第3話 お酒と捜査官

 翌日。

 別に買いに来たのは包丁じゃない。

 

 太古からドワーフ族を駄目にしたり、ゴブリン族を虜にしたり、人間族の内臓を壊したりしている飲み物を買いに来た。

 

「んー、カクテルかなやっぱり! 甘くてこれジュースみたいで美味しいんだよねー、えへへ……」

 畜生が。やけ酒してやる。

 

 飲み物を売っているコーナーの隣の、お酒コーナーでカクテル缶を見ていると、視界の端に見知った顔が見えた。この店でバイトしていた時にお世話になった店長の猫耳族の女性だ。獣耳がぴょこぴょこしている。

 

 そしてなぜか異様な雰囲気を放っている殺伐とした雰囲気のおじさん……白スーツを着ていて、頭に植物が少しと、あばら骨のような骨が左右に二本ずつ生えたおじさん……と、黒いタートルネックを着こなしている黒髪の黒いツノが小さく頭に生えた背の高い細身の若者……遠目でも雰囲気と立ち姿勢がイケメン……しかし雰囲気が物々しい……が、立っている。

 

 入り口側のレジの前にあるお菓子とかガムとか乾電池とかを売っているコーナーの前だ。気に入りそうな味やおしゃれな見た目の缶のお酒を手に取る。そしてカートの上の買い物かごに手当たり次第に突っ込む。

 

 気のせいかどう見てもその黒髪イケメンおにいさんが、あの例のスライム原液を毎日お店が開いている日は必ず購入されるお客様に激しく似ている気がする。

 

「――という訳です」

 あ、この透明感のある爽やかな声はやっぱり――!

「そう」

 猫耳の店長さんが、その場に居る誰よりも厳しい顔で言った。

「でも、うちの店で雇っている子に、そんな事をする子は居ないはずです。皆、真面目で小心者の、いい子達ですから」

 強くてはっきりした声だ。

「ですがね、事実として……薬が……。……ていて……流している……が……薬局の方で……」

 おじさんが小声で言う。

「どうしてこの店なんです? 他にも薬局なんていくらでも近辺にあるでしょうに」

 店長さんがキリッとした顔で言い換えした。睨みつけてるって感じ。

「それには色々と訳があるのですが、あまり詳しい事はお教えできません。すみませんが、このスーパーの薬局の従業員――住所――電話番――の――、そして――をお見せ頂きたいのですが」

 スライムおにいさんが悪魔の尻尾を立て、威嚇するように一振り動かすと言った。

 遠すぎて、他のお客さんの話し声も相まって、うまく聞き取れないや……。

「辞めた子達の分の書類はどうすれば?」

 店長さんが、とうとう観念した、という感じで、言った。

「え? ああ。保管していますか? そうですか。では、よろしければここ三年分くらいの従業員管理リストをお見せ頂ければ助かります」

 店長さんが私を見た。

「あ……っ!」

 店長さんが、驚きの声をあげた。

「あ……」

 スライムおにいさんも、ちょっとびっくりした顔をしている。といっても、ほとんど表情は真顔だけど、目がびっくりしていて、口が驚きで開いている。

 

「さっき話していたミミという子はこの子です。この子もここの従業員でした」

 店長さんが、気まずそうに言う。豊かな黒いカールした髪を指で触りながら、浅く、聞こえるか聞こえないか分からない程度にため息をついた。目で、「どうしてこんなタイミングが悪い時に、貴女が来るのかしら」と言いたげな顔だ。

 

 悪魔のおにいさんが、笑った。

「偶然ですね。びっくりしました」

 凄い。この悪魔さん、にっこりした笑顔を浮かべているのに、顔に一切の表情が無いほど浅くて固い笑顔に見える。まるで、愛想笑いの訓練をずっと人生で積んできたの……⁉ と思うほど、感情を撤廃した笑顔で武装している。

……すごい。


「今忙しいので! やけ酒するので、面白話はまた今度に……!」

 いくら好きだからってストーカーしていると思われたくはないので、さっさとお会計して帰りたい。ドキドキが止まらなくて蝶々のサナギが急に孵化して胃の中で飛び回って大暴れしてるみたいな不快感と高揚感が、甘い感情と一緒に引き起こされているのを感じる。



 というか、私の話をしていたって、なんでまた?


 しかも、スライムおにいさんはおしゃれ慣れした都会の人みたいなかっちりした生真面目な私服とも、お仕事着とも言える服装だけど、お隣のおじさん――若い頃は絶対イケメンだったんだろうなみたいな顔のおじさん――は、完全にビジネスライクのお洋服……ごくごく薄い水色シャツと白スーツとクリーム色のネクタイと白ズボンでカチッと決めてらっしゃるけど、つまるところお二人ともお仕事中なんだよね⁉ お仕事中に、なんで私の話を、するの⁉


 さきほどは、物騒なお話をしていたように思うのですが!



