第2話 街道を三人で

 光が収まる。僕とミラとサラの三人は、古びた石畳で出来た街道に立っていた。

 街道の側は深い森。

 街道沿いの大木は伐採されているので、見通しはそれなりに良い。

 とは言え、何処へ向かっていいのか分からない。


「『そなたの思うが通りに生きるがよい』そう言われてもなあ」

 女神様はそう仰ったが、こんな訳の分からない場所にポツンと放り出されても、行く当てが無いと言う方が正しい。

 遠くで獣の鳴く声がする。朝方だろうか、柔らかい光陽を感じる。


 スーツケースの金属板に映る自分の姿を見て驚いた。

「へえ」

 かなり見た目が若返っている。

 二十歳前ぐらいだろう。

 転生前の僕は三十手前。仕事に追われて歌に希望を見いだした社畜だった。

 不摂生がたたり、ビール腹と近眼、最近は腰痛気味だった情けない身体が、高校時代の体格に戻っていたのだ。


(大学時代ではなくて良かったかもな)

 コクって振られ、やけ食いとふて寝で激太りした思い出が蘇る。

(まあ、お陰で押しの子に出会えたのだけどね)

 振られたことがアイドルにハマる切っ掛けだったのをしみじみと思い返した。

 それが良かったのか、悪かったのかは分からない。

 ただ純粋に楽しめることに出会えたことは、それはとても嬉しいものだったのだから。

 今は「女神様パワー凄え」と素直に感謝することにしよう。


 ――とは言え。

 武術の心得もない中身オッサンと、お付きの幼女が二人。

 こんな片田舎の街道に置き去りだ。

 これはある意味死ねと言われたようなものじゃないのか。

(と言うか、あの女神様が大雑把なんだろうな)

 天上人の考えはよく分からないものだ。


「参ったなあ、場所を指定してもらうべきだったのか……」

 頭を抱えそうになる。土地勘が全く無いのが心細い。

 せめて地図とか有れば良いのだけれど……。


 クイクイと僕のズボンを引っ張る黒髪の幼女。

 ……確かサラだったっけ。彼女はスーツケースを指さす。

「そうそう。餞別の品を貰ったんだった」

取りあえず頂いたアイテムを確認してみようか。

 何か有用なアイテムがあると良いのだけれど。


 僕はスーツケースを開けてみた。

 見かけより多くの品が入っている。

 明らかにスーツケースに入りきらない程の大きさの物まで……。

 黒革の豪華な長財布に目がとまる。先立つものが無ければ何も出来ないのだ。

 長財布の中身を確認すると、金貨が十枚出てきた。他の硬貨は無い。

「金貨か……」

 金なのだから、価値は高いと思うけれど、果たして一枚どれだけの価値があるのだろうか。この金貨、かなり大きいぞ。

 日本なら十万円以上するだろうけれど、この世界の紙幣価値は分からない。

 金属貨幣が主流なのだろうか。


「金貨一枚でどれだけ買えるんだい?」

 僕は黒髪の幼女、サラに訊いてみる。

 サラは小首を傾げ、にぱっと笑う。

 ……これは知らないな。

「ありがとう」ポンとサラの頭を撫でた。まあ、店で買い物すれば分かるだろう。

 金貨があるのなら、町で売買出来る。

「えっと。それじゃ近場の町に行こうか」


 お次に地図を広げてみた。

「おお」

 何か点滅している。恐らく僕たちが居る場所だろう。近くに森や町、村の名前が書かれている。

(異世界の文字が読めるぞ)

 流石は女神様パワーだ。いつの間にか翻訳コンニャクを食べていたようだ。

 ――だが、描かれている縮尺単位が分からない。

 知らない単位。キロなのかメートルなのか判別出来ないのだ。

 フィートとかじゃないだろうな。それとも全く違う尺度なのか。


 今度は白髪の幼女、ミラに訊いてみよう。

「ここに書かれている単位はどれくらいなんだい?」

 ミラも小首を傾げ、にぱっと笑う。

 …………これは知らないな。

 そっと自分頭を出すミラ。撫でろと催促しているようだ。

 僕は優しく撫でた。

 でも内心は穏やかではない。

(二人は、この世界の道案内役なのに、こんな基本的なことを知らないなんて……)

 幼女に訊いた僕が間違っているのだろうか。


「ほ、他にも色々有るぞ」

  気を取り直して他のアイテムを見てみる。

「えっと、この鍋は何だろう?」

 これで料理でも作れってことなのだろうか。

「その鍋は、主様が好む料理を一日に三度だけ、何でも一品だけ出せるお鍋です」と、ミラはスラスラと答えた。おお、やれば出来る子だったんだ。

「カレーやラーメンとかでも?」

「はい」

「それはありがたい」

 僕は食道楽ではない。グッズを買いすぎてしまい、三食カップ麺で給料日前を過ごしたものだ。

 自炊は殆どしないしね。もっぱら外食中心だった。疲れると料理を作る気力が失われるのだよ。

 そんな馴れ親しんだ味が、再び味わえるのは喜ばしいことである。

 レパートリーが少なすぎると、流石に飽きてくるんだよね。

 これはアタリだな。

 

