Ⅳ 天使との対話

「では、あなたは私の力を使って悪魔達を使役したいのですね?」


 ところが、我が聖守護天使はなんとも心外で不愉快なことを言ってくる。


 しかし、それも『術師アヴラメリンの聖なる魔術書』の性質を考えると致し方ないことなのかもしれない……この書は本来、聖守護天使の加護によって悪魔を支配し、思い通りに操るためのものなのである。


 だが、我はそんな欲得に塗れた、悪魔の力に頼るような非道を行うつもりはない……我が聖守護天使に望むものは、もっと高尚な願いなのである!


「否! 我は悪魔の力になど頼らぬ! 我が望むのはむしろその悪魔の力を消し去ること! 魔導書の召喚魔術によって不自然に付与された、神に唾吐くが如き悪魔の力をすべて無きものにしてほしいのです!」


 私は声を大にして、天使の問いにきっぱりと反論する。


「ほう。己が聖性を高め、私の加護の力を最大限にまで引き出すことができれば、四柱の上位君主であるルシフェルもレヴィアタンもサタンもベリアルも、八柱の下位君主であるアスタロト、マゴト、アスモデウス、ベルゼブブ、オリエンス、パイモン、アリトン、アマイモンをさえ使役することがかなうのですよ? なのに、あなたはそれを望まないというのですか?」


「やめてくれ。かような邪悪の権化どもを欲する背徳的な輩と一緒にしないでくれ。我が望みはただ一つ! 悪魔の影響など存在せぬ、清浄なる神の王国をこの地上に建設すること……そのために聖守護天使の加護を与えて欲しいのです!」


 まるで彼こそが悪魔の如く、なおも我が守護天使は悪魔の力を利用するよう誘惑してくるが、我は迷わず一蹴すると、改めて真の望みを強く主張する。


「なるほど。あなたは神への信仰心がそうとうにお強いようですね……よろしいでしょう。あなたに私の加護を与え、悪魔の力を無効化してさしあげましょう」


 すると、岩よりも硬い我が信仰心を認めてくれたのか、ようやく天使は色良い返事を返してくれる。


「ま、まことですか!」


「ただし、この世に存在する悪魔の力をすべて一瞬で消し去るようなことは不可能です。それは悪魔の軍団と全面戦争するようなもの。全天使を総動員してもできるかどうかは疑わしいでしょう」


 しかし、天使の言葉にはまだ続きがあった。しかも、我が歓喜をぬか喜びにするような内容だ。


「そ、そんな……」


「私にできるのは個別に指定した悪魔の力をその都度消滅させるくらいのこと。ですが、個々にならば刹那のうちに成し遂げることができるでしょう」


 希望的観測というものか、少々展望が甘かった……どうやら、我が願いの成就は条件付きであるらしい……。


 ……が、それでも別によいではないか! 一度のことですべてを成そうなどとは随分と虫のよい話だ。


 時に異端や悪魔の狡猾な罠と闘い、時にその壮絶な死を以て正しき信仰の道を示し……〝はじまりの預言者〟たるイェホシアと、それに続く歴代の聖人達も皆そうであったかのように、努力なくして神の王国の建設などできるはずがないのである!


「それでも構いません! 個々にしか悪魔の力を消し去れないのならば、我がこの手で一つでも多くの悪魔を日々葬り去ってやるのみ! どうか我に加護を与え、この地上に神の王国を造るお手伝いをさせていただきたい!」


 聖守護天使の付けた条件に、我はむしろ不屈の信念と不朽の信仰心を新たにする。


 そういえば、この『術師アヴラメリンの聖なる魔術書』は、呼び出した聖守護天使との対話を重ねることで己が聖性に目覚めてゆくという……それは、まさにこのことなのかもしれない。


「ならば、今後も魂の鍛錬とこの召喚魔術の修行に励み、いつ何時でも容易に私を呼び出せるようになりなさい。さすれば、あなたの望む時、望む場所で望む悪魔の力を消し去ることができるでしょう……そのためには最低でも七日、七回の召喚と対話が必要です。では、今回はこの辺で。また次の召喚の時に」


 私の決意に、聖守護天使は微笑みを湛えて満足げに頷くと、最後にそう告げて徐々に薄く透き通ってゆく。


「はい、無論です。七日といわず、これよりは〝鍛霊〟とともに召喚魔術の実践も日課に入れましょうぞ」


 我も天使の消え去った宙を見上げ、返事をするかの如く独り呟いた。


 ……よし。とりあえずは成功だ。このまま修行を続けてゆけば、我が〝テウルギア〟の力を自在に操ることも可能となるであろう。


 現状知る限り、この大学図書館が蔵する〝テウルギア〟は他に六冊ある。


 即ち、最もよく知られた魔導書、第一部とされた『ゲーティア』と同じ『レメゲトン(※別名:ソロモン王の小さな鍵)』の所収でありながらも、悪魔には頼らない第二部の『アルス・テウルギア・ゲーティア』、第三部の『アルス・パウリナ』、第四部『アルス・アルマデル』、第五部『名高き術』に加え、かの大自然魔術師にして神学者のアグリッパが著した『オカルト哲学』の第四の書と、その付録『へプタメロン』である。


 我が六人の同志達にもそれぞれにこの六冊を与え、各々〝テウルギア〟の力を使いこなせるようになってもらわねばならぬ……そして、その聖なる力によってこの世に蔓延はびこる悪魔の力をすべて打ち消し、ビーブリストのような憎っくき異端どもも撃ち破るのだ!


「…? もうこんな時間か……」


 初めての聖守護天使召喚を滞りなく終え、片付けをして小屋を出てみると、深い藍色だった空は紫がかり、遠く山の端は橙色オレンジに輝き始めている……いつの間にか夜明けが迫るまでに時間が過ぎていたようだ。


「これは、確かにもっと簡便に呼び出せるようにならねば役に絶たぬな……」


 我はそう独言ひとりごちて苦笑いを浮かべると、眼下モン・メルクリの丘の裾野に広がる、白み始めた王都パリーシィスの街を清々しく眺めた。


(Theurgia 〜聖なる魔導書〜 了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Theurgia 〜聖なる魔導書〜 平中なごん @HiranakaNagon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画