FIEND/悪魔捜査官と妖精【旧版】<R-15用に修正済>
旨井鮪(うまい・まぐろ)
第1話 レウ君と別れたい
過去を振り返った時に、瑞々しい淡い恋心とか、青春時代ってモノがあるのなら、それはたぶんきっと彼との事を言うんだと思う。
私は妖精で、その人は精霊で、濃い金髪の、精霊族の男の子だった。
その男の子は、私の初恋だった。
羽の無い彼はホウキにまたがって空を飛ぶ暴走族チームに入っていて、プールの時に上半身裸になると分かるけどタトゥーが体にいくつか入っていて、ちょっと悪な所が好きだった。
普段は暴走族チームの舎弟にはドン引きレベルにオラついてるし、鋭利な刃物みたいな性格だったけど、その癖に、そのジャックナイフが自分にだけはデレデレして、普段はつんつんしてるくせに、二人きりになった途端に甘い言葉を囁いてくるというギャップが学生時代はめちゃくちゃ好きだった。
あと顔面。息を呑むレベルで整いまくった顔面。
親には殺されるかと思うほど最初は反対されたんだけど。
無理やり両親や学校の先生や神父さんや親族や友人の猛反対を押し切って、付き合った。
好きだった。
――そう、過去形。
私は今、成人女性だ。
「いやいやいやいや、お金貸してって今年に入ってから何回目⁉ 去年も合わせたら笑えない金額だし見逃せない回数なんだよ……!」
友達のギャリナちゃんに、スマホの電話で、私は彼氏の愚痴を言う。
「フリーターのミミちゃんに貢ぐお金なんてあるの? 実家ぐらしって訳でも無いんだし。アンタ、まさか借金させられて……?」
「違うよ。一回に要求される額は意外と少ないから……」
「ていうか本人に直接言えば良いじゃない! それに相談するならもう一人居るでしょ! アタシ、今、死ぬほど忙しいからね⁉」
「だってさあ! ギャリナちゃんと違って、フォーさんは、私の悩み聞いた瞬間に『申し訳ありませんがこちらはTV電話お悩み相談室ではございませんので電話番号をご確認の上、またのお電話をお待ちしております』だよー⁉ 電話切られた!」
もう一人の友達の話をする。
「ね、ミミ。来月落ち着くまで、どうでもいい用事で夕方に連絡しないでくれる?」
電話ごしに、ワンちゃんがワンワンワン! と吠え始めた。ギャリナちゃんがペット可の、ばかでかくて現代的なアパートで買っているあのもこもこスリッパみたいな、金色の毛をした可愛い小型犬だ、きっと。
それを「どうちたのぉー? ハニーちゃぁん、お腹が空いたんでちゅかー?」とギャリナちゃんが声を裏返してなだめてる。最初聞いたときは卒倒しそうになったけど、今はもうその友人の奇行にも慣れた。
「忙しくなったのは上司からの雑用を全部好感度のために受け入れた上で遠距離恋愛の彼氏とキープ君が殺し合いを始めそうだからだよね⁉」
私が言う。
「ソレはソレ、コレはコレ」
ギャリナちゃんは話をそらすのが上手い。雑だけど。
「どうでもよくない! だって私、もうレウ君をどうしたら良いのか分からないんだもん」
「あのねぇ、フォーだったら言いそうな事、聞きたい?」
「うん……」
「首絞めて山に生き埋めにしなさい」
「はあ⁉ 止めてよ縁起でもない!」
「前も言ったけどさぁ。四文字で解決するから。…………。レウリー・アウストンとはこれっきり。わ・か・れ・る。絶縁。お分かり?」
「それができたら苦労はしな……」
「思い出にすがったって人生は楽しくなんないわよ。じゃ、また別れた後にフォーと三人でランチしようね」と言った直後、ブツッ。ツーツーツー……と音がした。
「うわああああ! 鬼! 悪魔!!」
…………。
こんなテンションで学生時代みたいに喋れる友達も少なくなってしまった。
いや、友達自体は、ありがたい事にまだ居るけども。
でも、ド田舎の南部ルットコ州トコトコ村から泣く子も黙る大都会「シティ・アレスナ州」に来て、ここまで皆と疎遠になるとは思わなかった。
スマホとパソコンがあったって、やっぱり遠距離になると友情も恋愛も崩壊しがちなんだな……。
シティ・アレスナ州は、ミルズコイ州……海があって大きなロブスターが格安で食べれる、政治的に保守派の、キラキラおしゃれタウン・ミルズコイ州と、漬け牛タンや漬けマグロが美味しくて超有名映画撮影所と小説で有名な、革新派のトレンデン州の間に位置する都市だ。
詳しくは知らない。行ったことないし。
というかそもそも、この街もそんなに詳しくはない。都会はお金がないと楽しく遊べる場所ではないという、厳しい社会の現実を教育された私は、なんていうか、知り合いがこの街に居ない。
あとは、私の家族も住んでいる。私の大学進学と一緒に引っ越してきた。
ストーカー気質を疑いたくなる。
……知り合いは、大学時代の友達数人と、愛情深さが一周まわって怖い私の家族だけだ。
二十歳にもなると考える。将来のこととか。キャリアの事とか。恋愛の事とか。
このままダラダラと、もうとっくにお互いへの熱は冷めてるのに、正直、虚しい以外の気持ちが湧いてこない関係なんて、続けてて良いのかな……って。
いや、しかし子供の時あれだけ周囲に「レウ君がね! 私のことスキってー!」とか「レウ君と私ね、結婚するの!」とほざいて、不良のレウ君に憧れて、髪の毛をピンクに染め、教会のミサでへそ出しゴスエモ・ファッションを着こなして、堅物の先生を一緒に
この恋を邪魔する者には徹底的に好戦的になったという重い罪状があるのだ。
そして母親に対しては高校二年生のとき「レウ君と私の仲を邪魔したいのはママの前の旦那に似てるからでしょ⁉ 過去にずるずる引きずられてばっかみたい! ママは自分で選んだのに、私はなんで自分で選んじゃいけないの⁉ ママのくそエゴイスト!」とかいう爆弾発言を投下したという過去がある。
だから今更、家族に相談はしづらい。
そして彼氏君である精霊のレウ君には暴走族仲間が紹介してくれたという、『チーム』の大きなお友達……要するに……闇社会の人との繋がりが少なからずあると知っている。
あの向こう見ずで肝が据わっているどころか、肝は無くて心臓には獣の毛がびっしり生えてるんじゃないかと思うような、あのレウ君も怖がって言う事を聞く、方々だ。
そんな人々と繋がりがある短気で何をするか分からない人に、私は今更こんな事を言えるだろうか……?
