歌姫をプロデュース 僕は異世界でプロデューサーさんになる!

さすらい人は東を目指す

第1話 女神様の気まぐれ

 天高く馬肥ゆる秋。雲一つ無い秋晴れの下、僕は姪っ子と一緒にヒーローショーの会場に来ている。

 魔法少女のヒーローショーで、ちびっ子たちに大人気だ。

 姪っ子は大喜びだ。僕も微笑ましい。良い伯父さんとして面目は保たれた。


 だが、僕の本当の目的はそちらではない。

 ヒーローショーに特別招待されたアイドルグループ。それがお目当てなのだ。

 流石にいい年して一人で来るのは気恥ずかしい。

 そこで姪っ子を言い訳にしてヒーローショーに来たのだ。


 今をときめくアイドルたちは、社畜の心を癒やしてくれる正に女神。

 彼女たちがいるからこそ、僕はブラック企業で生き延びられるのだ。

 彼女たちの新曲。もちろんCDは購入済みだ。

 僕は、彼女たちの歌声に重ねるように一緒になってサビの部分を歌っている。


 と、絹を切り裂くような悲鳴が聞こえてきた。

 何事かと思い、声のした方を見やる。

 逃げ出す群衆。

 僕は、巻き込まれて姪っ子とはぐれぬように手をつなぎ、脇に逃げようと駆け出す。


「退け」男の野太い声。

 通販では売っていないアーミーナイフ。刃先が赤い。既に誰か斬られた?

 泣きじゃくる姪っ子の手を引いて立ち去ろうとする。

 だが、腰が抜けた姪っ子は動けない。

 仕方がないので、姪っ子を背中におぶろうとする。

 ――だが。

「どけえ」

 アーミーナイフを手にした男が、僕たちの直ぐそこまで来ていた。


 アイドルグループたちがいる。アイツの狙いは彼女たちか。

 犯人は、一直線にセンターの少女を睨み付ける。

 血走った目つきは、既に正気ではない。

 姪っ子が邪魔だと判断した犯人は、彼女目がけてナイフを振り下ろそうとする。


「危ないっ」

 僕は咄嗟に、犯人と姪っ子の間に割って入る。

「あ」腹部に鋭い痛み。言葉が出ない。どうにか姪っ子から犯人を引き離す。

 だが力がどんどん抜け落ちていく。

「う、ぐぐ……」僕が倒れ込むと、今になって誰かが犯人を取り押さえた。


「おじちゃん、おじちゃん」グジュグジュに顔を歪ませて泣きじゃくる姪っ子。

「怪我は、無いか」僕は精一杯の笑顔を見せる。

「うん」どうやら怪我は無いようだ。

 だが、溢れる涙が止まらないようだ。

 姪っ子の涙を拭ってやろうと手を伸ばす。

 が、腕が顔まで上がらない。


「もう泣かない、で……」

 ――そこで僕、皆川亮太の意識は深い闇の中に墜ちていった。


               ★


 僕は不思議な場所に迷い込む。上下の感覚の無い真っ白い空間。

 突然奇妙な空間に放り出された。『身体』の感覚は無い。

 まるで水に溶けたように感じる、思っているだけかも知れない。

 恐らく魂だけ、そんな不安定な存在なのだろう。


 それを感じ取ると同時に、『ああ、僕は死んだのだ』と、唐突に悟った。


 人の気配を感じる。誰かが僕の前に立っているらしい。

 らしいというのは、今の僕には目がないために、気配を感じる程度しか出来ないからだ。

 その人は、何か喋っているようだ。

 だが、何を言っているのか理解出来ない。


 その人の手が、僕に触れたような気がする。

(ん?)

