第3話 メイシスの街へ
僕が近寄ると、男性は両手を挙げてみせた。「何も持っていない」ことをアピールしている。
「何があったんですか?」
「わたしは商人です。行商の途中で山賊に遭い、積み荷ごと馬車を奪われたのです」
やつれた商人は、ゆっくりと歩んできた。
「それはお気の毒に」
やはり山賊等が跋扈しているみたいだ。
「出来ればメイシスの街まで乗せていただきたいのですが」
と、商人は言う。だが、僕たちは徒歩で来たのだけれど……。
「僕たちは、徒歩で旅しています。途中までは馬車に乗っていたんですけど」
女神様のくだりの説明が面倒だ。少し話をぼやかしておくか。
「ええ。途中で下馬したのですか。魔物がウヨウヨいる東の森を越えたのに?」
と驚く商人。
まあ盗賊やら何やらが出るのなら、たった三人(従者は幼女)で、暢気に徒歩で旅はしないのか。
なるほど、だから隊商を組んで街道を進んでいたのか。変な目で見られるはずだ。
(……そんな危険な森には見えなかったけどなあ)
「お貴族様は、相当腕が立つのですね」と、商人は一人で納得してくれた。
「はは。まあ、そんなところです」と僕が苦笑していると、
「貴方、見る目があるのですね」
「主様は、それは凄い方なのですー」
と盛った話に便乗するミラとサラ。
……何故ドヤ顔なんだろう。二人の評価値は相当高いようだ。
「申し遅れました。わたしはデルク・ブラウエルと申します。メイシスの街で商いをしているものです」
デルクさんは一礼する。この辺りの礼儀作法みたいだ。
「僕は……」ええっと姓と名前が逆なのか?
「亮太・皆川と言います。気ままな旅をしている者です」と会釈して言った。
デルクさんの緊張が少し和らいだようだ。
「不躾な願いなのですが、途中まで同行させてもいただいてもよろしいでしょうか
詰め所まで行けば替え馬を借りることが出来ますから」
「ええ。良いですよ」
僕は同意する。そのメイシスの街の場所も知らないし、馬か馬車でも借りられるのならそれに越したことは無い。
今まで無事だったけれど、そんな物騒な話を聞いては暢気に歩いてはいられないしね。
兵士たちがいる詰め所、商人さんが説明して馬車を手配してくれた。
服を破り、隠していたのであろう銀貨を取り出した。
「銀貨を三枚ですか」
「ええ。高いとは言っていられませんからね」
「ええ」
銀貨三枚が高いのか。なら金貨はどれだけ価値があるんだろう。
何処で両替出来るのかな? デルクさんに後で頼んでみよう。
手持ちが金貨だけでは、かなり不便だから。
馬車の乗り心地は思っていたよりも良い。魔法仕掛けのバネを使っていると言う。
この世界は中世ヨーロッパみたいに見えるが、実は快適なのかもしれない。
メイシスの街にはどんな施設があるか訊いてみる。
領主の別館と街の行政機関が一つになった館、県庁と警察を兼ねたものみたいだ。
元の世界にある生活必需品を売っている店(肉屋や八百屋など)も、規模は違えど存在しているようだ。
この世界ならではでは、冒険者ギルドがあるという。
やはり異世界だ、登録してみたいような、そうでないような……。
二時間ほど馬車を走らせると城壁が見えてきた。
「あれがメイシスの街です。大きな門が街への入り口です」
城門の鉄扉は五メートルはあるだろう。
そんな城門が、デルクさん曰くあと三カ所門があるという。
メイシスはかなり大きな街なのだろう。
街の入り口には衛士が六名警備している。
内二人が街に入る人たちから通行証の確認をしている。
結構な人数が並んでいる。
「おお、デルク氏その格好はどうした」と若い衛士が訊く。
「盗賊に襲われましてね、命からがら逃げ延びたのですよ」
「それは気の毒だな。最近はヤツら張り切っていて敵わぬ。
我らも任務を遂行しているのだが人手が足りぬよ」
知り合いの衛士との会話を終え、デルクさんは通行証を手渡し許可を得た。
魔道具による認識、この世界は魔法文明がかなり進んでいるのかもしれないな。
僕の番が来た。スーツケースに入っていた通行証を手にした。
(果たしてこの通行証は、この街で使えるのだろうか)
異世界転生しました、何て言っても信じてはくれないだろう。
(後見人は女神様、そんなこと言ったら頭のおかしい奴で終わりだろうな)
下手したら牢屋にぶち込まれるのかもしれない。
ドキドキしながら衛士に通行証を手渡す。
魔道具が判別して……。
内容を見て、衛士の顔が引きつる。
(これはやっちゃったのかもしれない)
僕はゴクリと唾を飲み込む。
「ど、どうぞお通り下さい!」
衛士が最敬礼して、僕たちは門を通ることが出来た。
六人全員が最敬礼している。どうやらあの通行証は凄い効果があるみたいだ。
(これは拙い。効果があり過ぎだ!)
「僕のことは是非内密に!
特命で来ているのです。バレたら厄介なことになるんです」
と、適当な嘘をでっち上げる。
「は。了解しました」と隊長らしき衛士が返答した。
ふう、どうにか誤魔化せたみたいだ。
馬車は進む。前の御者席に座るデルクさんと僕。
間に少し重たい空気が流れる。
「リョウタ様は、聖堂騎士様だったのですか、ご無礼をしました」
デルクさんは初めて会った時より緊張して話かけてきた。
「い、いや。そんな偉そうな者じゃありません。ただの旅人ですから」
ただの一般人ですよアピールをするが、彼の緊張は拭えない。
「で、ですが。あの通行証は教会でも最高位のお方しか所持できぬものですが」
「いやいや、そんなことは……」
確かに僕の後見人は、教皇より遙かに上の方だけどね。
「あの、このことは内密にしてもらえませんか。これからのことに差し支えてしまいますから」
僕の平穏な生活が壊されてしまうのだ。
「……秘密の査定ですね」と、デルクさんは独り合点している。
「ま、まあそんな所ですね。ハハ」
勿論そんな使命は受けていない。好きに生きろと言われただけだ。
気楽に生きたいのに、面倒な義務とか責任は勘弁して欲しい。
――だけど。
(もしかしたら、僕は凄い力を持っているのかもしれない)
何しろ女神様からお墨付きを得ているのだ。
それに若返ったし、この世界の言葉も理解出来ているのだ。
(これは特別なチカラを持っていてもおかしくない)
魔法と魔道具という厨二心をくすぐるワード!
賢者。いやいや大魔道士と名乗っても良いんじゃないだろうか。
ここは一つ、異世界転生のお約束を言ってみようじゃないか。
「ステータスオープン!」
僕は決め台詞を言う。
無音。冷たい沈黙。
一陣の隙間風。
……何も起こらなかった。
「あ、あれ?」
僕は周囲を確認してみる。僕の姿は、言う前と特に変わっていないようだ。
心配そうな目で僕を見詰めるデルクさん。
小首を傾げ、躊躇いがちに僕を見る、ミラとサラ。
「あ、あはは」
やっちまった!
顔を真っ赤にして笑って誤魔化す。穴があったら入りたい!
「待て、小娘」
怒鳴り声と罵声が耳に飛び込んできた。
周囲の人の視線が、僕からそちらへ向かうのが分かった。
「な、何ごとなんだろう」
僕は怒鳴り声がした方に、顔を向ける。
女の子が、誰かが追われているようだ。
「行ってみよう」
僕たちは、声のした方へ駆けていくのだった。
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