第3話【ストーリーのスタート】

 全裸の俺は道沿いをなぞるように町に向かって歩き出す。靴も無しに歩む足裏が少し痛かったが気にしていても仕方がない。俺は小石を避けながら歩き続けた。


 そして、町に近づくにつれて旅商人だと思われる人々と多くすれ違った。


 大きな荷物を背負う者。荷馬車で荷物を運搬している者。荷車を引っ張る者。野菜を両脇に抱えて歩く者。様々な人とすれ違ったが、誰もが全裸の俺を哀れな眼差で見て居るだけで近寄っても来ない。俺が視線を向けると逃げるように目を逸らす者ばかりだ。


「やはり全裸は軽蔑に値するのかな……」


 視線が冷たい。だが、服がないのだからどうにもならない。どうせ哀れむならばパンツの一枚ぐらい恵んでもらいたいものである。しかし、誰もが俺を怪訝な表情で見ながら避けて行く。


「冷たいな〜。親切心を持ち合わせている野郎は一人も居ないのかよ。ギブミーおパンツ!」


 完全に施しを諦めきった俺がトボトボと歩いていると背後から男性に話し掛けられた。立ち止まった俺が振り返ると太ったオッサンが立っていた。


 頭にはターバンを被り、白い顎髭を蓄えたオッサンは四十歳は超えていそうな感じだった。太っているせいか割腹が良く見える。


「兄さん、どうしたんだい。追い剥ぎにでも遭ったのかい?」


「いや、これは何と言いますか……」


 まさか本当の事は言えないだろう。今さっき異世界転生して来たばかりだから全裸なんですって言っても信じてもらえないと思う。だから嘘を語る事にした。


「ちょっと服を洗濯した後に木の枝で干しながら川で水浴びをしていたら通りすがりの泥棒野郎に持ち物すべてを盗まれてしまってね。それで全裸なんですよね〜」


「それは大変だったね」


 オッサンはニコリと微笑む。


「あの泥棒野郎が俺の下着をスーハースーハーしていない事を祈るばかりだよ」


「もしも服が必要ならば、私が何着か持っているから売ってあげましょうか?」


「すんません、俺は文無しだ。お金も持っていないんだよ。それどころか何も所有物を所持していないんだわ」


 そうなのである。金品は何も無い。どうせなら女神様から初期装備としてパンツとブラジャーぐらい貰っておくべきだった。女神様の使い古しでもいいから下着が欲しい。失敗である。


「それじゃあ〜さ〜」


 そう言いながら全裸の俺を爪先から頭の天辺まで嫌らしい眼差で舐め回すように物見するデブオヤジ。目尻を垂れ目に歪ませながら俺の玉のような肌をスケベそうに眺めていた。特に股間は念入りにも嫌らしく観察している。


「お金が無いなら体て払ってもらっても構わないよ〜」


「い、いや、結構です。俺のほうは、そう言うのをやっていませんから……」


 狼狽える俺の様子を見てデブオヤジは更にねちっこい口調で提案してくる。


「ほほう。もしも初物ならば報酬は弾みますけど。どうかね、服だけじゃなくて、食事とかも一緒に食べないか。なんならしばらく一緒に暮らすのだって私はやぶさかじゃあないよ〜」


