第4話【冒険者の酒場】
俺は酒場のほうに向かって歩みを進めた。すると酒場の入り口横に痩せこけた老人が膝を抱え込みながら座り込んでいた。
頭がボサボサ。伸びてる髭もボサボサ。身なりも汚い老人はどうやらホームレスっぽい。社会の縮図って奴は、どこの世界でも存在するんだな。
「あ〜あ……。俺も最終的には、こうなるのかな……」
そのホームレスはまるで俺の未来を予見させる存在だった。右も左も分からない異世界に裸一貫でほうり出されたのだ、最悪の予想だって頭を過る。
しかも外国人からしてみれば平和で治安が良い日本から飛ばされてきたのだ、俺なんかがサバイバル同然のワイルドな荒々しい異世界で生きていけるのであろうか。それがメッチャ心配だった。
「いやいや、ここは強く心を引き締めよう。始まる前から諦めたらゲームは終了だ。そんな事を安西先生も言ってたような気がする」
俺は表情を引き締め直すと酒場の扉を開けて店内に進む。
すると店内で騒ぎながら酒を煽っていたお客たちが静まり返って視線を俺に向けた。お客たち全員の視線が俺に集まり静かになった。
店のマスターもカウンターの奥で固まっている。いくつものジョッキーを一度に運んでいたウエイトレスさんも目を丸くして足を止めていた。
数秒間の沈黙。その沈黙を破るかのように全員が一斉に俺の全裸を見て笑い出した。高笑いに店内が揺れる。大爆笑だった。
「ガッハッハッハッ。なんだよこの兄ちゃん。全裸だぞ!」
「わっひゃひゃ。どうした兄ちゃん、追い剥ぎにでも遭ったのかい?」
「こりゃあ、傑作だぜ!」
「可愛いプリケツしてんな〜。わっはっはっ!」
豪快な笑いが店内のあちらこちらから飛んで来る。店内の奥でツルッパゲの店主も笑いながらテーブルカウンターを叩いていた。ウエイトレスの娘さんだけが顔を赤くさせながらあたふたしている。
「わっひゃひゃひゃ!」
「ぐはははははは〜!」
「わっはっはっはっ!」
全員が笑う中で俺は俯き溜め息を吐いた。
「まあ、仕方無いよね。俺だって全裸の野郎が突然にも現れたら笑ってまうわ……」
俺は深呼吸の後に店内に響くように声を張る。
「すまんが、どなたか、服を一着、恵んでもらえないだろうか!?」
俺は丁寧に懇願したつもりだったが瞬時に回答が返ってきた。しかも、すべての客が声を揃えて回答したのだ。
「「「「「断る!!」」」」」
「ですよね〜……」
予想通りの回答の後にお客たちは笑いながら再び酒を飲み始めた。やがて俺を無視して各々の話に花を咲かせ始める。どうやら全裸の来訪者には早くも飽きたらしい。
「ちっ、この世界にはケチしか居ないのかよ……」
俺は呟きながら壁に掛けられた掲示板に歩み寄った。その掲示板に仕事の依頼書が何枚か貼られている。冒険者用の掲示板なのだろう。
「んん〜っと……」
俺が掲示板を眺めているとお客の一人が平手で俺の尻をパチンっと叩いた。
「いいケツしてんな〜、坊主!」
「こらこら、勝手に尻を叩くな。踊り子には触れないでください。お金を取りますよ〜だ」
「だ〜れが、金なんて払うか!」
「ちっ、なら触れるなよな」
俺は舌打ちを溢した後に掲示板の依頼書を再び眺めた。そこには異世界の初めて見るような謎な文字が書かれていた。
ひらがなやカタカナでもない。漢字でもない。アルファベットでもなかった。しかし、何故か俺には謎の文字が読めたのだ。
「字が読めるな……」
そうなのだ。異世界で未知の文字なのに俺には読めた。そう言えば、異世界の言葉も喋れている。
これが異世界転生者の特権なのだろうか。女神様の話をちゃんと聞けなかったので細かいルールが良くわからんのだ。