『やっぱ現実見えたし別れるから。もう愛も無いし、金遣い荒いし、結婚とか考えれるタイプじゃないし、セックスは前戯が乱暴すぎてただの拷問すぎて高校から大人になるまでずっと付き合ってんのに一回もちゃんとできてないから私ずっと未経験だし』
駄目だ、言える気がしない。
たぶんここでレウ君の雰囲気がガラリと変わるだろうな。
「お前……」とかなんとか言ってくるだろうな。
でも私はまだ言いたい事がある。
『グラビアアイドルの写真見せながら『お前より美人だよな。超可愛くね? この子。やべえよな』とか言うそっちの頭が”やべえよな”だよ。あといい加減繰り返される、俺は筋金入りのワルだぜアピールにも、子供みたいな態度にも、すぐ機嫌悪くする所にも、気分いいときと悪いときで別人な所も、我慢の限界! という訳で、じゃーね、生きてる間にもう関わらないで! 地獄で会おうぜ! あばよ!』
なんて本心を……。
……なんだかんだで、バイクの後ろやホウキの後ろに乗せてもらって、色々な所に他の不良の男女と一緒に遊びに行ったけど。
楽しかったな、とか、アユ釣り、楽しかったな、とか、キャンプ楽しかったな、とか、きらきら花火、たのしかったな、……とか……ローラースケート楽しかったな……とか。楽しい思い出ばかりが、頭をかすめていくけども。
でも良く考えたら楽しかったのって、キャンプでも花火でも、比較的優しいホウキ暴走族のおねえさん達がお世話を焼いて可愛がってくれたからだよね……? レウ君ずっと機嫌悪かったよね……⁉
そして”別の人”が頭の中でまた、思い浮かぶ。
深刻な胸の痛みを感じる。
そうだ、あのお客様の事が、頭を離れないのだ。
黒くて小さなツノと、真っ黒い服、サラサラの黒髪、博物館に飾られている宝石みたいな黒目、逆ハート型の先っちょのついた黒い尻尾のせいで、悪魔っぽい見た目の、あの人。知性的とも冷たそうともとれる大きな目。ミステリアスな雰囲気。長い黒のまつげ。中性的な美形のおにいさん。
早い話が、「別に好きな人ができました。彼氏と別れていないけれど」という訳です。
こんなに好みの異性に出会ったのは、生まれてきてから初めてだった。ハンサムで有名な映画スターがぽんこつな人気のないご当地ゆるゆるマスコットキャラクターに見えてくるほど、美形だ。少なくとも私にとっては今まで人生で見かけたどの種族のどの人よりもタイプだ。
性格はよく分からないが、静かでミステリアスで上品でちょっと冷たそうだけど真面目そうでとにかく良い面しか見えない。顔面に騙されているのかもしれないし、実際に素晴らしい人なのかもしれない。
あのお客様と会話を交わした事はあんまりなかったように思うけど、なぜか気になって、気になって。この人はどんな人なのかな、どこで生まれて、どんな風に育って、誰が好きでどんな人が嫌いで、好きな食べ物は何で、どんな事を考えてて、どんな時に笑うのかなって……考えてしまっているんだけど……。
まだ、彼氏居るわけだし。
そんな自分が、だいきらいだ。
…………。でも、でも。
あのお客様は謎が深い。なんで、いつもいつも、500mlのスライム原液ばかり買うのだろう……?
スライムを育てるセットを買う訳でもなく、かなりスライム栽培が難しい、色とりどりの原液を、あんなに毎日毎日、色んな色を一つずつお買い上げいただいているが、スライムってそんなに日常的に使う生き物だったっけ……?いや、スライムは生き物じゃなくて、菌類の仲間だった。
明日も、あのお客様は、お店に来るだろうか……?
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