第8話 貰った番号、使います

 殺人の捜査官である警察官のジェイデン・レックス・スライミィは、自身が急接近する事に成功した、妖精族の娘について考えていた。

 

 いくら仕事で利用するために、連続殺人犯に協力している関係者複数と近しかった事のある彼女から話を聞くためとはいえ、……そして、セックス殺人の加害者の容疑がかかっている男の末娘と非常に親しいから近寄っただけとはいえ、あんなにぬくぬくと日向ぼっこしながら育った白と桃色のちいさな花のように可愛らしい女性を、いや、娘を、意識するなというのは非常に難しい事だった。

 

 彼女の事を考えるな、なぜ彼女の事を考えてしまうんだ、と思うが、彼女と出会ったのは、今回のおとり捜査で彼女に接近しろと言われる前だ。彼女と初めて出会ったのは、同僚と訪れた猫カフェだった。

 

 二度目は、偶然仕事で寄る事になった家に行く前に、そこの家に子供が居るので、口の固い親の目の届かない所で小学生くらいの子供に餌付けして、いろいろと知っている事を教えてもらうために、チョコレートやキャンディを買おうと思い立って、寄った職場に近いコンビニだった。

 

 意識の外に彼女を追い出そうとすればするほど、彼女の事ばかり考えてしまい、ジェイデンは翻弄されていた。

 

 しかし、仕事は仕事だ。きちんとこなさなくては。

 

 せっかく渡してくれた電話番号とメッセージアプリのIDだが、少しばかり悪用させて貰います……とジェイデンは思った。

 しかし、こうも簡単に彼女が自分を信用して、個人情報を渡すなんて、と思った。口元がニヤける。表情筋を使っていつものように感情を表出させないように、無理にその笑みを抑えようとしてもニヤけてしまう。


(こんなに俺の事、信頼してしまうなんて、貴女は愚かな妖精さんなんですか……? それとも、恋というのはやはり、実験と統計情報がそう示すように、我々高等動物の判断能力を低下させるんでしょうか)


(常識で考えれば、殺人要素のある映画を観る事が趣味で、バイオレンス描写と監禁描写やサイコホラー映画で間接的および直接的に快楽にふけるような男なんか、……それも、心理学と精神医学に精通した同僚と親しいかもしれない殺人捜査官の男なんかに、自分の電話番号とメッセージアプリのIDを渡すなんて自殺行為って分かると思うんだけど……)


(警官だから信頼してくれたのかな? でも、本当に俺は捜査官ですけど、貴女はまだ、警察手帳も見てないし、署に確認の電話だって入れてないし、警察バッジも見ていないのにね……。それに、これは仕事ですけど、だってほら、こんなふうに……電話番号とメッセージアプリのIDのプロフィール欄に紐づけされてるメールアドレスをたどるだけで……)


「ああ。……ありましたね……ふふ」

 ジェイデンは適当なSNSのアプリを開くと、ミミ・アップル・マギグラウンのメールアドレスと電話番号を検索窓に片っ端から入力しはじめた。

 

 まず最初にそれらの個人情報と合致するアカウントを発見したのは、写真投稿型アプリだった。

 

 簡単すぎて、ジェイデンはミミの事を憐れむと同時に、彼女の個人的すぎるプライベートの写真が山程投稿されている写真アプリで彼女の投稿履歴とキャプションに書かれたのんびりした可愛らしい無邪気な文章を確認することで、不道徳なエクスタシーが全身を走るのを感じた。

 

(満面の笑顔ですね……これは、一体なんの写真かな? ああ、買い物か。こっちはりんごとメープルのパンケーキ。こっちはアップルパイの画像ですね。へえ、彼女のおばは、パン屋をしていて、彼女のおじは、ちょっと高いフルコースから普通のランチまで出す、こじんまりしたレストランの経営者なんですね)

「鍵かけてないなんて……」


(それに連絡先を同期させているなんて……。個人情報の塊ですね……凄い。ストーカーしてって言ってるような物ですね。はは……)

 最後まで確認すると、すぐに次の有名なSNSに移動した。

「あ、これもヒットした」

(……ふうん。フレンズフェイス・ノートブック。これはさすがに鍵垢ですね。でも、総合フォローの中に、レウリーが言う、メンバーが居るかもな)

(へえーっ。プロフィールにリンクが貼ってありますけど、……これって。……ああ、やっぱり。映画のレビューアプリも使ってるんだ。ふふ、動物映画と恋愛映画と、子供向けだけど大人世代も楽しめる有名な会社のミュージカル・アニメとか、感動映画が好きなんだ……)

「かわいい……」


 感想を書いているようだ。その感想ですら無邪気で、無垢なので、思わず、ジェイデンはこの娘をいつか滅茶苦茶にしてやりたいと思い、そしてこの無辜(むこ)な妖精が自分の物になりかけている事に対する性的なニュアンスを含んだ感情を自分から追い払い、掻き消そうとため息をついた。

(上には内緒であの精神科医に性格分析を頼みましょうか……)




 一方その頃、レウリー・アウストンは取調室に居た。マジックミラーが壁についている。その向こうからは、その例の精神科医や、色々な捜査官達が、彼を観察していた。


「ふざけんな、俺はやってねえ。暇じゃねえんだよ。同じ話させんな」

「いや、暇だろお前」

「あ⁉」

「ヒモなんだろ? 女をだまくらかすのに忙しいのか?」

「はっ。ヒモね……。俺はさ、バイク屋の正社員やってんだよ。クソが。今日だって出勤日だったんだわ、アンタらが昨日も今日も邪魔しなかったらな」


 その頃。ミミ・A・マギグラウンは、家に帰宅していた。



 あー、ジェイデンさん、すごく格好良かったなぁ……それに、優しかったし……。いや、とんでもなく知りたくなかった性癖を暴露されて、ちょっと怖いけど。でも、わざわざ教えてくれるんだから、良い人……なんだよ……ね……?

