第4話 青い涙


「懐かしいー!」


あい亜理沙ありさは当時大事にしていたシール手帳を入れていた。

武史たけしは野球ボール、じゅんはロボットのおもちゃを入れていた。


「私、手紙に超有名なアイドルになるとか書いてる。恥ずかしすぎる」

「姉ちゃんはそういうとこあるよな」


「うるさいわね。武史は何で書いてた?」

「野球選手」


「昔から野球選手になりたいって言ってたものねー。亜理沙は?」

「私は看護師って書いてる」


「みんな全然違う仕事に就いたのね」

「俺は医者って書いてるから夢叶えてる」

「マジ?」

みんなが騒いでいる横で英人ひでとも楽しそうに笑っている。


昔からそうだった。

自分が中心で話すと言うより、みんなを見て楽しそうに話を聞いて笑っていた。


「英人のは、絵の具か」

武史がそっと英人の宝物を取り出した。

「あいつ絵を描くの好きだったもんな」

「すごく上手かったよね」

絵の具の箱を開けると、たくさんの絵の具が入っていて、水色だけ2本入っている。


「英人の手紙読むぞ」


“20歳になった僕へ

僕はどんな大人になっていますか?なんだか想像出来ません。

僕には4人の大事な友達がいます。きっと今も仲良くしてるんだろうなとは思います。

20歳になったみんなはどんな感じかな。

武史はきっとたくましくなってて、潤ちゃんは賢いからいい大学に行ってそうだな。藍はきっと可愛い大学生になってて、亜理沙は純粋だからそのまま優しい大人の女の人になってそうだな。僕はそんなみんなを守れるような強い男になれていたらいいなぁ。

どんな大人になっても仲良くしてると信じてます。

PS. 5人の絵を20歳になったらまた描いてください。”


封筒の中に絵が一枚入っている。

青空の下で5人が並んでいる絵だ。

一人一人の特徴が上手く描かれている。


「英人」

藍がポロポロ泣き始めた。

「バカ、何泣いてんだ」

武史もそう言いながら、涙が滲んでいる。

「ままぁ?痛いの?」

武人が藍の頭を優しく撫でた。


英人は武史の肩に触れようとしたが、すっと通り抜けてしまった。

亜理紗以外の人には触れることも出来ないらしい。

英人は悔しそうに手をぎゅっと握りしめている。

改めて英人はこの世の人ではないのだと亜理紗は感じて、すごく悲しい気持ちなのに、なぜか涙はこぼれなかった。


英人の手紙と宝物は亜理沙が預かることになった。

そして後日英人のお母さんに渡しに行こうと言う話でまとまった。


「英人、あの水色の絵の具覚えてる?」

「覚えてるよ。図工の時間に外で絵を描いた時、絵の具がなくなっちゃって困ってた時に亜理紗がくれたんだよね」

「そう。あの時、画用紙全部水色に塗っちゃって、英人は何描いてるの?って思ったよ」

「なんかあの時青空の下にいるみんなを描きたくなっちゃったんだよね」


英人は空を見上げた。

薄く水色の青空が広がっている。

まだ幼かったあの頃、暗くなるまでみんなと外で遊んで、青空がだんだん夕暮れのオレンジ色に染まっていくのが寂しかった。

でもまた明日になればまたみんなと遊べると当たり前のように思っていた。

それがどれだけかけがえのない宝物のような時間で、あっという間に終わってしまう儚い宝物だと今になって気づかされる。


「亜理紗?」

「ん?」

英人の方を振り向いた時、何かが手に触れた。

頬に触れると、涙があふれている。

「どうしたんだろ・・?」

英人の手が亜理紗の頬に触れた。

「ごめん、なんか涙が・・・なんで・・・?」

英人は黙って亜理紗を抱きしめると、「大丈夫、大丈夫」と何度も繰り返した。


□■□


なんだかいい匂いがする。

亜理紗は泣きつかれて寝てしまって、目を覚ますと暗くなっている。

トントントン・・・

何かをまな板の上で切る音がする。

子供の頃、よく聞いていた音だ。

亜理紗は立ち上がって、台所の方に向かうと英人がご飯を作っていた。

「起きた?」

「うん」

「今日は焼き魚に味噌汁にご飯っていうシンプルな晩御飯だよ」

そう言って嬉しそうに味噌汁をかき混ぜている。

「いい匂い」

「でしょ?」

英人は得意気な顔で笑っている。

晩御飯が完成し、食卓に並ぶと、「いただきます」と手を合わせて食べ始めた。

味噌汁は少ししょっぱくて、焼き魚は焦げているのに、いつもより美味しい。

「ずっと東京では一人で食べてたから不思議な感じがする」

「一人暮らしだったの?」

「うん。そうだよ」

「亜理紗は、どんな暮らしをしてたの?」

「うーん・・。働いて家帰ってご飯食べて寝てを繰り返してるだけかな」

「仕事はどんな仕事をしてたの?」

「パティシエだよ」

「え!夢かなえたんだね!すごい」

「うん。でも・・・辞めたんだ」

「辞めちゃったの?どうして?」

「色々あってね」

「色々って?」

「大人には色々あるの」

亜理紗はハッとした。

英人は少し悲し気な顔をして「そっか」とだけつぶやいた。

「ごめん」

「いいよ。亜理紗はもう33だもんね。色々あるよね」

「そういう意味じゃ・・・」

「わかってる」


何だか静かになって、ご飯を食べる音だけが響く。

やがて食べ終わって、片づけが終わると、英人がアルバムを持ってきた。

「亜理紗、これ亜理紗のアルバムでしょ?」

「懐かしい。おばあちゃんがこっちに来てからよく写真撮ってくれて、アルバムにまとめてくれたんだよね」

「見てもいい?」

「いいよ」

アルバムは長い間開けていなかったので、少し埃っぽい。

英人は、分厚いアルバムをゆっくり開いた。

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