第11話 キスとカモミール
「という訳で」
パッと、両手が離れていった。
あ……。安心しないといけないはずなのに、なぜか、名残惜しさを感じてしまう。
「俺みたいな半分不審者でしかない殺人鬼予備軍みたいな悪魔族の男を、お家に、夜中に、簡単に入れないで下さい。ここは、シティ・アレスナ。皆が知り合いの安心安全な田舎じゃないんですよ」
「……う、ううー」
「こんな事を繰り返してたら、いつか死にますよ。俺じゃなかったら、強姦されます。両方って事もありえますよ」
「…………」
うつむいてしまう。
「えっと……」
言いたい事がある。
ジェイデンさんが、気まずそうに、こちらを伺うように声をかけてきた。
「大丈夫ですか?」
「あのっ」
「はい……」
「きすは、けっきょく、その……しないんですか……?」
ドキドキしてしまう。恥ずかしくて、目元がうるんできた。
「…………。は?」
あ、しまった、怒ってる。
「危険人物に、夜中に家に上がられて、こんな事されて怖くないんですか? 別に俺、暴力にしか一切興奮しないとは、一言も言ってませんよ。普通の行為も、しようと思えばできるんですよ……?」
「だって……」
「はい」
「すきだもん……」
「そんな事、言わないで」
「なんで……」
「俺も好きだからです。心配なんですよ」
「ジェイデンさんじゃなかったら、こんな時間に家に入れないもん」
「本当?」
「きす……」
「駄目だよ、お友達なんだから」
「色々言ってるけど、もしかして、私の事、キスしたいほどは好きじゃないんですか……?」
…………。あ、急に部屋の温度が下がった気がする。
「もう帰ります。お邪魔しました」
嫌そうな顔で言われた。
「えっ⁉ 本当にごめんなさい、夜中に呼んで……」
「……そうですね」
「お茶はっ」
「結構です」
あのスーパーの時で見た笑顔。超冷たい、薄い笑み。
嫌われたのかもしれない。
(……ひょっとして、奥手じゃない女の子は、きらいなんですか……?)
「日曜日のデート、楽しみにしています」
こっちを伺うような目で、言われた。目が少し疲れているようだけど、優しい顔だ。
「……ん……」
ふくれっ面になってしまっていると思う。
「変な空気にしてしまってすみませんでした。ミミさんが、危機管理能力があまりにも低いので、この都会で本当に生きていけるのか心配で」
「心配、してくれたんですか……?」
「……、そう、だよ」
「すき……」
うっとりしてしまう。心配なんてお祖父ちゃん以外にされた記憶がない。ましてや彼氏(前提のお友達)に心配されるなんて、はじめてだ。甘酸っぱい! とはしゃいでしまう。
「その顔今すぐ止めて下さい。……じゃあ」
帰ろうとジェイデンさんがターンした瞬間を狙って、ぎゅっと抱きついた。さっきのお返しだ。
「本当に私の事、好きなんですよね……、嘘とか、冗談じゃないですよね」
骨ばっていて、固くて、冷たい体だ。背も高い。あと細い。爽やかな、甘酸っぱい、新鮮な葡萄みたいな匂いがする。
「…………」
ジェイデンさんは、私をやさしく引き剥がした。そして、顔を見つめてきた。何も答えてくれなかった。ただ、少し切なそうな顔をした。
「ミミさん……」
手が、両方の肩に置かれる。
顔が、近づく。
近づいて、止まる。
「キス、したら、うれしい?」
ジェイデンさんが言う。喋るときの息が唇に当たって、それが焦れったい。
「うれしい……よ……」
恥ずかしい。次の瞬間、顔がさらに近づく。唇が、ふに……と私の唇に当たる。そして、チュッ、と音を立てて、私の唇が吸われた。
「――ッ!」
チュ、チュ、チュッ、チュ……と何回もキスを落とされて、私の顔は真っ赤になっていた。
そして、手が離されて、ジェイデンさんが半歩下がり、考え事をするような顔で、彼自身の唇を指でなぞると、なぜか指を少し舐めた。
「な、な、なにして……」
ストン、と、膝から崩れて、座り込んでしまった。
「ハチミツ味。リップクリームですか?」
