5人だけの組織

「―――待て!」

「…姉さん…」

「フェーンから離れろ!」


 普段は温厚な姉さんが、途轍もない剣幕でこちらを睨みつけている。

 寝間着姿とは言え、腰には剣を差しており今にも斬りかかろうとしている。…多分、俺が姉さんとシルヴィスティアとの間にいるからだろう。俺がここから一歩でも動けば、姉さんは迷いなくシルヴィスティアとニシェルを切り捨てる。

 …それは嫌だ。理由は分からないけれど…それはできなかった。


「…フェーン、そこを退いてくれる?」

「…ごめん姉さん、それはできない」

「どうして?」

「…どうして、って言われてもな…」


 何せ自分でも良く分かっていないんだ。…シルヴィスティアとニシェルには…なんだかとても懐かしい感じがして…。


「………」

「っ…」


 普段見せない姉さんの剣幕に気圧されて、後退りをした、してしまった。

 次の瞬間、姉さんはシルヴィスティアの前に———。


「―――やめて姉さん!!!」


 そんな俺の叫びは届くことなく、シルヴィスティアの首が刎ね飛んだ。


「…ぁ…ぇ…?」


 人が首を刎ね飛ばされたら…普通は血が噴き出るはずだ。姉さんと俺を、真っ赤に染めるくらいの返り血が飛ぶはずだ。

 だが、シルヴィスティアの首の断面は、で埋め尽くされていた。

 噴き出す液体は無く、俺と姉さんに何一つ影響を及ぼさなかった。

 それから数秒も経たないうちに、シルヴィスティアの頭は元通りになった。そして本人も、まるで何事もなかったかのように振舞っている。


「…マスターは、あなたの大切な弟なのでしょう。その大切な弟の制止を無視して切りかかるとは、何をしているのですか」

「なんで…!?」

「…あぁ、一つ言い忘れていました。私たちは如何なる手段を以てしても殺すことはできません。えぇ、例えば強大な魔法、例えば空の遥か彼方から落下させたとしても、今のように首を刎ねたとしても。私たちは生命の枠を超えた生命ですので」

「…そん…な…」

「…ご安心を。私どもは、そちらにあらせられるマスターに、永久の忠誠と愛を誓っています。守りこそすれ、危害を加えるなど以ての外です」


 シルヴィスティアは俺と視線を合わせ、その場で軽く礼をした。

 ニシェルも同じく、俺にペコリと礼をした。


「…どうやって、それを信じろ、と」

「信じてもらう必要はありません。何の期待もしていませんので。…しかし、困りましたね」

「マスターマスター、早くこっち~!」


 窓にシルヴィスティアとニシェル、そこから姉さんを挟んで、一番入り口に近い位置に立っているのが俺。

 【転移ゲート】があるのはシルヴィスティア達のいる窓の外。姉さんは恐らく、俺をここから通す気は無いだろう。見れば分かる、俺を庇うように立ち、シルヴィスティアとニシェルに対して明らかな殺意を向けている。

 …このまま父さんたちに知られても面倒だ。


「…ではこうしましょうか。契約魔術を交わしましょう。このままでは埒が明きませんので」

「…内容は」

「私たちは、日の出までにマスターを返します。その代わりに、あなたは今夜の出来事を口外することを禁じ、日の出まで私たちに危害を加えない。これでいかがでしょう?」


 日の出まで…って。


「あと4時間もないけど…?」

「ふふっ、ご安心をマスター。今夜はきっとぐっすり眠れますので」

「…仕方ない、同意する」

「では、こちらの契約書に」


 シルヴィスティアはどこからか契約書を取り出し、姉さんに差し出す。

 それを隅々までくまなく熟読した姉さんが、契約書に魔力を込めた。


「流石はマスターの姉様です、お話が分かるようで」

「………本当に守るのよね」

「イルミナティの名に誓って、遵守することをお約束いたします。さ、マスター。こちらに」


 シルヴィスティアが差し伸べた手を取り、窓際に近付く。


「フェーン…」

「大丈夫、姉さん」

「何かあったらすぐに逃げるのよ」

「…それができたらいいけど…」


 そして、俺は姉さんに一瞥した後、【転移ゲート】の中へと飛び込んだ。



 しばしの無重力感に襲われ、視界が【転移ゲート】から開けると、そこは王宮かと見間違えるほどの広大な空間が広がっていた。

 そんな光景に驚き、しばらくの間放心していると、シルヴィスティアが俺の前に立ち、その場に跪いた。


「…おかえりなさいませ、マスター。イルミナティを代表し、歓迎いたします」

「あぁ…えっと…おう…」

「改めて、マスターの秘書兼、イルミナティマスター代理のシルヴィスティアです。以降はシルヴィとお呼びください」

「私は情報担当のニシェルだよ!おかえりマスター!」

「…ただいま…?」

「あとは臨時指揮と医務室長がいます。まずは医務室から、こちらへ」


 シルヴィに案内されるがままに、通路を進んで行く。


「…人が誰も居ないんだな」

「はい。イルミナティは私、ニシェル、医務室長のリスティア、臨時指揮のノイア、それと———マスター。この5人で構成されている組織ですので。…医務室はこちらです。中へお入りください」


 医務室と書かれたドアを開く。小さな診察台と、椅子の上に座った女性が一人。

 恐らく、彼女がリスティアだろう。


「…あ、マスターですか。…事情はノイアより既に伺っています。記憶障害なのですよね」


――――――――

作者's つぶやき:医務室長リスティアさん。…室長と入っていますが、イルミナティの医療関係はすべてリスティアさんがワンマンしてるので室長かと問われるとうーむって感じですね。

まあそれで大丈夫なのかって話ですが、リスティアさんも、シルヴィさんも、ニシェルも、ノイアも、生物の枠を超えた生物であり生と死が存在しないので治療は意味をなさないのですよね。

けどまあマスターは人間なので、医療班はきっちりいます。

――――――――

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