リベンジマッチ売りの少女

入谷慶

第1話

 降り注ぐ雪が街灯の明かりに照らされる寒々とした冬の夜、マリアは、興行主の事務所の前に立っていた。

 ガラスのドアには彼女の小さな姿が映り、その向こうには暖かそうな室内が広がっている。彼女は両手でドアを押し開き、中へ足を踏み入れる。


「お願い、ホセのリベンジマッチを開いてください!」


 彼女の声は、事務所に響き渡った。しかし、興行主の答えは冷たかった。


「ホセは惨敗の末にむざむざと引退した。そんな選手のために金は使えない」


 涙がマリアの目に滲むが、彼女はそれを手で拭うと、心を固めた。


「それなら、私がお金を集める!」


 マリアは一度家に戻ると、再び雪が降り積もる外へ出て町を歩き始めた。彼女はチケットの入った箱を片手に、もう一方の手には自作のチケットを持つ。そのチケットには「ホセのリベンジマッチ」の文字が力強く書かれていた。


 彼女の息は白く立ち上り、凍てつく風が頬を刺す。けれども、マリアの目には、強い決意が燃えていた。


「パパは絶対にリングへ戻ってくるんだ。そうしてみんなが強いパパを見て、また前みたいに応援するようになるんだから」


マリアの声は、街の静けさを破って響く。彼女はどこへ行っても、誰にでも訴えかけた。


「リベンジマッチはいかが。ホセのリベンジマッチはいかが」


 始めは関心を持たれず、冷たくあしらわれていたマリアだが、彼女の純粋さと輝く瞳はやがて人々の心を動かし、次第にチケットは売れていった。


 夜空に舞う雪のように、町の人々の支援が集まってくる。マリアは、チケットの箱を手に、知らない人からも励ましの言葉を受ける。彼女の行動は、町全体に広がり、多くの人々がホセの再起を応援するようになっていた。

 

 マリアの純粋な願いと町の人々の温かさは、失意に沈んでいたホセの心も徐々に溶かしていった。

 無様に敗れてリングを去り、生活のために工場で働く毎日。

 彼は鏡を見るたびに、自分が死んだような気がしていた。

 だが、マリアの笑顔と町の期待が、再び彼の中に闘志の火を灯した。


「もう一度戦おう」


 ホセは、埃をかぶっていたグローブを引っ張り出す。そのグローブには栄光と転落、両方の思い出が詰まっていた。

 そして彼はトレーニングジムの扉を開けた。そこには、かつて現役だった頃の友人やトレーナーがいた。マリアの笑顔を胸に、ホセは彼らの協力を得て再びトレーニングを始めた。


 毎日のトレーニングは辛く厳しいものだった。体が悲鳴を上げ、心が折れそうになるたびに、ホセはマリアの声を思い出す。「パパ、がんばれ!」それが彼を立ち上がらせる力だった。


 そうしてついに、リベンジマッチの日が来た。会場はマリアが集めたチケットで満員。観客の声援は、かつてホセが感じたことのないほどの暖かさに満ちていた。マリアはリングサイドにいて、きらきらと輝く瞳で父を見つめていた。


 試合が始まるが、ホセは動きが鈍く、相手の攻撃に苦しんだ。だが、彼の耳には観客達の歓声に混じるマリアの声が確かに聞こえていた。「パパ、がんばれ!」その声が、彼の心に力と勇気を注ぎ込んだ。


 最終ラウンド、ホセは全てを出し切った。疲れ果てた体から、最後の力を引き出すかのように、彼は相手の隙をついて見事な一撃を放つ。観客が大きくどよめき、そして歓声が会場を包む。ホセは勝利を収め、リングの上に倒れ込んだ。


 涙が自然と流れ出す中、ホセは立ち上がり、マリアをリングに上げた。彼女の小さな手を握り、その温かさに感謝の涙を流す。


「ありがとう、マリア。お前のおかげだ」


 マリアもまた、涙を流して喜びながら父に抱きつく。


「パパが勝った!やっぱりパパはすごいんだ!」 

 

 その日、ホセは勝利だけでなく家族の夢と地域の人々との絆をも掴み取り、見事に再起を果たしたのだった。

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リベンジマッチ売りの少女 入谷慶 @iriyakei028

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