第6話 お別れの時なので伝えたい気持ち

「ふー! 今日もがんばるぞー」

 あ、カランカランって音がした。入り口が開いたんだ。お客様だ。

「いらっしゃいませ~! って……お祖母ちゃん⁉」

「ただいま、ミミ」

 お祖母ちゃんが言う。

「店番ありがとね。久しぶりに同窓会とか旅行なんて本当に楽しかったよ。アンタのおかげだね。で、どうするの? バイト期間、延長するかい?」

「ううん。最初に決めた通り、今日までで良いや。近所って理由でお祖母ちゃんの家に泊まり込みだったでしょ、そろそろアパート戻らないとホコリ積もるし」

「お金のほうは、大丈夫なのかい」

「別れた彼氏には内緒だけど、ギリギリなんとか貯金もあるから、しばらくは生活できそう」

「あら、やっと別れたのね」

「そ、そうだよ」

 気まずい沈黙が流れた。

 

「……ミミさん、会計お願いします」

 声がした。あ、ジェイデンさんだ……。

「あ……」

「こんにちは、また来ました」

「ジェイデンさん、き、昨日ぶりですね」

「そうですね。これ、いくらですか?」

「ネコちゃんクッキー! 五百ボーンズです」

「手作りですか?」

「私のおばがパン屋で今朝焼いた物です」

「え」

「私お料理苦手なんですよねー……」

「……すみません、今日はやっぱり止めておきます」



「ミミ、お会計終わったら帰んな。あたしゃ倉庫見てくるからね」

 お祖母ちゃんが言う。お祖母ちゃんが奥の倉庫に消えた。猫二匹が、毛づくろいしあって、ゴロゴロ喉を鳴らしている。

「はーい。じゃあえっと、ジェイデンさん、お会計しますね。……わっ」

「何ですか?」

「またスライム原液なんですね! 一体何に使うんですか?」

「本当に知りたいですか? 実は――」

「やっぱり止めておきます!」


 会計が終わってしまった。

 もう、ジェイデンさんとは会うこともないんだろうな。

 

「あの、ジェイデンさん」

「はい。どうしたんですか?」

「あの、実は、今日がこのお店で働く最後の日なんです。今までご贔屓にして下さってありがとうございます」

「……そんな……」

 ジェイデンさんは、衝撃を受けたような顔をしている。

「なんか実はちょっぴり、寂しいです」

「ああ、素敵なお店ですから、納得ですね」

「違います。ジェイデンさんともう会えないからです」

「え……?」

「えへへ、聞き流して欲しいんですけど、実は初めてお見かけした日から素敵だなと……。助けて頂いたし、好きになっちゃいました。刑事さんだし、迷惑ですよね……」

 反応を余すところなく見たくて、最後に脳裏にジェイデンさんの格好いい姿を焼き付けたくて、もしかしたら告白は酷く拒絶されるかもしれないけど、見つめる。ドキドキと心臓が跳ねて、うるさい。

「……っ」

「…………」

「あの……。あまり大きな声では言えませんが、迷惑ではないですね……全然……」

「ええっ。それってどういう……⁉」

「お仕事、もうこの会計で、終わりですか?」

「あ、はい。そうです」

「外で、少し話せますか?」

「あ、はいっ……!」

 たぶん、丁重にお断りされるんだろうなと思うけど、期待、してしまっても、良いのだろうか。


(ひょっとして、からかわれてる? だって、悪魔さんだし、警官さんだし、種族の壁だって今の時代でも残念なことにある訳だし、というか本当に私の事好きなのかな? ジェイデンさんにとって私の気持ちは、迷惑ではないけど、ありがたくもないみたいな、オチ、なんだよね……)


 大きな静かな流れの川と、木が生えた公園の近くを歩いた。橋の前まで来た所で、ジェイデンさんが橋に進みながら、口を開いた。

「ミミさん。なんと言ったらこの気持ちが正確に貴女に伝わるのか分からないのですが……」

 考える素振りを見せる。

「わわっ、私のこと、悪くはないって思って頂いてるとかじゃないですよね……?」

「……ええと、まとめて下さって、ありがとうございます。そうですね、今以上に親密になりたいという意味で、気になっています」

「そ、そ、それって、脈アリって、ことですか……? 恋愛対象として? 本当に?」

「面と向かって言うのは恥ずかしいですが、そういう事です……ね」

 一呼吸ぶんの沈黙が訪れた。気のせいか、ジェイデンさん、頬が赤い……!

