第7話 打ち明けられた秘密と日曜日の約束

「…………。普通のそういった行為には関心があまり持てません。できない事はないですが、あまり、楽しいと感じられません。俺と付き合って、俺とそういう事をする、となった場合、俺は全面的に貴女に合わせますが、貴女も、いつか、俺のしたい特殊なロールプレイに参加して貰えたらなと、思います」

「ろーるぷれー?」

「ごっこ遊びですよ」

「もう一回、なにフェチなのか教えて頂いてもいいですか……?」

「映画作品で若くて美しい貴女のような女性が滅茶苦茶になって、さつが……酷い目に遭ったり監禁されてる場面を見る事に対するフェチシズムです」

 いやいやいやいや、待て待て待て待て待て――!



「貴方は、警官さん、だよね……⁉」

 身の危険……!


「ええ。そうですが」

 それはちょっと頂けない……! いくら整いまくった顔面が私のタイプのド真ん中で、爽やかで涼しい声も、優しそうな所も、上品で控えめそうだけど言いたいことはハッキリと言ってくれるし、誠実そうで、心配してくれる人で、警官さんという格好いい職業だからって、だめだ……! だめだよ……! もし血フェチとか内臓フェチだったら、たぶん思考回路が捜査官じゃなくて容疑者のソレでは……⁉

 

「そ、それって、たとえば、ナイフで刺されるシーンの血糊(ちのり)とか作り物の内臓の感じとか、人が死ぬことに興奮するって意味ですか……⁉」

「いえ、ちょっと違いますね。映像作品は、可哀想だと興奮するだけです。その女性をこの殺人鬼から守ってあげたいな、とか、自分が殺人鬼ならもっと怯えさせるには何をすれば良いだろうかとか……そのシーンで殺さずにこの美人をもっと痛めつけてから優しくして長く生きたまま飼うのにな、とか、逃げようとしたら懲罰でこういうコトをしたいな……と思うだけで」

 声が低い。興奮しているのだろうか。



「ちょっと価値観と世界観が特殊すぎて理解が追いつかないのですが……!」

 寒気がしてきたよ……⁉

「怯えないで下さい。悲しいです」

「言ってることがチグハグに感じるのですが……⁉」

「平常時に怯えられると傷つきます。怯えないで」

「それは無理な相談ってやつですよ……⁉」


「あ。……ロールプレイのほうは、暴力に興味がある訳ではないんです」

「聞きたくないけど一応聞くけど、なにに興味があるんですか……?」

「……自分にだけ聞かせてくれる切羽詰まった悲鳴、自分にだけ見せてくれる怯えた顔、震える体、泣きながら嫌がる顔、悲しむ顔、呆気にとられて驚いた顔が好きなんです」

「う……うぐ……っ」

 吐き気が込み上げてきた。

「羞恥や絶望や恐怖で見せる泣き顔や、怯えながら媚びられる事や、萎縮した状態、そして命乞いを聞くのが好きです」

「うぐうっ……」

 口の中がかすかに胃から上ってきた吐瀉物の味がする。逆流性食道炎になんて、なったことないですが……!?



「対象は合意の上でプレイをする人だけで、自分が恋人になりたいと思うほど愛おしくて好きな人限定です。……あとはTV画面の中の容貌や声が言いようもなく好みの人相手の空想だけです」


 絞り出すようなかすれた声だ。言いたくないんだろうなと伝わってくる。私も聞きたくなかったからその気持ちはよくわかる。あと、愛おしくて大切な恋人が命乞いしたり泣きわめいたり絶望する様を見たいって、常人と比べて愛情表現ゆがみすぎてないか……? あ、いや、性的に興奮するだけで、これが愛情表現ではないんだよね……? だ、大丈夫なんだよね……?

 

 でも、滅茶苦茶に、自己嫌悪に陥っているような顔と、それこそ羞恥心にまみれたような、眉をひそめた少し辛そうな顔でジェイデンさんが言った。

 それがなんとなく、可哀想だし、ますます美しい造形のお顔だなぁと思った。警官さんじゃなくて俳優さんでも良いんじゃないかな……。

 でも一言言わせて欲しい。

「貴方は警官さんだよね⁉」

「はい。殺人課の」

「ま、まさか、そんな理由で警官さんに……⁉」

「違いますけど、貴女はそんな男と恋人未満友達以上になるんですよ」

「な、なん……」

「あ、本物の事件には一切関心ないので、安心して下さい」

「できるか……!」

「えっと、すみません。じゃあ、ミミさんは俺に告白しなかったという事で、良いでしょうか……」

 かなり、寂しそうな顔をしている。



「面白い冗談だよね。笑えないよ。ていうか、こんな告白の振り方斬新すぎて言葉もでないよ……⁉ 優しさのつもりかもしれないけどさすが殺人課の刑事さんだから犯人の思考回路が生々しすぎて恐怖しか無いからね……⁉」

「悲しいことに本当です。嘘偽り無く全て事実です。これで数回、恋人と破局しました」

「ますます恐怖を感じるんですが」

 何をしたんですか……?