 光を感じ取れる。

 ボンヤリとだが周囲の様子が『見える』ようになった。

 ――線の細い腕、女性のようだ。

 彼女が、僕の「頭」に触れているのだ。

 まあ、どこが頭だかイマイチ良く分かっていない。まだ少し感覚は戻ってきていないのだ。

 だが意識は次第にハッキリしだした。


「ふむ。久しいな、魂が紛れこんで来るのは」と女性の声がする。

「ほう、姪を庇って死んだのか。見かけと違い勇敢なのじゃな」

 鷹揚な若い女性の声だ。彼女は淡々と話す。

「そなたの思い出を見るに悪党では無いようじゃな。

 ふうむ。少しだけそなたに興味が湧いてきたぞえ」


 声の主の姿が、朧気に『見えて』きた。

 まだボンヤリとしか見えないが、どうやら僕の前には、二十歳前後の女性がいるようだ。

「は、はあ」

 僕は、何とも間抜けな声が出た、そんな気がする。

「他にそなたに関係あるものは……」

 女性は、僕の記憶を読み取っているみたいだ。

 何だかむずむずする。だが、身体は動かせない。

 というより身体は無いのかもしれない。


「演劇か? なんじゃ、この歌って踊る女子たちは?」

「は、はい。えっとそれはですね」

 どうやらアイドルの映像のことを言っているようだ。

 何故だか分かるのだ。

 目の前の女性は、神様かナニかに違いない。


 僕は『声』を出して返答する。

 ここが勝負どころだ。彼女に興味を持って貰わなければならない、そんな気がしてならないのだ。


 僕は必死に説明する。好きなことを語るのは得意である。

「――その「あいどる」とは何なのじゃ?」

 憧れ、応援したいという想いの結晶でしょうか。

「――ふむ。偶像みたいなものか。

して、何故女子が何人も寄っているのじゃ? 一人では駄目なのか?」

 ええっとユニットと言いまして、自分の推しのこと。それを見つけ出す楽しみというか、何というべきか。

  例えばこの子、僕の一番の推しなんですが……。


「フフッ。何ともまあ良く喋るのう。そなたの言うことは半分も分からぬ。

 じゃが、そなたがそれほど熱心に語るのは、それほど面白いからなのかえ?」

「は、はい。勿論!」

「フフッ。真、愉快な者じゃのう。偶像、か」


 朧気な視界がくっきりと晴れて、よく見える。

 僕の目の前には、絶世の美女が上等な椅子に優雅に腰掛けている。

「それほどまでに偶像に憧れるのか。

 何の願いも抱かずに。ただ想うのみ、か。

 何とも長閑なものじゃなあ。そなたは余程平和な國の出みたいじゃのう」

 美人さんは、雲海の下をのぞき見るとチッと舌打ちする。

 それはこの人の仕草には似合わなかった。

 余程不快に感じているのだろう。


「下で阿呆どもが相変わらず戦をしておる。わらわが手を下すのも馬鹿らしい。

 ふむ。気晴らしでもしようかのう」

 美人さんが指をパチリと鳴らす。

 僕の『身体』が温かい光に包まれる。

「これは……」

 透けて見えた身体が、くっきりと見える。


「触れる。生き返った?」

 地面の固さを感じ取れる。

 頬を撫でるそよ風を感じ取れるようになったのだ。


 美人さんは答えるでもなく、妖艶に微笑んだ。

「一つ、仕事を頼もうかのう」

「……この世界に蘇ったことへの、見返りですか?」

 僕は恐る恐る訊く。

「もしくは、ただの気まぐれとも言うぞ?」

「は、はい。何なりと」

 この目の前の美人さんは、気まぐれで人間を生き返らせることが出来るのか。

 怒らせるとおっかないヒトらしいな。


「お主がやってみると良い」

「え、何をですか」

 美人さん――女神様の話では、下の世界で戦争がどうとか言っていた。

 まさか戦争に参加しろとか言うのだろうか。

 もしそうならば、僕なんてあっという間に死ぬぞ。

 三十手前の社畜の体力は、常に疲労に苛まされているのだから。


「ぼ、僕は一体何をすれば良いのでしょうか?」と恐る恐る尋ねる。

「フフッ。簡単じゃ、そなたが面白いと思うことをすれば良いのじゃ」

「面白いこと、ですか? 戦争に参加するでもなくて?」

「そうじゃ。そなたの心が赴くままに」

「何をしても良いのですか?」

「うむ」女神様は悪戯っ子みたいな微笑みを浮かべる。

「そ、そうですか」

 いきなりそんなことを言われても面食らってしまう。

 僕は目の前でたおやかに、或いは妖艶に佇む美女をじっと見詰めた。


 この美人さんが、本物の女神様なのかどうかはイマイチ分からない。

 もしかしたら女神などでは無くて、悪魔なのかも知れない。

 ――だけど。

 もう、既に死んだのだ。

 二回目の人生。生きること、何かが出来るチャンスを貰ったのだ。

 生き返らせてくれただけでも有りがたい。

(この美人さんに賭けるしか無い、な)