「ミミちゃん、この方達は私の知人とかじゃないのよ。警……えっと……なんて言ったら良いのかしら。とにかくお仕事でいらしてるの」

「えっ」


「大丈夫。今日はちょっとした世間話をするだけですよ」

 黒服の黒髪黒目のスライムおにいさんに、少し膝を曲げて、かがまれた。お店に来てくれる時よりも作り込んだような優しい声なのに、圧が凄い。目線を合わされると余計にドキドキするから止めて欲しいけど、せっかくだから網膜に自分と目を合わせてくれる好みの人の姿を焼き付けておきたい。


「じゃあ、ちょっとこっちに来て貰えますか?」

 悪魔のおにいさんが、恐怖を感じる雰囲気を放ちながら、やさしい笑顔で言った。

 

――店長のアージュ・ムーン・プルーンキャッツさんが、白いスーツのおじさんと話している。何を言っているかは聞こえないけど、喧嘩に発展しそうな低い声、つまり店長さんの不信感と不快感に満ちた声のトーンと、この中年男性の飄々としたように見せかけながらも敵意を感じる、ときおり、威圧的で冷めた一方的な声のトーンが応酬を繰り返している。


 そしてその声はときどき、きっかけを見つけると、見せかけだけお互いにやさしくなったり、歩み寄るような乾いた笑い声や、背後から刺しぬくような「お前は無礼者だわ」という気持ちを隠した声のトーンになったり、「お前らが何か隠してるのは分かってるんだぞ、怪しすぎる」というような声のトーンに聞こえた。



「ミミ・A・マギグラウンさん。貴女に、色々と質問しようかと思っていました」

 スライムおにいさんが自分に注目してくれ、というように言った。

「え、はい。構いませんよ……?」

「でも、今日は少し、世間話をしましょう」

「話ってなんですか? お酒の飲み過ぎとかですか」


 なんだかドギマギする。そう思って言ってみたら、黒服の悪魔おにいさんが、そのアーモンド形に似た大きな目を動かした。カゴの中をチェックされている。

「八本……」

「な、なんですか」

「……凄いですね」

 あ、若干引いている声だ。

「な、なんですか! お酒呑んだら悪いですか」

「飲むこと自体は悪くないと思いますよ」

「聞きたい事ってなんですか? 飲酒運転とかしてないですよ」

「それは疑ってませんけど……」

 怪しいなぁというような目つきに変わった。事実だけれど怪しまれるなら聞かれるまで言うんじゃなかった。

「じゃあ……」

「お酒、これ、一気に飲むの? 少しずつ?」

「ちびちびと飲みます」

「本当に? やけ酒するって言ってなかった?」

……うっ。



「嘘です。一気に飲みます。ハイになって嫌な事忘れられて最高に気持ちよくなれるので」

「駄目ですよ。依存症傾向が強まったり肝機能の限界が訪れる前に止めましょう。断ち切りましょう、お酒」

「いいじゃん別に……! 私、妖精だよ! 体強いもん。肝臓も強いもん。悪魔ほどじゃないけど。ていうか若者だからちょっとぐらい無理したって大丈夫! ……です」

「悪酔いするタイプじゃなくても、自分を過信して大量に呑んだら救急車呼んだり、タンスの引き出しに鍵をかけて置いておいた銃を取り出して近隣住民に発砲したり、人の家の窓を割ったり、全裸で公共の場に出たり、最悪急性アルコール中毒で死んだりするんですよ」

「こ、これ、アルコール度数ソフトなやつなんで……! そんな、ドワーフのタキタキ酒とかウォッカとかテキーラじゃないし! カクテル缶だし……」


 タキタキ酒は哺乳類と大爬竜だいはりゅう類のなかでも珍しい、『哺乳類の特徴である母乳育児』をする絶滅危惧種の火竜の乳とエルフの少年の唾を混ぜてつくる、ドワーフ伝統の神酒である。いや、まだ呑んだことないし知らないけど。ていうか、数年前に、法律で衛生法に引っかかるという理由で完全に例外なしでお店での製造・販売が禁止されたけど。



「どうしてもお酒、飲まないといけないの?」

「はい!」

「それはどうして?」

「お酒しか私を慰めてくれないからです」

「はい?」

 なんか、嫌そうな顔をされた。

「私を包み込んでくれるのがお酒さんだけだからですよっ……!」

「もっと重度にお酒に依存している年配の方みたいな言い分ですね」

「意地悪言いに来たんですか! こんな話したくありません!」



「君、未成年者アルコール類全面禁止法って知ってる?」

「え」


「年齢確認できる書類あります? 見せて下さい。なければちょっと、青年課に連絡を入れようかな……」

 ガサゴソと、ジェイデンさんは自分の黒いカバンを探っているようだ。

「わ、私、二十歳はたちですけど……⁉ 酷い、どう見ても大人女子じゃないですか……!」

「書類を見せて頂けたらすぐに黙って本題に移りますよ」

「う、うう……」



 映りが最悪の、白目を剥いている上に目をつぶりかけている、なぜか顎を引きすぎて二重顎になった、ぶっさいくな写りの証明写真がついた、ホウキ飛行者用認可証カードを見せることにした。住所も、この都市ではかなり貧しい地区だ。そして、見る人が見れば分かる、お粗末な小中高を経て、上から数えるよりは下から数えたほうが早い平凡な大学で過ごしたという学歴が載っている。


 手が震える……。色んな意味で見られたくなかった……!

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