「後から分かるよりは、良いですよね?」

「た、たしかに」

「俺の顔を見て嗜虐趣味の悪魔って言ってたし、すでに薄々気づいているかと思ってたけど」

 ジェイデンさんが自虐的に「言うんじゃなかった」みたいな顔で笑った。笑い声は乾いていた。いたたまれないというか、気まずいから立ち去りたいというような雰囲気でジェイデンさんが、視線を下げている。

「いやいやいや、分かる訳ないですよ。しぎゃくってなんですか……」

「ドS悪魔って、言ってたでしょう? 貴女の第六感が予見した通り、俺は、サディズムに傾倒しています」

「鞭で『オラッ、この豚がー!』とか言われながら、ぱしーんぱしーんってされるの、いやです……」

「……しませんよ、そんな事」

 ジェイデンさんが苦笑いしている。でも、信じないから……!

「怒鳴られるのも、奴隷扱いされるのも、野外で露出させられるのも、第三者の前ではずかしいことされるのも、いやです……」

「俺だって嫌です……。……俺の話……ちゃんと聞いてましたか?」

「奴隷は主人の目を見るなとか言うんでしょ……?」

「日常生活でミミさんの権利を剥奪するつもりはありません。ミミさんとは対等です。よくあるSM遊びにはほとんど興味がありません」

 ほんとうかなぁ。

 怪しいぞ……。



「それに、……こんな事を言うと照れてしまいますが、目を見るなどころか、貴女の目なら一日中でも見ていたいです……。仕事と用事がない日なら実際にそうする事もできます」

「そ、それは目玉をえぐりだして、って事じゃないですよね」

 後ずさってしまう。

「ずっと手を繋いで、話をしながら見つめ合いたいです。ロマンチックですよね」

 大きな歩幅で、距離を次第に詰められる。

「えと、……その。それ、私は死んでないですよね? 死体じゃないよね?」

「ふふ。そんな当たり前の事を聞かないで下さい。……どうして、俺の事が好きなの? 元彼さんから助けたからですか?」


「えっと」

「……うん」

「雰囲気とか、お顔とか、格好いいし、声とか、えと、冷たそうなのに、優しい所とか……。理由はいっぱいあるけど、見ててドキドキするから、これは恋なのかなって……」

 思ってました。今は不安感でドキドキしています。

「ありがとうございます。俺も、ミミさんを見るとドキドキしていると言ったら、貴女は喜んでくれますか?」

「この話題になる前に仰って頂けてたらお世辞でも嬉しかったと思います……!」

 舞い上がってたと思います。

「……ええと。…………」

「あの、……付き合いた……いや、お友達になりたいっていう気持ちは、変わってないですけど……」

 好きなのは事実だし、自分から告白しておいてお付き合いをなかったことにしたらこの悪魔さんに殺される気がする。

「質問をいくつかしても良いですか……?」

 言ってみる。

「ええ、どうぞ。好きなだけ」

 シンプルで格好いい、黒い小型の電子腕時計を確認した、ジェイデンさんは言った。

「付き合ったら、急に、豹変したりしないよね……? レウ君みたいに……」

「大切にします。俺は豹変しませんよ。誰かみたいに金銭を要求してトラブルを起こしたり、殺害予告したりも当然しません」

「傷にお塩盛らないで」

「すみません、うっかりしてました」

 ジェイデンさんが笑みを浮かべた。大人っぽい顔立ちなのに、どこかあどけない笑顔が可愛い。も、もしかして、話はかなり大げさに言っていて、本当はちょっぴりSっ気のあるだけなんじゃ……? こんなに優しそうなお顔と表情と声と雰囲気だし……。そんな儚い希望が生まれてしまった。

 

「他に質問はありますか?」

「ど、どんなロールプレイをさせられるんでしょうか……?」

「ここは公共の場なので、そんな過激な話をするつもりはありませんが、……ミミさんが、少し泣いちゃうような事ですよ」

「えっと……!」

「すぐにする訳ではないし、それはお友達でいる間は、なんの関係もない話ですよ」

「えと……!」

「付き合うのはいつでも良いですから。ミミさんのペースでゆっくり仲良くなりたいです。他に質問はありますか?」

 やさしい……いやいやいや、でも殺人フィクションに性的に喜ぶ変態って自己申告だし!

「あ、あの。これ」

「何?」

 スマホの画面を覗き込んできた。そしてびっくりしたような顔をした。

「メッセージアプリのあ、IDと、電話番号……です」

(ま、まあ、ヤバければ逃げればいいよね!)