 願わくば悪魔ではなくて、女神だと信じて。

 こんな美人さんが悪魔では詐欺だ。

「では、お引き受けいたします」

 僕は深々と頭を下げた。偉いさんへの挨拶は大事なのだ。


「美人さんか。ホホホ妾を見てそう感じるか。

 そなたの眼には、そう「見える」のか。

 妾を見て跪くわけでもなく、恐怖におののくわけでもない。

面白い奴じゃなあ」

 女神様は、愉快そうに笑う。


「そうそう。そなた独りでは何かと不便じゃろう。それ」

 女神様が右手をそっと掲げる。

 黒と白の靄が現れる。二つの靄は塊となり、

 双子の幼女となった。人形みたいに綺麗な子だ。

 姪っ子と同年代だろうか。


「妾からの餞別じゃ。

 そなたの手助けとなるだろうて」と女神様。

「わたしの名前は、ミラと申します」と黒髪の幼女。

「わたしの名前は、サラと申します」と白い髪の幼女。

「「宜しくお願いします、主様」」

 ちょこんと両手でスカートの裾をつまむ。

 ああ、これは漫画で見たことがあるぞ。確か、カーテシーとかいう行儀作法だ。


 黒髪と白髪の幼女、ミラとサラを見やる。

 二人の瞳は、片方が深い碧。もう片方は金色だ。

 オッドアイで二人の瞳の色は、黒髪と白髪同様に左右対となっている。

 彼女たちからは、どことなく神秘的な雰囲気が感じ取れた。


 二人は同時にニコッと微笑む。正に美しい人形、少しドギマギしてしまう。

 うう、僕にその手の趣味は無いぞ。

「あ、ああ。こちらこそよろしく」

 僕は会釈して二人をジッと見詰めた。

 ふいに記憶が蘇る。姪っ子の笑顔を。


「……あ」

 僕は二人を見て姪っ子を思い出した。

 目の前で親しい人が殺されたのだ。

 トラウマになっているのではないのだろうか?

 そんな心配、心残りが脳裏をかすめた。


 今までの話のやり取りから考えると、僕は元の世界に戻ることは出来ないだろう。

 生き返っただけでも僥倖なんだと察する。

 だけど、やり残しがあるんだ。


「女神様。その、お願いがあるのですが」

「なんじゃ、申してみるがええ」

「僕が死んだ後は……。家族はどうなったのか知りたいのですが……」

 いくら女神だとはいっても、僕の居た世界まで知っているのだろうか。

 ならば、僕が死んだ後どなったのか知りたい。ダメ元で聞いてみる。


「ふむ」

 女神様は小首を傾げる。

「異国の葬儀が見える。そなたの葬儀じゃろう」

「そう、ですか」

 僕にもその光景が、映画館のスクリーンのように映る。

 自分の葬式が終わった後みたいだ。自分の棺桶を見ることになるなんて……。

 なんとも不思議な気分だ。

「あの、女神様。家族たちと別れの挨拶は出来ないのでしょうか」


 女神は、スッと目を細める。

 そして、次の瞬間フッと微笑む。

「ああ。出来るぞえ」

「あ、有り難うございます」

 僕は家族に別れの挨拶を告げる。異世界で生き返ったと。

 もう会えないことを許して欲しいと。

 そんなことを急に告げられても、信じられないだろう。


 だけど、両親は信じてくれた。

 姪っ子の泣き声が、少しだけ収まった。

「さようなら。元気でな」

 届かない距離、届かない姪っ子の頭。彼女の頭を優しく撫でた。

 姪っ子の涙が止まったように見えた。

 映像は、消えた。


「別離は済ませたのかえ?」

「はい。有り難うございます」

 第二の人生を歩み出すためには、過去に囚われるのはいただけない。

 もう戻ることは出来ないのだから。

 元の世界に生き返ることが出来ない以上、この世界に何があるのか皆目見当もつかない。

 願わくば現代日本とまでは行かなくとも、それなりの世界でありますように。

 さようなら、数少ないオタク友達よ。

 彼らとも挨拶をしたかったが、そこまでは出来ないようだった。


 心細く想っていると、両手をギュッと握る温かい感覚に気づいた。

「主様、元気を出しましょー」と、サラが微笑む。

「さあ、行くのですよ」と張り切るミラ。

「……ああ、行こうか」

「他にも道具を色々と用意しておいた。使い方は追々に二人に聞くとええ」

 女神様が指を鳴らすと、空中から、漆黒のスーツケースが現れた。

 僕はそれを手に取る。

「はい。お心遣い有り難うございます」

「うむ。では良い旅路を。そなたの思うが通りに生きるがよい」

 女神様が片手をフワリと挙げると、僕たち三人は光に包まれて行くのだった。


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