 次の魔道具を取り出す。三十センチほどの黒い筒。両端には大小のレンズがついている。

 望遠鏡みたいだ。

「この望遠鏡も凄いのか?」

 望遠鏡を覗く。それは、僕の意思で物体を通過して、その先を見通せる魔法の望遠鏡だった。これは便利である。


 他にも色々あるぞ。

 女神様から貰った品を再確認しよう。 

 幾らでも出るスープ鍋。これは一日三度。

 スープ鍋と類似しているが、上位互換であるテーブル掛け。

 ただし、こちらは一日一度の限定。

 旅の地図。立体的で、全ての場所が記載されている。スクロール可能。

 障害物を透かせて見える望遠鏡。

 その他旅に必要な身分証明書。

 これは別に魔道具では無いみたいだ。だが作りはとても立派で、何処かの偉いさんが持っていそうな品である。

 女神様の印が描かれている。

 後、護身用のナイフも一振り出てきた。サバイバルナイフほどゴツくない。

 めぼしい品は、こんなものだろう。


「このスーツケースはどんな仕掛けがあるんだろう?」

 幾ら何でも入りすぎだ。

 今度はサラに訊いてみる。

「何でも入るスーツケースですー」

「これがあの有名だな魔道具か」

 マジックバック。転生もののお約束で、重要アイテム。バックの中に幾らでもアイテムや生き物を保管出来る代物だ。

 もしかしたら、このバッグが一番有用なアイテムなのかも知れない。

「流石に餞別の品だけあって、どれも便利なアイテムだな」

 これは助かる。女神様には感謝だな。

 スーツケースに、地図と望遠鏡以外の魔道具を収納する。


「さて、行こうか」

 僕は二人に声をかけてサラとミラを見やる。

 動かない二人。

 真面目な顔をしたサラとミラがいた。

「主様は、これから何をお望みですか?」とサラが前に出る。

「望み? いきなり言われてもパッと思いつかないよ。

 取りあえず一息つきたいかな。

 宿屋で休んでみて、この世界でしか食べられない美味しい料理とか、フカフカのベッドの上で眠りたいな。

 まあ、町に到着してからゆっくり考えるよ」


「むう、欲がありませんね。世界征服など如何ですか?」

 とサラ。

 少し不満げだ。ちょっとだけ怒った顔が可愛い。

「そうですよー。主様が望めば世界が手に入るのですよ?」

 とミラ。

 彼女は真摯な瞳で僕を見詰める。澄んだ瞳、オッドアイが綺麗だ。


 だけど、口から出た言葉は子供の夢物語そのもの、しかも二人が話した内容は、かなり物騒なのだ。


「世界を手に入れる? プッ」

 僕は思わず吹き出してしまう。あまりに突拍子もない話なのだから。

「むう、信じていないのですね」

 サラがプクッとほっぺを膨らませた。子供らしくて愛らしいものだ。

「いや、悪い悪い」

 他愛の無い子供の空想だと、無下にするのは可愛そうだ。


 僕はポンポンと二人の頭を撫でると、膝をつき、二人の目線に合わせる。

「そうだね、僕が困った時には力を貸しておくれ。

 それまでは大丈夫だから、僕がどうにかしてみせるからね」

 僕の言葉を聞いて、サラとミラは顔を合わせると静かに頷いた。渋々だけど納得してくれたようだ。


「じゃあ、行こうか。

 日没までに町まで行きたいんだ。夜道は危ないからね」

 流石に魔物なんかに出くわしたら、殺されるに決まっているからだ。

「大丈夫なのですよー」とミラ。

「そうなのです。主様に刃向かう連中は、サラとミラがやっつけてやるのです」とサラ。

 二人は胸を張り、威勢の良いことを言う。

「ハハ。有り難うな」

 僕は二人の頭をポンポンと撫でた。

 どうも二人は怖いもの知らずみたいだ。

 これは逃げ道を確保しつつ進まなくてはいけないようだ。

「まあ、いざという時に考えておくよ」

 そんなことにならないように、注意しなきゃね。

 こうして僕たち三人は、街道を歩み出したのだった。


                 ★

「さて、ここから近い町はどこだろう」

 再び地図を広げる。魔法の地図、拡大縮小が自由自在で、村や町の名前が正確に現れる。

 知らない文字が読めるのは便利だ。

「流石魔道具だ」

 相変わらず長さの単位はどの程度なのかは分からない。

 ただ、何となくだけどそれほど町から離れていないと思えた。


 地図を頼りに本街道に出た。

 街道は整備されていて、片田舎の手入れされていない国道よりよほどマシだ。