 

 お花柄のポスターをぼーっと眺めた後、ベッドの前にある机と椅子に近寄って、座った。スマホを眺めてみる。もちろん音沙汰はない。

 

「本当に電話来るのかな……?」



「まだかな……」

 今は午後10時だ。お風呂はいって、お風呂掃除して、パスタをゆがいてパスタソースをかけて食べて、サラダを食べて、TVを観ようと思ったけどTVは集中できなくて、運動代わりにダンスしようとしたけどドキドキしてしんどくなってできなくて、ちょっぴり資格試験の勉強をしようと思ったけど集中できなくて。

 気がついたら、こんな時間だ。

 

「んー……何時まで待って電話がかかってこなかったら、電話しても良いんだろう……?」

 ティロリロリン♫ ティロリロリン♪ と音がした。スマホが振動する。

「わっ!」

 慌ててスマホを手に取った。

 

「はいっ、ミミ・マギグラウンですが」

「お待たせしました」

「待ってないです」

「……元気だった?」

「は、はい! えと、日曜日! どこに行きますか?」

「ミミさんの行きたい場所は?」

「んーっと、……近所のショッピングモール行きたいな、それか公園をお散歩とか」

「……それで良いの?」

「え?」

「プラネタリウムとか、水族館とか、映画とか。それか遠出してドライブとかでも良いですけど」

「プラネタリウム……⁉」

「え、どうしたの」

「凄いデート先が大人の余裕を感じる……ッ!」

 コイツ、女に慣れてやがる……!

 

「いや、無難な場所を適当にあげただけです」

「うそつき!」

「……俺はどこでも良いんだけどね、貴女はどこが良いのかな。どこで俺と遊びたいですか」

「あっ……じゃあ、えっと……。やっぱりショッピングモールが良いな!」

「分かりました。じゃあ、朝の10時頃で良いですか?」

「うんっ、住所送るね!」

「ミミさん……」

 電話越しでも分かる。爽やかな声だ。

「はいっ」

「そのモール、元彼さんとの思い出の場所だったり、します?」

「……ッ~⁉」

「分かりました」

「え、あの、待って!」

「すぐに元彼さんの事なんて忘れられますよ」

 固い声だ。

「声が冷たいね……⁉」

「まさか、気のせいですよ」

 物凄く冷めた声に聞こえる……!

「声が絶対零度だよ……⁉」

「そんな事ありません、電話越しですからそう感じるんですよ。今の俺はとても優しい顔をしていますよ」

「……信じる」

「ええ。そうして下さい」

「あの、未練とか、無いからね……?」

「じゃあ、SNSで彼のアカウント確認してない?」

「してな……」

「じゃあ、なんでフォロー、相互のままなんですか?」

「…………⁉」

「偶然アプリが貴女を勧めてきたんですよ」

「ジェイデンさんみたいな浮世離れした人がSNSを使うんですか……⁉」

「滅多に使わないし進んで投稿はしませんが、見る分には見ますし、検索もします」

「繋がったりは……」

「しません」

「なんで……?」

 傷ついた。

「これから観る予定のろくでもない映画や読む予定のろくでもない本を好んでリツイートしてるので、コカトリスとかいうSNSなんか、凄くスプラッタですよ。グチャグチャのドロドロで、地獄絵図ですけど。どうしても見たいなら、一緒に居る時になら車の中で見せてあげますけど」

「み、見るのはやめておくね……!」

「元彼さんと連絡取って二人きりで会ったりはしないで下さいね。まだ俺達付き合ってないけど、嫉妬というよりも、貴女が死体になって遠洋や沼で発見されるなんて、嫌なので」

「だ、だいじょうぶだよ! あれから音沙汰ないもん」

 これってひょっとして、束縛……⁉

 

「それじゃあね、ミミさん」

「はいっ」

「…………。…………。……好き、ですよ」

「えっ今なんて!」

「おやすみなさい、って言いましたね」

「うそだぁー! まだ10時ですよ⁉」

「妖精さんはもう寝る時間でしょう?」


「私、夜更かしで2時まで起きてます」

「そう。……好きな時にメッセージ、送って下さいね」

「私、声が聞けるから電話が一番すきだけど、一杯送るね」

「……そうですか、また電話しようね。じゃあね……」

 電話は切れた。

「デート楽しみ! えへへ」

 新しいバイトも探さないといけないけど、レウ君とは縁も切れたことだし、着拒とブロックしとこうかな……って思って、スマホをもう一回見た時のことだった。

「え。なにこれ」

 通知ボックスに、ものすごい量のメッセージが溜まっているというお知らせがあった。


『ちょっと色々あって本当にどうかしてた。お前は信じてくれるよな事件の事』

『悪かったって』

『なんで無視すんの』

『本気じゃないよな』

『昨日はごめん』

『別れるとか嘘だよな』


 ひっ、と声が出た。

「レ、レウ君……⁉」

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