礼すると、報告を始める。


「本日20時、天空城の転移を検知しました!発覚理由は、領地への転移門が全て閉ざされた事。その後、幻雲越しに周囲を確認したところ全く様子が異なっていることがわかり、緊急アラートを発令しました!」

「……防衛機構の確認を行いましたが、点検の結果、異常はなし。……天空城への敵対生成物も感知していません」

「ふむ。エクス、周囲の状況を詳しく」

「はい!高度に関しては、転移前と変わらず高度20kmほどを維持しており、周囲に雲以外はありませんでした。地上に関しては、天空城の直下に生物の反応を検知。詳しくはセスカエラに確認を頼んでいます」

「わかった。マキナ、天空城への敵対生物と言ったわね。地上の生き物は、こちらに気づいていないのね?」

「……はい、幻雲の効果により……認識できていないと、思われます」


 二人に聞きたいことを聞き終えたので、エーヴィヒカイトに目配せをする。私と目が合った彼は、一つ頷くと口を開く。


「続いて、転移門に関してユウギリから報告を」

「あい」


 続いて椅子から立ち上がったのは、濡羽色に白のインナーが入った髪を腰まで伸ばした姫カットの美女。何枚にも重ね、着崩された着物に狐耳と狐尾が一本。耳も尻尾も根本は濡羽色で毛先は雪のような白さである。序列4位の領事長を務める狐美女、ユウギリ。

 ユウギリも私に向かい一礼すると、報告を始める。


「領地への移動に関して、全ての転移門が使用できない状態でありんす。幸い周年記念パーティーを行うために全ての仲間を本島に呼んでいた為、取り残された仲間はおりやせん。領地に置いてきた分身体とは、連絡がつかず、再生成では分身体の数が戻っていたことから、あちらとの繋がりは完全に絶たれている考えられるでありんす」

「うちの子たちが、皆居るのは不幸中の幸いね。けど、領地とは繋がりが切れたのね?」

「あい、詳しい内容はルキとエアリスから頼みますぇ」


 ユウギリが白黒頭の中世的な子供に目を向ける。その視線を受け、ルキと呼ばれた少年は、立ち上がる。


「エーヴィヒカイト、エアリス、ルキから報告してもいい?」

「私は構いませんよ」

「はい。それではルキ、支部ダンジョンに関して報告を」

「はーい」


 椅子から立ち上がったルキが私にぺこりとお辞儀をして手を振ってくる。

 序列5位のダンジョン長を務める堕天使ルキ。不測の事態にも関わらず、眼をきらきらとさせ口元には不敵な笑みを浮かべている。


 「ダンジョンの収支を確認したところ、DPの領地収入は無し。外部と接続していたダンジョンは、現在どこにも繋がらなくなってるよ。現状は赤字。各領地とのダンジョンコアとの接続も感じられないし、本当に別の世界に転移させられちゃったみたい。こんな事態は、初めてだよ!天空ダンジョンのコアは存在が感じられるから大丈夫。それに、ダンジョン内部も確認したけど、異常は見つからなかったし。ね、エアリス姉」

「そうね。ここからは私から」


 エルフ耳に灰桃色の豊かな髪を編み込んだ女性が柔らかな声音でルキの後を引き継ぐ。


「天領代理、エアリス・ミュレー。現在の天空島に関してご報告させていただきます」


 序列2位、天領代理エアリス・ミュレー。

 ゆったりとした動作で、アリスが私にお辞儀する。そして、手元のデバイスを操作し、ホログラムに天空島の地図を浮かび上がらせる。


「現在、天空城は収入源を天空城以外失っている状態です。ルキとユウギリの言った通り、各支部との連絡は途切れております。また、現状は赤字であるものの、現在の潜伏状態を維持するのであれば数十年。更に鉱山などの稼働を注視させればもう数十年は潜伏できるかと。また、我々の魔力をDPに変換すれば、黒字にも戻すことが出来るでしょう。しかし、不測の事態が起きた際に天空城の防衛機構や復活の際に多くの貯蓄を切り崩すことを考えたら、ダンジョンゲートの設置は早めの方がよろしいかと存じます」

「そうね。わかったわ」

 

 ゲーム時代では、貯蓄上限をとにかく増やしていたから猶予はあるようで良かった。しかし、エアリスの言う通り不測の事態はいつ起きるかわからない。そうなると、早々にダンジョンゲートを置ける都市を見つけないとだよね。鉱山とかも貯蓄は沢山あるから、止めても大丈夫かな?


