第2話 魔法雑貨屋、気になるお客様

「いらっしゃいませ~」

 お客様だ。

「ありがとうございました~」

 お客様が帰られた。

「いらっしゃいませ~」

 お客様。

「いらっしゃいませ~」

…………。

 

 このお店は「イヴィル・グランマの雑貨店」というお店だ。イヴィル・グランマというのはお祖母ちゃんのひいお祖母ちゃんに当たる人の通り名からつけられた。

 要するに、スライム原液とか、吸血鬼さん向け血不使用のトマトゼリーとか、人狼さん向け内臓風味ミート・クッキーとか、キズぐすりポーションとか、動物と喋れるようになるチョコレート、未来を占う紙の入った予言クッキー。

 

 パンケーキ味の変化へんげキャンディーに、見栄えの良い本。たとえばきれいな夜景の写真集とか、動物さんが動物さんと仲良く日向ぼっこしたり追いかけっこしてるゆるーい可愛い系の写真集とか、ちょっとセンセーショナルな絵柄のかわいいノンフィクション系漫画とか。

 

 まあ、あとは雑貨かな。猫と妖精と天使と悪魔の可愛い置き物が多いです。

 


 私の仕事は、レジ担当と、商品陳列だけが仕事だ。私のお祖母ちゃんは、「商品発注とか小難しい事はあたしがするから、ミミ、アンタはとりあえず、レジと、お店の商品を見栄え良く並べる事をしな。愛嬌を忘れるんじゃないよ、接客は明るくハキハキした声で、笑顔でね」と言って私を3週間前にこのお店のバイトに雇ってくれた。

 

 そしてお祖母ちゃんは、おとといから、同窓会およびお友達との旅行に出かけてる。だからお店を見るのは、私だけだ。ガン・ショップを営んでいるお祖父ちゃんが「こないだまでガキだった娘が一人で店番なんて危ねえからよ、銃を持っとけ……」と、私に扱いやすい拳銃を一丁くれようとしたけど、私は慌てて断った。

 大丈夫、お祖母ちゃんが飼っているスラちゃんこと白猫のラースラと、ミーくんこと黒猫のミージーが居るからと言って断った。

 

 この猫ちゃん二匹は巨大化する事ができる種族で、最大でゆうに2メートルはある。危ない人や悪い人がきたら、巨大サイズになって頭から食ってしまうと評判なので(風評被害とも言う)、悪い人がお店に来たことはあんまりない。

 

 だから大丈夫なんだけど、私がドキドキする理由は他にあった。

 

 レジの近くのアクセサリーや、絵はがきや、ボタン、ビーズ、車のフィギュア、蓋の取れた牢獄みたいな鉄のカゴの中に入ったお人形、そして天使の像なんかを、そのおにいさんは見つめている。

 

 例の、超絶美形おにいさんだ。私は心の中で「スライムおにいさん」と彼の事を呼んでいる。だってほら。あ、また……。

 

「会計お願いします」

 伏し目がちにお店の商品を手に取って見ていた時や、お店の中を物珍しそうに(でも真顔で)見ていた時とは違って、はっきりと私の目を見据えて、美形のスライムおにいさんが言った。

 彼が手に持っていたプラスチック製ボトルを、カウンター机の上にコトン、と置く。


――まただ! やっぱり!


「スライム原液ですね!」

「……はい」

 涼しい声だ。冷え切ったナイフみたいな声でもある。そろそろ9月だというのに、設定の変え方が私が分からないため、まだ冷房がガンガンに効いているお店の中よりも、涼しくて格好いい声だ。

 

 ピッ、とバーコードリーダーというT字カミソリがでっかくなったみたいな形の白い機械で、商品の値段を機械に教えてやると、機械の画面がついて、機械が流暢な共通語で喋りだす。

『いらっしゃいませ。お客様。現金でのお支払いだけでなくカード決済にも当店は対応しております。お支払い方法ごとに、表示されているボタンをピッと音がなるまで押してください』

 おにいさんはカバンからお財布を、お財布からクレジット・カードを取り出して会計した。シンプルなデザインの黒いカードだ。


 少し変わってる方だよなぁ。まぁ、他にもキノコ栽培セットばっかり買っていく太ったおじさんとか、ぬいぐるみコレクターのおばさんとか、ガム入りのカードゲーム用カードデッキばかり購入してく子供達は来たことがあるけど。

 

 その時、ふと私は身の毛がよだつ想像をしてしまった。

(も、もしかして、このスライム原液で大量にスライムを作って、合体進化させて超巨大スライムを作って、街に解き放って一般市民を襲わせるつもりとかじゃないよね……⁉)


 その時、頭の中で、彼が目を見開き、人々を嘲るように見下し、「惨めですねぇ、消化に何分かかるかな? 窒息が先かな? ハハハハハッ……!」と高笑いをしながら挑発的に自分の唇をなぞる様が頭の中に浮かんだ。周囲には、ばかでかいスライムが4体。

 

 そしてその後に、警察の人に、「ミミ・アップル・マギグラウン! 貴様はなぜそんなに大量のスライムを売った⁉ 分かっていたのに見逃したな⁉ そんなに金が大事か⁉ 答えろ! マギグラウン!」と恫喝(どうかつ)される様子と、それにまつわる家族の悲しいエピソードが頭に思い浮かんだ。


 もしそうだとしたら……!