 道幅もそれなりに広いし、この道が主要街道だろう。

 ある程度の間隔でガス灯みたいなのがある。魔法の照明みたいだ。

 これは夜道を歩きやすい。文明レベルは思ったよりも高いのだろう。

  それに、山賊などの不意打ちを防ぐために、街道の周囲の木々は切り倒されていて、見通しは良い。

 これなら僕たちを狙う敵を見つけやすい。少しは安心できるかな。

 無鉄砲なちびっ子二人がお供だ。

 魔物の群れに囲まれたらアッという間にやられてしまう。

(後は、僕が注意してすすまなきゃな)



 そう考えて初めのうちは慎重に進んでいたが、二時間ほど過ぎただろうか、魔物どころかオオカミにさえ出くわさない。

 せいぜい野ウサギやリスなどの小動物ばかりだ。

(まあ、オオカミとかは夜行性だろうけどね)

 魔物も夜行性なのだろうか。

 それでも当初想像していたのとは違う、長閑な風景が何処までも続いている。

 次第に緊張感は薄れ、周囲の景色を楽しむ余裕も生まれてきた。

 敵をいち早く見つけるために、街道を選んだがこれは正解だった。

 歩きやすいのは良いことだ。石ころだらけのけもの道を覚悟していたので、嬉しい誤算である。

「もう少し歩いたら、休憩をとろうか」

「はーい」と元気な二人。


 僕は右手にサラ、左手にミラと手をつなぎ、街道を歩いている。

 後ろからスーツケースが一人でについてくる。AIに似た機能でもあるのだろうか、女神様パワーは凄いね。

 時折馬車の御者が、物珍しそうに僕たちを見るくらいで、めぼしい物とは出会わない。

 さえずる小鳥の声を聞いているうちに、最初の頃の緊張感は四散して、暢気に周囲の光景を眺めていた。

 太陽は頭上に近い、今の時刻は正午ぐらいだろうか。

 歩き出したのが早朝だから、

 三、四時間くらい歩いただろうか。それでもあまり疲れていない。

 若さと健康は素晴らしいものだとしみじみと思う。

 だがお腹は空いた。

 見通しの良い原っぱが見えてきたし、そこで休憩をとろう。



 僕はスーツケースから魔法のテーブル掛けを取り出して広げる。

「オードブルとか出ないのかな?」

 デパ地下の惣菜を思い浮かべる。

 テーブル掛けがモゾモゾと動き、ポンッとオードブルが出てきた。

「……どういう理屈なのだろう」

 魔法に理屈を求めてはいけない。小皿によそって、ミラたちに渡す。

 箸の使い方を教えて、紙コップにウーロン茶を注いであげた。


「いただきます」と僕が手を合わせると、それに習う二人。

 味はどうだろう。唐揚げを頬張る。肉汁が溢れて旨い。名店の味をしっかりと再現しているのだ。

「これは旨いな」

「はいなのです」

「美味しいですー」

 喜ぶ二人。僕たちは色々な料理の味を楽しんだ。

 締めにコーンポタージュを飲む。これも知っている店の味で、美味しい。

「まるでピクニックだな」

 これならば元の世界の料理を懐かしがることは無さそうだ。


 長閑な一時。

「昼寝をしたい気分だな」

 だが、流石に見ず知らずの場所で寝るのは危険だ。

「敵なんてへっちゃらなのです」と胸を張るサラ。

「そうですよー」それに同意するミラ。

「ハハ。その時はお願いするよ」

 木陰の下で、少しだけ目をつむる。いざという時に、逃げ出せるだけの準備をしておいて。



「おーい、そこの誰か。助けてください」

 弱った男の声。

 僕は目を開き、声のする方を見やる。

 茂みからヨロヨロと出てきたのは、薄汚れた男。

 初めは盗賊と思ったが、どうも違うようだ。

 悲壮な顔つきの男性は、僕たち姿を確認した瞬間に安堵の笑みを浮かべた。


「おーい、そこのお方。助けてください」

 男は再び叫ぶ。

 僕たちに向かって必死に手を振る姿は、どうも演技には見えない。

 念のため、魔法の望遠鏡で周囲を確認しても、あの男性しか見当たらない。

 大丈夫だろう。


「主様、行かれるのですか」

「サラたちも一緒に行くのですー」

 二人はキッと口を真一文字にさせて真剣な顔をしている。

「リアとサラは、ここで待っていてね」

 男性から敵意は感じられないが、もしもの場合があるかもしれない。

 僕は二人を待たせて、男の方へ歩いていった。


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