「他に報告は?」

「ないよー!」

「ございません」


 二人の言葉を受け、エーヴィヒカイトが次の報告者を指名する。


「それでは、セスカエラから報告を」

「了解よ」


 褐色肌に紫色の髪を持つ妖しい雰囲気を纏う人物が席を立つ。彼は微笑みながらお辞儀をし、さらりと流れ落ちた髪を手でかき上げる。それだけの動作でも色気がすごい。


「私からは、マキナちゃんから報告があった地上生物に関して報告させてもらうわ」


 彼が目の前のホログラムを手元のデバイスで操作する。すると、幻雲越しの山頂が映し出されていた。雲の隙間から見える一面真っ白な雪景色はなかなかに壮観だ。超高高度にあった視点は徐々に下がり、視界に塔を捉える。しかし、その塔も雲の上に頂上があり、まだまだ地上からは遠いことが察せられた。


「これよ」


 セスカエラが、ある地点で映像を止める。それは、塔へ入っていく存在だった。彼らは、ローブや皮鎧を身につけ、塔の周りには、彼らが歩いてきたと思われる雪道があるほか何もない。


「この塔の中に、人が入っていくところを目撃したわ。塔の入り口を見てみたけど、ダンジョンゲートのようになっていて中までは見えなかったわ。塔を透視したところ、建物はあったけど、あの入り口だけ魔力だまりのようなっていたから、おそらくダンジョンゲートね」

「ダンジョンがこの世界にもあるの……?」

「それなら、早く攻略に行こうぜ!」


 ダンジョンの情報を聞き、静かに会議の内容を聞いていた赤紙に白メッシュが入った男が口を開く。彼は、先程までは眠そうにしていた瞳をギラギラと輝かせて、私の方に期待に満ちた目を向けてくる。


「お黙りなさい、クソトカゲ」

「あぁ!?」


 また始まった。二人は喧嘩する程仲がいい代表である。神経質なたちのセスカエラに、剛毅で細かいことは気にしないレイヴィンは事あるごとによくケンカをしている。けれど、後に引きずるようなことは無く、戦闘になればコンビネーション抜群のため相性は良いのだろう。


「……セス、レイ」

「!!」


 私が二人の名前を呼べば、しまったという顔を浮かべる二人。そっとエーヴィヒカイトを盗み見れば、にっこりと微笑んでいた。どうしてだろう、笑顔なのに寒気がするよ。


「んん"、改めて報告するわね。現状私たちは、霧と雪に囲まれた山頂の上に居るわ。山頂から下った、濃霧の中に塔ダンジョンはあるわね。森の中には私たちの世界でもいたような魔猪や魔鹿といった魔物がいたくらい。一応獣道みたいだけど、森に道のようなものがあったから、先程の人間たちはこちらから来たんじゃないかしら。山の下には森と荒野が広がっていたけど、そちらはまだ確認できていないわ」 

「そう、まずは足元の森の把握から進めて頂戴。雪と濃霧で大変でしょうけど、無理はしないこと。それと、ダンジョンなら是非攻略したいわね」


 私の言葉にレイヴィンが勢いよく頷く。


「今は塔の入り口が見える場所に一体だけ眷属を配置しているわ。私からの報告は以上よ」


 セスカエラの視線を受けたエーヴィヒカイトが一つ頷く。


「では、最後に報告があるものは」


 全員が無いと返事をする。それを見たエーヴィヒカイトは、私に視線を向け口を開く。


「ミア様、お言葉を」


 だよね。私が意見を出さなくちゃいけないのは分かっていた。ゲーム内で会議をした時も、これからどうするのか毎回尋ねられていたから。

 どうしようかなぁ。


「まず、私の考えを先に伝えておくわ。私は、天空島に生きる愛しい皆が健やかに、そして私自身が楽しく過ごせるようにしたいと考えているわ」


 私の言葉に皆が頷く。そもそもゲーム内で創られた彼らたちは、どんな存在でも創造主プレイヤーが楽しく過ごせることに嬉しさを感じる性質を持っている。自己中心的に聞こえるかもしれないが、それを忘れて皆の事を優先した時に彼らたちから言われた言葉だ。以降、私自身が楽しむことも忘れないようにしている。