「まあ、どうにでもなるだろう。行き当たりばったりも悪くないさ」
呑気な俺は掲示板に貼られた依頼書から一枚を選んで剥ぎ取った。それを持ってカウンターの店主の元に進む。
依頼書の仕事内容は近隣の森から薬草を集めてくる仕事である。モモシリ草たる薬草を5キロ採取すれば良いらしい。戦闘などが無いだろう仕事ならば全裸の俺でも受けられそうだから選んだのだ。
「なあ、この依頼を受けたいのだが」
そうハゲ坊主の店主に話し掛けると店主は必死に笑いを堪えながら受け答えてくれた。俺の哀れもない姿がツボらしい。
窓から差し込む日差しでツルッパゲがキラリと輝く。店主のオヤジは笑いを堪えながら言う。
「兄さん、この辺で見ない顔だが冒険者ギルドのメンバーかい?」
「いや、メンバーじゃあない。初見だわ……」
俺はボリボリとチンチンを掻きながら答えた。
「それじゃあ、仕事は受けられないぜ。まずはメンバー登録からだ」
「どうやったら登録できるんだ?」
「簡単さ」
「教えてちょんまげ」
「それよりキャンタマを掻きむしるのをやめれ」
眉間に皺を寄せながら店の店主はカウンターの下から羊皮紙の書類を取り出した。
「ここに名前を記入しな。それと300ゼニルを納めてもらう。それで冒険者ギルドに入れるぜ」
ゼニルとは通貨単位だろう。300ゼニルが以下ほどの価格なのか分からないけれど、文無しの俺には知ったこっちゃない。
「お金を取るのかよ」
「当然だろ。こっちだっで生活が掛かってるんだ。ボランティアで面倒臭い冒険者ギルドの受け付けなんてやってられるかよ」
「まあ、当然だな。だが、見てもらえれば分かるように俺は文無しだ。金は一銭も持っていない」
「だろうな、全裸だもんな」
「なのでお金の代わりに俺のチン毛300本で登録料の代わりにならないか?」
「なるか……」
「ケチ」
「ケチちゃうわ」
「ハゲ」
「誰がハゲじゃ。お前の髪の毛を全部毟るぞ」
「それじゃあ、こう言うのはどうだろうか」
「なんだ?」
「俺がこの薬草採取の依頼をこなしてきたら、その報酬で登録料を払うってのでどうだろうか。つけってやつだぜ」
依頼書に書かれている報酬は450ゼニルだ。この依頼をこなせば登録料も払える。残った150ゼニルで安い服ぐらいなら買えるかも知れない。
「あ〜、それならいいぜ。仕事が終わったら直ぐに払ってもらえるなら問題はない」
「話が分かるね〜、マスター。助かるよ〜」
「だがよ、モモシリ草を5キロも採取するんだぜ。持ち運ぶ籠だって要るし、鎌だって必要じゃないか?」
「その辺は無いのだから人間力で何とかするよ。根性の見せどころだ」
「根性も良いが、なんだったら背負い籠を貸してやってもいいぜ」
「マジか!?」
「ただし、レンタル料金が掛かるけれどよ」
「なぬっ!」
「籠のレンタルが一日50ゼニルだ。これも後払いで構わないぜ。ただし、無くしたり壊したら弁償だからな」
「た、助かる……」
足元を見られている。しかし、文無しの俺からしたら、それでもありがたい話であった。籠が無ければ5キロの雑草なんて運べないだろう。
「交渉成立って事でよろしく」
「おうよ」
俺はカウンター越しに海坊主のようなマスターと握手を交わす。このハゲが見てくれよりも優しいオヤジで助かった。マジでラッキーである。
「あの〜、鎌も借りたいんだけれども〜」
「刃物は貸せねえな〜」
「ケチ、ハゲ……」
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