「冗談って撤回するなら、今のうちですよ! 本気なら付き合って……いや、まず、お友達とかになって頂けたらなあって……!」

 はずかしくて死にそうだ。まるで少年少女のような甘酸っぱい気持ちだ。

「はい、喜んで」

 端的なお返事。優しく笑みでゆるんだ口元。優しくて溶けちゃいそうな声。でもなぜか、獲物が罠にかかったのを確認した時の釣り人のような、いや、空腹の獰猛なクマが、まるまると太った七面鳥を見つけたような、どこか、暗くて、欲望に満ちたような、冷酷で残酷な冷え切ったまなざしにも見える。

 

 まばたきをしたら、それは勘違いかなと分かった。

「な、なんか、うれしいぃ……」

 これは私の声だ。幸せだ……! 生きててよかった産んでくれてありがとうパパとママ! いや、パパは産んでないかな。

 あれ、ジェイデンさんがすごく、真面目な顔になっている。涼しい顔だ。……え、どうしたんだろう。つまらない思考回路が表情で暴露されてしまっていただろうか。リコールですか? 私、やっぱり駄目でしょうか……⁉



「ただ、こんな事言いたくはないんですが」

「はい」

「遊びではなくて、俺は真剣に、貴女とお付き合いさせて頂く事を前提にお友達になるつもりなのですが」

「えと? 私もですよ?」

「だからこそ、いずれ言わなくてはならない事なので、今、あえて、この昼間に、言わなくてはいけない事があります。聞く勇気はありますか?」

「よくわからないけど、お金遣いが荒いとか、お酒を飲むと人格が変わるとか、実は犯罪級に亭主関白なんですか……?」

「……貴女に嫌われたくないから、言いたくないんですが……でも、黙っているのは、貴女が可哀想で……」

 申し訳無さそうな声だ。

「えと」

「それに俺は手に入れた物を失うときっと酷く相手を憎むと思うので、できることなら、距離を置かれるなら――関係が始まる前に逃げて欲しいんです」

「……えっと……?」

「俺、普通の性交渉にそこまで関心がありません」

「えっと……⁉」

 確かに平日の真っ昼間に人気のない公園の橋でする話題じゃないよねソレ⁉

「性的嗜好が……要するに、俗語で言う所の性癖が、かなり倒錯しています。大丈夫でしょうか」

「た、例えばそれは、ナースさんとメイドさんとハイヒールの女の子が好きで、それにしか興奮しないというような状態でしょうか……?」


「あ、いえ、服装にそこまで極端なこだわりはありませんが……。でも、医務服にメイド服にハイヒールパンプス……その程度のフェティシズムはまだ可愛らしいというか、救いようのある状態だと思うのですが、俺のは、少し、一線を越えているというか……あー……なんて言えば良いのかな? ……怖がらせたくないんだけど……」

「ま、まって、まさか、え、えすえ……む……とかが好きなんですか」

 好きな人にそんな際どい単語を言うなんて、恥ずかしくて目が見れない。

「……2割くらい正解です」

 2割って。ほぼ不正解ですよねソレ……⁉

「殴るほうですか? 殴られるほうですか?」

 一応聞いてみてしまう。

「いや、肉体的な懲罰を与えることや、暴力を振るうことに関心はあまりありません。される方には一切の関心はなくて、抵抗があります」

「えっと、話が見えてこないのですが、その、なぞなぞですか……?」

「…………。正直に打ち明けますね。映画や本などのフィクション作品で若い女性が殺さ……酷い目に遭ったり監禁されてる場面を見ると、一種の喜びを感じます。そういった趣向のロールプレイが好きです」


…………!?



「は、はい⁉ 今、なッ、なんて……っ⁉」

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