第2話 夜空に浮かぶ氷の月

あの頃と同じように英人ひでもが手を差し出している。

八重歯の見える笑顔も変わらない。

躊躇いながらも、手を伸ばして握ってみる。


「…冷たい」

「死んでるからね」


英人は何でもないように言って、またニコッと微笑んでいる。


「でも触れられるんだね」

「そうみたいだね」

「ねぇ…ほんとにほんとに英人なの?」

「そうだよ。でもそう簡単に信じられるわけないよね」

英人はうーんと考えて、「ついてきて」と歩き始めた。

近くの神社に入っていく。

「懐かしいね」

英人が大きな杉の木を見ながらくるりと回る。


(本当に英人がいる…)


小さな社の近くの木の下を指差した。

「ここだよね?タイムカプセル埋めたの」

英人がドヤ顔で「ここを知ってるのは僕たち5人だけ、だろ?」と言った。


□■□


あれは小学校を卒業する日―。

「ねぇ、みんなでタイムカプセル埋めようよ」

あいの提案で卒業式の日にそれぞれが20歳の自分に向けての手紙と宝物を一つ持ってくることになっていた。

卒業式も終わり、亜理沙ありさは藍と一緒に待ち合わせの神社へ向かった。

英人はもう来ていて、ひらひらと手を振っている。

子供スーツが何だか似合っていなくて、何だか浮いている。

でも少し大人っぽく見えて、亜理沙の頬が少し熱くなった気がした。

武史たけしじゅんは、まだ?」

「まだ来てないよ」

卒業式の時の話などをしているうちに、武史と潤がかけてきた。

「遅いじゃない」

藍が頬を膨らませると、「わりぃ!この服動きづれぇんだもん」と武史は恨めしそうにジャケットの裾を引っ張った。

武史は身体も大きく気も強いが、藍にだけはいつも弱い。

「まぁいいじゃない。さぁ行きましょ」

亜理沙がそう言うと、藍も機嫌を戻して歩き始めた。

「タイムカプセル開くのって8年後なんだよなぁ」

英人は手紙をひらひらさせながら、そう言った。

「そうよ、みんな成人して大人になってから開けるんだもの」

「僕だけまだだよ」

潤は藍の弟で1つ学年が下だ。

「まぁいいじゃない、四捨五入すれば20よ」

「藍は大雑把だなぁ」

みんなで笑い合って歩いていると、小さな社の横の木に辿り着いた。

「ここがいいかなって思って」

最近植えられた木らしく、周りの土も柔らかそうだ。

「じゃあ掘るぞ」

みんなでタイムカプセルが埋められるくらいの大きさまで穴を掘ると、タイムカプセルに手紙と宝物を入れる。

みんなで一緒に蓋をして、穴の中に入れた。

「8年後、20歳になったら掘り出そうね」


□■□


みんなが20歳になった時、どんな大人になってるんだろう。

そんなドキドキ、ワクワクした気持ちで埋めた。

ずっと5人は仲良しで一緒だと思ってた。


「掘り出したの?タイムカプセル」


英人が土を枝でツンツンしながら聞いてきた。


「…私、18でここを出て、おばあちゃんのお葬式以外で帰ってきたことないから」


「そっか」


なんというべきかわからなくて、沈黙の時が流れる。

木々が風に揺れる音と鳥の鳴き声だけが聞こえる。


「信じてくれた?」

「…うん。見た目も英人だし」

「亜理沙は大人っぽくなったね」

「大人っぽくって、もう33だもの。おばさんだよ」

「そんなことない。綺麗なお姉さんって感じだよ」

英人の見た目は18歳の時のままだ。

「ねぇ、タイムカプセル掘り出そうよ。みんなでさ」

「みんなか…」

どう返事すべきか迷っていると、「どうしたの?ケンカでもした?」と心配そうな顔でこちらを見てくる。

「ケンカはしてないよ」

「じゃあどうしたの?」


英人の優しい瞳に見つめられると昔から私は嘘をつけなかった。

辛いこと、悲しいこと、悩んでること、何でも話してしまう。


「実はずっと連絡とってないんだ。藍と武史の結婚式も行かなかったし」

「え!あの2人結婚したの?」

「うん。小学生の時から両思いだったしね」

「マジ!?」

「気づいてなかったの?」

「全然!えぇーマジかー」


ショックそうにしている英人が面白くて少し笑ってしまう。


「亜理沙は、笑顔が似合うね」


「…ありがと」


「まぁ今日は暗くなってきたし、明日会いに行ってみよ?一緒に行くからさ」


子供の頃、藍と喧嘩した時も同じように、仲直りに付き合ってくれた。

「英人は変わらないね」

「亜理沙も変わらないよ」

「私は…どうだろ…」

どう言うべきか悩んでいると、鼻に何かが触れた。


「雪だ」

白い雪がふわふわと降ってきている。


「綺麗」


「亜理沙、帰ろ」


英人が手を差し出している。

そっと手を重ねた。

やっぱり英人の手は冷たい。

でもなんだか温かいような気持ちになった。


夜空に浮かぶ綺麗な月が2人を照らしていた。


□■□


「おはよ」

英人が欠伸をしながら、リビングに入ってきた。

死んでいるようには見えない。

「おはよ」

あの後英人はそのまま亜理沙の家にやってきて、普通に布団に入って眠っていた。

幽霊が食事するのかわからなかったが、朝食は準備してみた。

「美味しそう」

英人は嬉しそうに席に着くと、ご飯を食べ始めた。

「美味しい?」

「うん。すげぇ美味い」

「良かった」

亜理沙も味噌汁を飲んでみる。

口の中に味噌と野菜の甘みが広がっていく。


「朝ごはん食べたら、武史と藍のとこに行こう」

「…うん」

気は進まないが、断ったら英人が悲しむ気がして、断るなんて出来ない。


朝食を食べて着替えると、外に出た。

外は薄らと雪が積もっている。

歩くとジャリジャリと音がして、泥が跳ねる。

「寒いね」

「うん」

武史と藍の家は、ここから歩いて20分ほど先のところにある。

人は少なく、亜理沙と英人の歩く音だけが響いている。

「ここだ」


相澤と表札が出ている。

庭には三輪車が置かれ、小さな服がゆらゆら洗濯されて揺れている。


「子供いるんだ」

英人はびっくりしているようだ。

「結婚してもう5年は経ってるもの」

インターホンに指を伸ばすが、指が震える。

英人が亜理沙の手を握って、ポチッと押した。

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