「けど、この世界は私たちにとって全く未知の世界。ここまで周囲が未知の状態で、外の世界とやり合うのは久しぶりで経験のない者もいるでしょう。だからまずは、情報を集めて基盤を作ることから始めるわ。慎重に、できるだけ私たちの事を気取られないよう、ね」


 考えてきたら、わくわくしてきたわ。最近は、知ってる世界をいかに発展させるかだったけど、ここは完全に未知の世界だものね。そのためには、まず天空島の赤字をどうにかしないとよね。


「貯蓄も潤沢にあるから、今は鉱山等は停止させておきましょう。以前と変わらないということは、DPで物資の購入も可能なのよね、アリス?」

「はい。食材等も潤沢にありますし、DPでの購入も可能です」

「そう。では、現状は潜伏してこの世界の情報収集に勤めましょう。計画は、エーヴィ頼んだわよ」


 私が声をかければ、心得たように頷くエーヴィヒカイト。私も考えるけど、こういうことは適材適所な部分もあるからね。


「それと、身分を隠しながら実地での調査も行うわ。旅人や冒険者といった具合にね」


 私の言葉に驚くことなく受け入れる面々たち。ゲーム時代から広大なオープンワールド内を飛び回っていたからね。こう言われるのは、察していたのだろう。


「連れていくメンバーに関しては、後で伝えるわ」


 期待の眼を向けてくるレイヴィンが、この場で発表されない事にシュンとする。ごめんね、レイ。


「とりあえず、その人間たちが入っていたという真下にある塔のダンジョン。これを調査しに行くわ。調査メンバーに行きたい者は?」

「調査ぁ?攻略しないのか?」


 不満そうな顔でレイが質問をしてくる。


「攻略は調査の後に決めるわ。私達の情報が漏れるような行動は控えたいの」

「そうか。んじゃあ、俺はパスだ」

「はいはいはい!僕は、行ってみたい!」

「わらわも気になるでありんすねぇ」


 レイの不機嫌など気にしていないかのように、勢いよくルキが手を挙げ、ユウギリが続く。


「未知のダンジョンなんて、僕の専門分野だよ!」

「そうね。頼りにしているわ。となると」

「ミア様?」


 攻略メンバーを決定しようとすると、隣から圧の籠った優しい声がかけられる。


「エーヴィを置いていくはずないでしょう?」

「そうですよね」


 本当に、エーヴィヒカイトを置いていくつもりは無かったのだけれど。


「それじゃあ、攻略メンバーを発表するわ。エーヴィ、ルキ、ユウギリの三人は私とダンジョン攻略を。セスは私たちと同伴して、塔の前で待機。もし、異常があったらすぐに報告を。それと、先に入った冒険者たちが出てきたら、バレないように情報を抜き取る事。できるわよね?」

「もちろんよ。そういった分野は、外交官である私の役目だもの」

「頼んだわよ。他の者たちは天空島の守護を頼むわね。カミュには後で、装備を取りに行くときに伝えおくわ。もし、幻雲以上を攻め込まれたら、リーベの守護結界を張って私たちが帰還する時間を稼いで頂戴」

「かしこまりました」


 今までの会議で一度も口を開いていなかった、神官服とベールを身にまとった少女が返答する。リーベの防御力なら、早々抜かれることはないだろう。

 そしてカミュは、十天衆の中で唯一ここに呼ばなかった人物だ。彼女には、大切な場所を守ってもらっている。


「私からは以上。エーヴィ」

「では、これにて十天緊急御前会議を終了する」


 エーヴィの言葉に、皆が一斉に立ち上がり臣下の礼を取る。


『我らが運命はルエーゼと共に!』







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