第1章 傀儡王の目覚め【3】

 アルクスとラプトール、従属となった五人は、再び水源である泉の前に立つ。畑の整備が終わった民が遠巻きにそれを眺め、期待の視線を彼らに送っていた。五人は決意が固まったものの、まだ自信がないような表情をしている。彼らの力は、彼ら自身が証明する必要があった。

「ホープ、おいで」

 緊張した面持ちでホープが前に進み出る。ホープは最初のひとり。まだ自分の能力を信じきれないのだろう。

「地に手をつけ」

 身を屈めたホープは、泉の前の地面に両手をつく。穏やかな風が吹き抜け、祝福するように空は晴れ渡り、眩い太陽が見守っている。緊張するホープの背中に、アルクスはそっと触れた。ゆっくりと魔力を注ぎ込む。

「私の魔力の流れに集中しろ。それを掴み、山から下りる水が川に流れることを想像するんだ」

 ホープは静かに目を閉じ、アルクスの魔力へと意識を集中する。ホープの魔力回路が少しずつ動き出した。鍵がぜんまいを回すように、穏やかな風がホープを包み込む。それが光となって辺りに吹き抜けると、剝き出しになっていた土に小さな芽が顔を出した。それをきっかけとして、ホープの手のひらから伝うように次々と緑が広がっていく。草花に誘われるように、泉の中心から水が溢れ出した。泉が息を吹き返し、透き通った水が畑に繋がる水路へと流れ込む。ホープが目を開く頃には、青々とした草花に囲まれた泉は生命を取り戻していた。

「……すごい……」

 信じられない思いをはらんだ表情でマークが呟く。ホープが立ち上がると、緊張とともに見守っていた民が声を上げた。

「すごい! こんなに豊かな泉を見たのは生まれて初めてだ!」

「こんなに水が……!」

「これで畑が潤う……畑が蘇るんだ!」

 ホープは呆然と泉を眺める。ウォーカーとハンターが、称えるようにホープの肩を叩いた。マークとイヴは泉を覗き込み、新たな生命の水に触れる。それから、喜び合うように顔を見合わせた。

「……これを、本当に俺が……?」

 いまだ信じきれずに呟くホープに、アルクスは不敵に微笑んで見せる。

「どうだ、ホープくんよ。これがお前の『再生』の力だよ」

「……でも、これはあんたの力なんだろ?」

「私は魔力回路を開放しただけだ。この力は、お前が生まれ持ったものだよ」

「…………」

「ホープ。お前の名は、お前に相応しい」

 民は泉の復活を喜び、涙を流す者もいる。この澄んだ水がこの先、このルーメンの村の民を救うことになる。

「本当に泉が蘇った!」

「こんなに綺麗な泉だったなんて……」

「これで民が飢えずに済む……!」

「すごい! これは王様がやったの?」

 興奮した表情を浮かべる子どもたちに、アルクスは小さく笑った。

「いや、このホープくんの力さ」

 アルクスが手のひらでホープを差すと、わっと民がホープのもとに集まって来る。感動を伝える者、礼を述べる者、ホープを称える者。蘇った泉を前に、すべての民が喜びを表していた。

「ホープ、嬉しそうです」マークが言う「ホープは何よりもこの村のことを考えて、ずっと役に立ちたいと思っていたんです」

「王様がホープの望みを叶えてくれた……」と、ウォーカー。「礼を言っても言い尽くせないわ」

「私は大したことはしていない。ホープの本来の力を開放しただけだよ」

 民の喜びは留まることを知らず、ホープの手を取り、涙を流している。畑の水路を見に向かった者もあり、あちらこちらで感嘆が上がった。泉の水は水路を伝って畑に流れ込み、枯れ果てていた畑も遠くなく復活する。それは、民にとって希望であった。



   *  *  *



 アルクスとラプトールの家は村の端に用意された。荒れた空き家であったが、民はあっという間に整えたのだ。古びた家屋であることに変わりなく、人間が暮らすには劣悪な環境だろう。だが、人間でない彼らが暮らすには充分であった。

 畑のほうからは相変わらず民の喜びの声が聞こえている。ルーメンにとって最初の一歩である今日は、民に落ち着く暇はないだろう。

 アルクスが喧騒を聞きながら本を読んでいると、しばらくして玄関扉が開かれた。崩れ落ちるように入って来るのはホープだった。その表情に喜びはなく、疲弊し尽くした顔をしている。

「……死ぬかと思った……」

「これはルーメンの英雄殿」アルクスは本を閉じる。「揉みくちゃになっていたな」

「みんな、大袈裟なんだよ……」

 ホープはひとつ息をつき、ようやく落ち着いた表情で立ち上がった。

「礼を言うよ。俺は正直、あんたの能力を疑っていた」

「お前の力が証明してくれたようだね」

 いまのアルクスは、厄災魔王の魂を宿していると証明することが不可能な外見をしている。証明のためには、人間にとって爆発的である能力値を開示するしかなかった。ホープの能力を開放したことが、最初の証明となったのだ。

「……あんたは、ルーメンを救ってくれるんだよな」

「私に不可能なことはないよ」

 不敵に微笑むアルクスを、澄んだ新緑の瞳が見つめる。

「これから、俺の忠誠はあんたのものだ」

 決意に満ちた表情。アルクスにはそれだけで充分だった。

「いいだろう。お前は私の国民、第一号だ。良い働きを期待しているよ」

「ああ」

 丁寧に辞儀をしてホープは去って行く。その後ろ姿に、アルクスは小さく笑う。

「若き頃のお前を思い出したよ」

 ラプトールも同じように微笑んだ。

「懐かしいですね。私の能力も、陛下が開放してくださいました」

「この小さな村がどんな発展を見せるか楽しみだよ」

 泉の復活は最初の一歩に過ぎない。この小さな村ルーメンがアルクスの国となるまで、さらなる発展が必要だ。アルクスは、自分にはそれだけの力があると確信している。あの始まりの五人を導き、ソル・フォルマ王国にも劣らない国を建てること。厄災魔王に、不可能なことはなかった。





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