 デブオヤジの口から涎が垂れていた。なんだか頬もほんのり赤い。ガクガクガクっと俺の背筋が凍り付いた。


「いやいやいや、マジで間に合ってます!」


 俺は必死にデブオヤジの提案を全力で断った。ここで丁寧に断っておかないと俺のお尻がガバガバに改良されてしまうとビビリながら拒否する。


「そうかね、それは残念だ。じゃあまた」


 そう言うとオッサンは全裸の俺を追い越して先に進んで行く。身売りもしない美少年には興味が無いようだ。


「や〜べぇ〜野郎に声をかけられてしまった……。マジで怖かったわ〜……」


 どうやら全裸も人から避けられるようだが、文無しも誰からも相手をされないらしい。近寄ってくるのは変態ばかりのようである。


 この世界では貧困も罪のようだ。世知辛い世の中である。


「さて、町を目指すか……。なんか、どっと疲れたな……」


 そんなこんなで来る人からも行く人からも避けられながら町の入り口にまで俺は到着した。


 防壁の入り口には門番だと思われる兵隊さんが二人ほど立っていた。鋼の鎧を纏いヘルムを被っている。手にはハルバードを付いており、腰の鞘には剣も刺していた。完全にファンタジーで見られる戦士の風貌である。


 そのような戦士たちが俺を冷ややかな眼差で見つめている。全裸の俺を警戒している様子だった。


 俺は無言のままに足を進める。何もなかったかのように街の中に入っていこうとした。しかし、門番の二人に行く先を塞がれる。門番二人がハルバードを横に向けで俺の前で☓の字に重ねた。


「貴様、なぜに全裸だ?」


「旅の途中で追い剥ぎにでも遭ったか?」


「まあ、そんなところですわ〜」


 取り敢えず嘘を付く。しかし門番たちの追及は続いた。


「何処で何人の野盗に遭ったのだ。もしも頻繁に事件が起きるのならば討伐せねばならない。故に話を聞かせよ」


 俺は再び嘘を付く。


「賊は三人、1キロほど先で襲われましただ」


 ちょっと田舎者っぽく話してみた。


「なるほど。それは不幸だったな。しかし命だけでも助かったのだ、それを幸いだと考えて神に感謝せよ」


「はいはい、女神様に感謝しますだべさ……」


 言いながら俺は二日酔いに苦しむ女神様の顔を思い出していた。あんな女神に感謝なんて出来ないだろう。いくら美人でもゲス野郎では信仰の対象としては見る事が出来ない。どうせ信仰するならセクシーで清楚な女神様を拝みたいものである。


「よし、通っていいぞ」


「あーりが〜とさ〜ん」


 それから俺は町の中に通された。横向きに歩く坂田師匠ステップで先に進む。そんな俺を可哀想な者でも見るかのような眼差で門番二人が見送っていた。


「異国の住人は頭が可笑しいのか……?」


「彼奴だけが異常なんだろ。まあ、関わるな。俺たちは俺たちの仕事に励むぞ」


「そ、そうだな……」


 幸運である。全裸の上に文無しても入場は出来るらしい。通行料を取られなくってラッキーであった。


 それにこの町にはわいせつ物陳列罪のような馬鹿げた罪状は無いらしい。俺のような全裸ボーイには優しい町である。


「結構、住人が多いな」


 住人の往来が激しい町の中央通り。多くの露店が並んでいて大変賑わっていた。活気溢れる商人たちの声が飛び交っている。


 しかし、俺が歩いていると人々が避けて行く。まるでモーゼの十戒だ。それだけ俺の全裸が神々しいのだろう。照れてしまう。まいっちんぐだ。


「さてさて、どうしたものかな〜」


 服も無い。銭も無い。人脈すら無い。頼れる友も居ない。帰る家も無い。これは行き詰まったぞ。


 これが地元だったら仲間の家を訪ねてジャージの一着でも借りれば解決なのだが、ここはどこの世界かも分からない異世界だ。全裸のままでは手の打ちようもない。いや、全裸だからこそ手の打ちようがないのだ、詰んでしまう。


「最低限の服や金が必要だな。どうするべ」


 ならばと俺は周囲を見渡す。すると酒場の看板を見つけた。


「酒場か〜。まずは定番通りに酒場に立ち寄ってみるか。何かイベントでも発生するかも知れないしな。まあ、それに賭けてみるか」


 異世界ファンタジーで冒険者が一番最初に立ち寄るのが冒険者の酒場である。そこで情報収集を行うのが定番だ。ここは定番に乗っかって見ようと思う。


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