「あ、は、はいっ……」
直視できない。
「お風呂上がりだったんですね。髪の毛が乾いているから分かりませんでした」
「いい匂いするの、わかりませんか?」
「いつもいい匂いですから」
「…………」
「あー。大丈夫? 立てる?」
いつものような静かな声と、落ち着いた顔で、手を差し出された。
「慣れてやがる……っ」
「何に?」
「女性と、キスに、慣れて……やがるっ……!」
「え? あー。……はは、俺がウブに見えたんですか?」
「も、もっと、こう、奥手なのかなって……」
「何を期待してたんですか? みずみずしい少年少女のようなロマンスですか? 手を繋げば妊娠すると信じるような男に見えますか?」
くすくす、と笑う彼の顔。
面白がっているのが痛いほど伝わってくる。
「だ、だって。私に魅力が無いのかなって。それか奥手なのかなって。普通のキスには興味ないのかと思ってました……」
「お茶、やっぱり淹れてくれますか? ミミさんがあんまり一生懸命なので……喉が、乾きました」
*
「どうぞ!」
「ありがとう、カモミール? いい香りですね」
疲れたような表情で、でもうれしそうにしている。
「近くに寄らないんですか?」
「……うん」
「隣に座っても構わないんですよ」
「だ、だめ……」
「そうですか」
静かにノンカフェインのカモミールティーを、ジェイデンさんがコップを傾けて飲んだ。小さな飲む時にする音がした。
「ひんやりしてて、美味しいね」
「秋だけど、まだ飲めるかなって」
「俺、ホットよりもアイスが好きです」
「ほんと……?」
「美味しいね」
ジェイデンさんが飲んで美味しいと本当に感じるのかは不明だ。だって、これ……。
「スーパーで最安値の……カモミールだけど……お世辞でも……うれしいです……」
「俺、カモミールティー、飲むの初めてなんです」
「そ、そうなんですか⁉ ちょっと待ってて下さい」
*
「これは……?」
私の手には紙箱。紅茶のアソートセット。
「良かったらどうぞ……! 他のも美味しいですよ。えっと、カモミール以外は、蜂蜜と、ジャスミンと、ミルクと、ペッパーと、苺と、アールグレイと、林檎です」
「くれるの? じゃあ、苺と林檎を一つずつ貰おうかな」
「箱で全部どうぞ」
「え?」
聞き間違いかな、みたいな顔をされてますが、聞き間違いじゃないです。
「家に居る時も、ときどき、私の事を、これでも飲みながら思い出して頂けたらいいなって……。きもちわるいですかね……?」
「いえ、大丈夫です。気持ちだけで充分ですよ。また、お家に遊びに来た時に、淹れてくれたら嬉しいです」
「あ、はいっ」
「でもその時は夜中じゃないといいなと思います」
圧のある笑顔だ。
「朝早いので」
圧のある笑顔が、さらに情に訴えかけてくるような困ったような笑顔に変わった。
「ほんとにごめんなさい……!」
「じゃあ、失礼します。お茶ご馳走様でした」
「はいっ」
「もう、寂しくないですか?」
「えっ? さ、さみしくないですよ最初から!」
「本当? もっと色々と、……したかったんじゃないんですか?」
「は、はいっ?」
「ミミさん、顔、真っ赤ですよ。……何を思い出してるの?」
ドキッとさせるような、意地悪な笑いが混じった目で、こちらを見つめてくる。闇色の目を見つめると私の体がふつふつと沸騰してくるように、体温が上がる。顔がもっと赤くなってしまってるんじゃないかと思う。
「今日会えて良かったですよ。じゃあまた、五日後に」
「わっ⁉」
頬を撫でられた。
「可愛いね」
なでなで、と頭を撫でられる。
「きもちいいです……」
そう言うと、片手だったのに、両手で頭をやさしく撫でられる。すごく、優しい触り方だ……。
ていうか……。
「いい子いい子」
手に力、入ってなさすぎだし、顔も引きつってるのですが……⁉
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