 清々しいほど危機管理能力がなくなっている気がするけど、これもきっと恋のなせる技なんだと思う。

 ジェイデンさんがスマホでその画面を写真を撮った。あと、すぐにメッセージアプリに友達申請が来た。

 

「ミミさん、予定いつなら空いていますか? どこか、一緒にお昼、遊びに行きませんか」

「ちょっとまって……!」

 メッセージアプリの友達申請を許可した。

「夜には解散しますよ」

「ちがうよ、幸せと恐怖が押し寄せてきて……!」

 私は混乱していますって、今、顔に書いてあると思う。

「あー……」

「……っ?」

「可愛いね」

 その時浮かべた笑みは、もっといじめてやりたいな……、みたいな顔で、口元もこちらから見て右端の口元が、ニヤ……とつり上がっていて、目が怖い。

「でも、悪魔だし警官だし、親には言えないや……」

 悲しい声になってしまった。さすがに、監禁プレイを教えてくれそうなサディストの年上イケメン悪魔おにいさんとお付き合いする事になりました、でも優しくて日常生活では人権剥奪まではしないそうです! フェチは殺人ポルノ映画だそうです! とは親には口が裂けても言えない。


 主にジェイデンさんが殴られるだけではすまないだろうし、家族を私のために犯罪者にしたくない。お祖父ちゃんなら、合意の上だよ⁉ と私がどんなにかばっても、ミィはあっち行ってなと言い、ジェイデンさんと二人きりになったところで拳銃を持ち出して、

「そんなに生き急ぎてえか?」

 カチャリ。

「若造が!」

 ドオン!

「うちの!」

 ドン!

「孫娘に!」

 ズドン!

「よくも……!」

 ガガガガガッ! ドンドンドン! ……と発砲しかねない。

 いや、たぶんジェイデンさんが倒れても撃ち続けると思う。

 そして死体の片付けはママがするんだろうな。きっとママは青い顔だ。お祖父ちゃんは、薬莢(やっきょう)でできた私のあげたアクセサリーをささくれだった指で撫でるんだろうな。

「ミィ、もう大丈夫だぞ。お祖父ちゃんが悪い奴から護ってやるからな」

 って。……この想像は大袈裟だけど完全否定はできないのがうちのお祖父ちゃんの怖い所だ。


「そうですか。俺はご挨拶に行っても構わないですよ……?」

「い、今はまだ! 結婚する訳でもないのに、ぬか喜びさせたくないし」

 レウ君と付き合った時は、筋金入りの不良と分かるまでは、ママは喜んでくれたのを思い出して、言った。

 

「俺は、職場の魔物に報告します」

「えっ⁉ いや、それ、挙式する時のだよね⁉ もし別れたらどうするの⁉ だめだよ」

 照れてしまった。手をばたばたさせて、羽もぱたぱたさせるのは、ちょっと大人の妖精として、頂けないかもしれないけど、照れてしまったら羽の動きはどうすることもできない。

「あ、自慢するんじゃなくてですね、規則なんです一応」

「え?」

「警官の恋人がもし万が一、敵対組織……シティ・アレスナに根を張っている暴力団や、敵国の特殊工作員なんかだった場合、警察組織の機密情報が漏れる危険があるでしょう?」

「な、なるほど」

「だから、戸籍とか貯金額とか、犯罪履歴、過去を洗います」

「えっ⁉」

 大きな声が出てしまった。

「どうかした?」

「私、学生の時、不良だったのですが……」

「そう?」

 その瞬間、優しそうだった彼の雰囲気が変わった。

 

「悪い子、だったんだ。へぇ~?」

 表情が、今まで見たことないほど、ゾッとするような顔で、口元は歪んでいて、笑顔のせいで見えている歯は、犬歯が大きくて、鋭くて、ジェイデンさんの尻尾もうねうねしていて、槍の先みたいな先端が、嬉しそうにしているようだった。

 大きく開かれた目元がサディスティックだ。こわい。

 

「な、なんですか……⁉」

「いやぁ、元不良かーと思いまして。不良って一口に言っても、色々あると思いますが、どの程度の非行少女だったんですか?」

「ホウキ暴走族の、子と、仲良かっただけだもん……」

「本当かな」

「事実だよっ」

「面白くはありませんが、安心しました」

 へそ出しミニスカ下着見え露出狂ファッションで、イアリングごてごてで、悪魔崇拝者のシンボル入りの指輪をつけて、月曜日にある鳥人教会の礼拝でミサに参列した事は、一生の後悔としてつきまとっているなんていう事は、内緒なんだもん。

 親にめちゃくちゃ怒鳴られなかったら、レウ君の暴走族チームのタトゥーを入れてた事も、内緒なんだもん。

 

「えと、……土日はずっと空いてる。でも日曜日のほうが都合は良いです」

「日曜日、ね。分かりました。俺は土日空いていない日もあるのですが、次の日曜は大丈夫そうです。どこに行くかは夜に電話で決めましょう。楽しみにしてますね」

「うん、わたし、も、楽しみに、してる……ね」


 そして私は、ジェイデンさんが手を小さく振ってくれるので、私も手を大きく振り返すと、にこにこしながら、帰路についた。

 

(いやあ、雨が降っても、必ず晴れる日が来るって本当なんだなぁ……お祖父ちゃんがいっつも、メソメソするな! って言う時に言ってるけど、ふふ、今日に限っては本当かもね!)


 なんて、喜びに満ちた帰路についていた。なぜなら曲がりなりにも大好きになってしまった人とお付き合いできたし、ジェイデンさんが私からメッセージアプリのIDとともに貰った電話番号を使って、何かするなんて、全く思わないからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る