第5話【望まない情報】
酒場のマスターと薬草取りの依頼と籠のレンタルを契約した俺は、二人で店の裏側に来ていた。これから籠を借りるところだ。
酒場の裏側には小さな庭があった。畳にしたら二十畳分ぐらいの広さである。
そして、納屋のようなところに入って行く酒場のマスター。しばらくするとボロボロの背負い籠を持って出てくる。
「この背負い籠を貸してやるぜ」
「なんだよ、ボロボロじゃあねえか……」
竹で作られた背負い籠は何箇所か穴が空いてボロボロだった。背負う紐もクタクタである。これに物を入れて運べるのだろうかと心配になってくるほどに傷んでいた。
「これで5キロの薬草を無事に運べるのか……?」
「無いよりはマシだと思うぞ」
「それはそうだけれど……」
「嫌だったら貸してやらんでも構わんのだ。どうするよ?」
「いけずな事を言うなよな、オヤジ……」
「まあ、借りられるだけマシだと思って頑張ってこいや」
バシンっと大きな手で俺の背中を叩いて気合いを入れる酒場のオヤジはいかつい顔を微笑ましていた。その笑顔から悪い人ではないと分かるが少し厳しいのではないかとも思えた。
そのような中で裏庭に干された洗濯物の数々が目に入る。物干し竿に袖を通して干されている洗濯物が微風に煽られ揺れていた。その洗濯物の中に女性物のスカートなども混ざっている。たぶん酒場のウエイトレスさんの物だろう。
その洗濯物を見つめながら俺は真剣な眼差でパンツなどが混ざっていないか念入りに探して見た。しかし、それらしき乙女の羽衣は見当たらない。残念。
俺は干された洗濯物を物欲しそうに眺めながら言う。
「なあ、オヤジさん。服を恵んでくれよ」
「それは駄目だって言っただろ」
「じゃあ、娘さんの服でいいからさ。あのスカートはさっき酒場でウエイトレスさんをやっていた娘さんの物だろ」
茶髪のポニーテールでスマートなスタイルだけれども出るところは出て締まるところは締まっているプロポーションが良い娘さんだった。年齢も俺と同じぐらいだったし、俺の全裸を見て赤面している表情も可愛かった。結構タイプである。
酒場のマスターが眉間に深い皺を寄せながら言う。
「可愛い俺の娘の洋服を貴様のような変態に暮れられる訳が無いだろう。ザケルなよ」
「洋服が無理なら下着だけでもいいからさ。くれよ〜」
「女性物の下着を貰ってどうする?」
「嗅ぐ!」
「嗅ぐだけか!?」
「そして、舐める!」
「舐めるなよ!?」
「更に最後には、穿く!」
「そこまでするか!?」
そこまで話が盛り上がったところで酒場の裏口から可愛らしい怒号が飛んできた。それと同時に鋭利なフリスビーのようにお盆が飛んで来る。
俺の後頭部にお盆がパコーンと命中した。視界に星々が煌めく。
「いたぁぁああああ!!」
「ちょっとお父さん。何を如何わしい相談をしているのよ、この変態!!」
どうやらお盆を俺の後頭部に投げつけてきたのは酒場のウエイトレスさんのようだった。鬼の表情でプンスカと怒っている。
そして、怒鳴るだけ怒鳴った娘さんは力強く扉を閉めると店内に戻っていってしまった。
「可愛い娘さんなのに気が荒いんだな……」
「だから今だに嫁の貰い手が居なくってね」
「なんだったら俺が貰ってやろうか?」
「それだけは絶対に断る」
「ケチ、ハゲ」
「いいから早く薬草取りに行ってこいよ。日が暮れるぞ!」
こうして俺は追い出されるように薬草取りに出て行った。
そして、酒場の正面をボロ籠を背負いながら全裸で離れようとした俺の背後に声が掛けられた。振り返って見ると酒場からウエイトレスさんが駆け寄ってくるところだった。
長いスカートに白いエプロン姿の娘さんは形の良い乳を揺らしながら走り寄ると心配そうに言う。
「あなた、本当に裸で森に入るの。死ぬ気なの?」
「ありがとう、心配してくれるんだ」
「心配なんてしてないわよ……。でも、森にはカンニバルベアが沢山住んているのよ」
「カンニバルベアって?」
「人喰い熊よ。人ばかり襲って食べている獰猛な大熊よ。それが何匹も徘徊しているの」
「マジで!?」
「だから薬草取りって言う簡単な仕事なのに報酬が450ゼニルも支払われるのよ」
「な、なんだよ。危険な仕事じゃあねえか……」
「そうよ、危険なのよ。それを武器も持たずに全裸で挑むなんて命知らずにもほどがあり過ぎるわよ」
「こわ〜……」
知らなければ良かった。知らなければ危険ではなかっただろう。カンニバルベアの存在を知らなければ恐れるに足らなかったのにさ。この娘さん、本当に要らないお節介を焼いてくれたものだ。
まあ、知ってしまったからにはどうにもならない。そこに危機が潜んでいようとも挑まなければ話にならないのだ。
俺は挑むしか無いだろう。何故ならこのまま一生を全裸で過ごす訳にも行かないからだ。
いや、別に全裸でも問題はないのたが、全裸では女の子にモテない。モテないのは流石に辛い。
だから俺には銭が必要なのだ。最低限、服を買うだけの銭が必要なのである。それが、モテるための第一歩だろう。
「お嬢さん、心配してくれてありがとう。お礼に生きて帰ってこれたら結婚しよう。約束だからね」
「な、なんで私が貴方と結婚しないとならないのよ!」
「それじゃあ見送りのキスを頼むぜ。むちゅ〜〜ん」
俺が瞼を閉じて唇を尖らせると、その顔面を目掛けてウエイトレスさんのフルスイングパンチが飛んで来る。その鉄拳は俺の顔面中央に5センチほど減り込んだ。ミシッと鈍い音が頭蓋骨に響く。
「なんで私が変態にキスしなければならないのよ!」
拳を全力で振り切ったウエイトレスの娘さんは赤面しながら走り出した。店内に戻っていってしまう。左右に揺れるポニーテールの後ろ髪が可愛らしかった。
「良い奴、良い奴。惚れてまうやろ♡」
俺の鼻から大量の血が滝のように流れ出ている。それを見て周りの通行人がドン引きしていた。
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