Ⅲ 聖守護天使の降臨

 儀式の場に選んだのはあの夏の日、同志七人で誓いを立てた思い出深いモン・メルクリの丘の傍らにある石造りの廃屋だった。


 深夜、廃屋に潜り込むと聖水と乳香で小屋を聖別し、『術師アヴラメリンの聖なる魔術書』の記載に則り、即席の祭壇を作って儀式に挑む。


 祭壇の上には我らがプロフェシア教のシンボル〝神の眼差し〟──大きな一つ眼から放射状に放たれる光をかたどった黄金色の鋳物が、二つの燭台とともに置かれている。


 プロフェシア教の典礼ではないにしろ、聖なる儀式であるのに変わりはない。服装も普段の黒い平服ではなく、純白の祭服に着替えた。


「──霊よ! 聖守護天使よ、現れよ! 偉大なる神の徳と、知恵と、慈愛によって! 我は汝に命ずる!」


 そして、祭壇の前に立った我は古代イスカンドリア語の文字列が記された、例の四角形の護符を頭上に掲げ、厳かに、だが声高らかに召喚の聖句を唱える。


 我の足下の石床には、他の魔導書の召喚魔術のように異教的な魔法円が描かれることも、また、悪魔の印象シジルを刻んだ金属円盤ペンタクル魔法杖ワンドなどを手にとることもない……そこがまた、この〝テウルギア〟たる『術師アヴラメリンの聖なる魔術書』の素晴らしいところだ。


「…霊よ! 聖守護天使よ、現れよ! 偉大なる神の徳と、知恵と、慈愛によって! 我は汝に命ずる……ハッ!」


 方形の護符を掲げながら、どれだけ聖句を唱えた時のことだろう。いよいよ我が身体に変化が起こり始める……。


 我が胸から眩い球体が浮き出たかと思うと、それは眼前で徐々に人の形へと変化してゆき、いつしか神々しいオーラを纏った天使の姿を現したのである。


 古代イスカンドリア人のような白い長衣を身につけ、背中には黄金に輝く大きな鳥の翼、同じく金色をした巻き毛の長髪の上には天使の輪が輝き、瞳はサファイアのような美しい青色をしている……美男子とも美女とも捉えられる容貌をした、いかにも典型的な天使である。


 まさに神の与え賜うた奇蹟。我が願いに応じて、聖守護天使が顕現されたのだ!


 聖守護天使はミカエルやガブリエルなどのいわゆる〝天使〟とは少々異なり、なにもどこか別の場所からやって来る他者ではない。


 それは、その者の魂の最も神聖な部分……すべての人間が生まれる際、その魂に神が分け与えし聖霊であり、即ち神の分霊ともいえる存在なのだ。


 そして、その聖霊は魂を鍛錬することによって、より高次なものへと精製されてゆく……ゆえに〝鍛霊〟を常日頃行っている我の聖守護天使は、かようにも美しく、かようにも神々しいオーラを纏っているのであろう。


「アグノティオキス、なぜあなたは私を呼び出したのですか?」


 祭壇の上方にふわふわと浮いている我が聖守護天使が、なんとも涼やな耳触りの良い声で尋ねる。


「聖守護天使よ! よくぞ現れてくださいました! どうか我にその聖なる力をお与えください! 異端と邪悪に満ちたこの世に神の教えを取り戻すために!」


 天使のその問いに、我は幾分緊張しながらも思いの丈を大声で叫んだ。

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