第2話
……波の音が聞こえる。
打ち返す。……心臓のように。
【シビュラの塔】の現在の状況を調べて、もし、黄金の扉が閉じていたら、少なくとも兄のルシュアンに開く力と意志が無い限りは、【シビュラの塔】は起動しないことになる。
ジィナイース、と呼ぶあの声が、今はルシュアンを呼んでいるのかは分からないけど、
もしそうだとしたら、多分……。
(運命が、僕を見放したということだ)
シビュラの塔を開く資格を失い、
光の花の道は枯れ、
二度と通ることは出来ない。
でも、と思う。
(もしそうなって、もしフレディが国に帰れるようなことがあったら、僕も一緒に、神聖ローマ帝国に行ってみたい)
勿論全てを、話せる全ては話してからだ。
シビュラの塔の起動に、自分が関わってたとしたら、フェルディナントがどう思うかは聞かなければならない。その結果絶対に許せない、失われた悲しみも、怒りも永遠だと言われたら、彼の側を離れるしかない。当然だ。
一緒に暮らそうとまで言ってくれた人を偽ることなんかできない。
共に眠る意味は、悪いこともいいことも、互いの全てを見せ合い、受け止める覚悟を決めることだと思った。
話して、許されなかったらフェルディナントの元を去り、……ヴェネトも去ろう。
そうなったら、それはちゃんと受け止める自分でいたい。ネーリは思った。
ようやく、そこまで心が定まった。
ヴェネトの治安は、もう自分だけの力ではどうにもならないが、フランス・スペイン・神聖ローマ帝国の三国が来てくれた。イアン・エルスバトは必ず【シビュラの塔】をなんとかすると、言ってくれた。彼らは強い使命感と、強い力に守られている。
ヴェネトを離れ、勿論、ローマの城にも行かない。
追手がつくかは分からないけれど、出来るだけ遠い場所に行く。
かつて祖父がそうしたように、船を乗り継ぎながら、世界中を旅して、絵を描きながら、……時々ラファエル・イーシャの元を訪ねて、元気な顔を確かめて、また旅に出る。そういう人生でも、構わない。永遠にフェルディナントに会えなくても、自分は彼のことがきっとずっと好きだ。
終の棲家が無くても、その人が生きているそこが、家になるとラファエルは言ってくれた。まるで祖父が、時を越えて自分に大切なことを言いに来てくれたようにも思えた。
ヴェネトに居続ければ、きっといつか、命を奪われる。
名前を奪われたのはその予兆だ。
ラファエルはそれを危惧して、こんなところまで警告に来てくれた。
自分がヴェネトで殺されれば、ラファエルが悲しむ。
今までは、自分の命は驚くほど軽くて、失っても誰も悲しむ人はもういないと思っていたけど、ラファエル・イーシャだけは別だ。
彼が本気なのは、会って分かった。
あんな約束の意味もする術も知らないような幼いころにした再会の約束を、彼は忘れず、守ってくれた。彼の友情にだけは、応えなければならない。世界中を旅して、元気にしている、と時折絵を送ればラファエルは安心するし、心から喜んでくれると思う。
彼はもはや、自分に残されたたった一人のかけがえのない存在だ。
……もし、フェルディナントが全てを知った上でも心は変わらないと言ってくれたら。
(フレディの所に行きたいな。絵を描く旅にも出たいけど、彼の許に帰って、絵を描いて、一緒に暮らせたら)
きっと、すごく幸せなことだ。
眠りながら、自分が泣いているのが分かった。
拒絶される時の寂しさと、
許される時の嬉しさ、
どっちもの狭間を、今泳いでいる。
でも確かに幸せを感じた。
何も未来が決まっていない今――、
(きっと一番しあわせだ)
悲しみの涙もあるけど、これはそうじゃない。
温かい想いと共に溢れて来るものだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます