第3話 氷の月

ピンポーンという音が鳴って、「はーい」と懐かしい声が近づいてくる。

ガラッと扉が開けられ、あいは、亜理沙ありさを見て驚いた顔をした後、小走りで寄ってくると、ぎゅっと抱きしめた。


「亜理沙…会いたかった」


藍がポロポロ涙を流し、何度も会いたかったと言って抱きしめた。


「もう会えないのかと思ってたよ」


母親が心配だったのか5歳くらいの男の子が、玄関からこちらを見ている。


「ごめんね。全然連絡もしてなくて」

「ううん、いいんだよ。そんなことより、家に入って」

藍は嬉しそうに亜理紗の手を引いて家に向かっている。

どうやら英人ひでとのことは見えていないらしい。

振り返ると英人は、大丈夫というように頷いて後ろを付いてきた。


「この人だあれ?」


男の子は不思議そうな顔をしてこちらを見ている。


「この人はパパとママのお友達だよ。亜理紗ちゃんっていうの」


「じゃあこの人はー?」


男の子は英人を指差したが、「誰もいないじゃないの。また変なこと言って」と藍は困った顔をしながら男の子を撫でた。


「この子は長男の武人たけと。・・・英人から一文字もらったの。本当にいたずらっこで困ってるのよ」


そういう藍の顔は母親の顔だ。


亜理紗を居間に座らせると、2階に向かって「武史たけし!亜理紗帰ってきたよ!」と大きな声で呼びかけた。


「武史、リモートワークが最近は多くて、家にいるの」

しばらくすると、ドタドタと階段を下りる音がして、がらりと引き戸を開いた。

「亜理紗」

武史は少し言葉に詰まって、やがて少し潤んだ瞳で、「よう帰ってきたな」と言った。

武史も藍も確実に歳は重ねているが、あの頃と変わらない。


「亜理紗、どれくらいこっちにいるの?」

「しばらくいるつもりだよ。ちょっと静養しようかなって」

藍は「そうなの」と言って、それ以上は聞かずに「しばらく会えるなら嬉しいわ」と言った。


「あの、今日は二人に挨拶をしたかったのと、昔埋めたタイムカプセルを掘りだせないかなと思って、それで来たの」


「そういえば神社に埋めたわね」

「あぁ。小学校の卒業式の日だろ?」


「懐かしいわね。ほんとにあの頃は毎日が楽しかったわ。武史とじゅんと亜理紗と英人と本当に暗くなるまでよく遊んだもの」


「そうだったな」

「潤ちゃんって今どうしているの?」

「潤は、隣町で医者として働いてるわよ」

「潤ちゃん、お医者さんなの?」

潤ちゃんは藍の弟でいつも藍に振り回されて、泣かされていたイメージしかないが、医者になっているとは、亜理紗は驚きと共に確実に時間が経ったのだなと思わされた。


「隣町だし、あの子相変わらず実家にいるから、呼んだら来ると思うわ」

その後は同級生の話やお互いの近況を話した。

武史と藍に生後6ヶ月の次男もいて、手がかかって大変だと藍は言いつつも、幸せそうな顔をしている。

そんな2人の話を英人は亜理紗の横で静かに座って嬉しそうに聞いている。

2人が幸せで良かったと思うのに、なぜか胸が痛い。

亜理紗は作り笑いを浮かべながら、相槌を打つしかなかった。


「じゃあ明日は潤も仕事休みみたいだから、明日掘り起こしに行きましょ」

「うん、ありがと」

「ねぇ、亜理紗」

藍がぎゅっと亜理紗の手を握った。

「もし私たちの力が必要になったらいつでも言ってね」

「うん」

亜理紗もぎゅっと握り返した。


□■□

「僕のこと見えるのは、亜理紗だけみたいだね」

帰り道、英人は残念そうな顔をしながら、石を蹴っている。


「そうみたいだね。でも、子供には見えてるみたいだった」


「子供は純粋だから見えるのかな。亜理紗も純粋だものね」


屈託のない笑顔で英人は亜理紗を見た。


「私は・・・そんなことないよ」


亜理紗は空を見上げた。

今日も天気がいい。

昼間の月がうっすらと見えている。


「明日、楽しみだね」

「うん」

英人と昔のように何気ない話をしながら、歩いている。

中学の頃はそんな日々が当たり前だったのに、今は特別な時間だ。


「亜理紗」


英人が手を伸ばしている。

亜理紗はその手を握った。

英人の手はやっぱり冷たい。


(例え冷たくてもこの手をずっと握っていたい)


亜理紗はぎゅっと手を握った。


□■□


翌日も快晴だった。

神社の前に亜理紗と英人が待っていると、長男の武人と次男を抱っこして武史と藍がやってきた。そして、小走りで潤もやってきた。 

「亜理紗姉ちゃん」

「潤ちゃん、久しぶりだね」

「会えて嬉しいよ」


潤は背が高く、すっかり大人になっている。

5人組の中で年下なので、いつまでも小さな子供のように思っていたので、なんだかびっくりしてしまった。

それは、英人も同じようで、「ほんとに潤?」と言っていた。


「さ、揃ったところで掘り出しに行きましょ」

藍の号令で昔埋めた場所に向かった。


「ここだな」

みんなで木の根元を掘り出し始める。


「姉ちゃん、これ神社の人に見つかったら怒られるんじゃない?」

潤はあたりをキョロキョロしている。


「怒られるわよ、だからあんたに見張りさせてんでしょ」

「いや、でも」

「うるさい、あんたは見張ってなさい」

渋々と言った感じで潤はまた辺りを見回した。

姉の言うことに逆らえないのは、今も変わらないようだ。


「おっ」

スコップが硬いものにぶつかって、優しく周りを掘ると懐かしい缶か出てきた。

「これだわ」

土を払って、藍がそっと箱を開けた。

そこにはあの時入れた手紙と宝物が入っていた。

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