 え、これ、大丈夫だよね? いや、でも、売った私にも責任があるのでは……⁉ いやでも、悪いのはそっちだよね……⁉

「超ドS悪魔……!」

 あ、しまった。口に出してしまった。

「は? なんですか」

 困惑したような顔だが、なぜかまばたきの回数が多い。そして微妙に居心地が悪そうで、目元周りに朱が差していて、それから、最後に、不服そうな顔になった。


「す、すみません、独り言です……」

「……はあ。そうですか……?」

 真顔に戻ったこの悪魔さんに、疑うような目を向けられる。声がちょっと低くなっている。雰囲気が怖い。

「はい、すみません、えっと、昨日観ていたドラマの事を思い出してつい……!」

 口からでまかせを言う。目が泳ぎまくっている気がする。直視できない。虫も殺さないような優しそうで上品そうで大人しそうな方に、というかお客様に「このドS悪魔!」なんて目に見える脈絡もなく言ってしまった自分がこの上なくはずかしい。しにたい。


「あ、そうだ。店員さん」

「はい、なんでしょう⁉ あ、そちらのさつまいも味のクッキーとピスタチオクリームクッキーは試食です! よろしければどうぞ! かぼちゃクッキーとラズベリークッキーも試食用が奥にあるんですが、持ってまいりましょうか……⁉」

「結構です」

 間を置かずに拒否された。

「す、すみません」

「……店員さんって、前、カフェで働いてました? あとコンビニでレジ打ちと商品陳列されてませんでしたか……?」

……え?

「あ、はいっ、しておりましたが……?」

 それがどうしたんだろう。ああ、美形だなぁ。こんな容姿で生まれたら私、自分自身と結婚するな……。

「大変ですね。おみつぎ止めたら良いのに」

 伏し目がちに言ったあと、曖昧な笑みを浮かべると、じっとこちらを見つめてきた。顔のせいで言われた事の内容が頭に入ってこない。とにかく綺麗だなという感想しか出てこない。

「えっ……?」

「いえ何でも」

「そ、そうでございますか……?」

 敬語の喋り方を誰か教えて欲しい。でも、ちょっと待ってよ。今、おみつぎって言った? いや、まさかな。

 

 ……あれ、記憶にないけど、もしかして、前の職場でスライムおにいさんに私は「彼氏に貢ぐために頑張って働いてます!」なんてとんでもない内容の話をしたんだろうか……?

 

「明日も売って下さいね。また来ます」

 ニコッとした笑顔の破壊力。愛想笑いにしては明るい笑顔だけど、少し陰りのある笑顔だった。

 

(また来ます、かぁ。深い意味はないんだろうけど)

(本当に、なんでこんなに心臓がドキドキするんだろう)


「お待ちしておりますっ!」

 一生懸命笑顔を作ったが、心臓がズキンと痛んだ。


(最低だ、私。彼氏居るのに、この悪魔のお客様が、好きだ。話もろくにしたことない気がするけど。なんか、今の彼氏と違って、丁寧で大人な感じがするからかもしれない)



 そして、私は仕事が終わる時間になると、レウ君から数分前に呼び出されていた事に気がついた。「居酒屋レッド・ドラゴンズ・スピットで待ってる。三十分以内に来いよ」と短文メッセージが送られていたのに、気が付かなかったので私は、カバンだけ持って、お店の戸締まりをして、冷房を切って、猫ちゃん二匹を預かりに来てくれたお祖父ちゃんに預けて、慌ててレウ君の居る居酒屋へ羽で飛んで行った。

 

「遅っせえな! ミミ! 追加で二十五分も待ったけど」

 照明の薄暗い居酒屋に来た瞬間、そう言われた。罵声を浴びせかけられなかっただけ、マシだけど。

「メッセージ見てなかったんだって」

「てかさ、金ある? 貸して」

「やだよ、前も貸したじゃん。ていうか人のカバン触らないで、財布の中もうすっからかんだし失礼だから……! ずっと貸してるよね。私達、恋人だよね……⁉」

「あそ。じゃ、俺帰るわ。ここの代金払うくらいはあるだろ。会計よろしく」

「ちょっ……待ってよ!」

 話を……と言い終わる前に、突然、黒い髪の謎の女性が現れて、信じられないけど、レウ君に抱きついた。

 

 

「きゃ~! 偶然! うれしい~! レウきゅーん! 会いたかったぁ」

 高い声だ。レウ君の腕に腕を絡め、その豊満な巨乳を押し付けている。一瞬、私が彼女って分からないのかなと思ったけど、女の挑発的な馬鹿にしたような目と、

「ねぇ、アレってさぁ、貢がせてる女?」

 という言葉で私は固まった。

「知らね」

「あっれえー? ご機嫌ナナメ? お金貰えなかったんだー! ウケるー!」

 童顔な私よりも大人っぽいややキツネ顔の美女で、エルフ耳で、胸の谷間を全力で露出している黒くてテカテカしたドレスをこの人は着ている。

 私は頭から冷水を浴びせかけられるというよりも、消防車のホースで顔面に水を浴びせかけられた気分だった。

 

 

 だから私はスーパーに、行くことにした。

 とある物を買いに。

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