第12話 堂本が入って来る前に戻った職場

「いらっしゃいませ~」


 堂本が停学処分を受けてから1週間が経過した。


 本日も裕斗は千春や結梨と共にシフトに入り、アルバイトに従事する。


「武本君。仕事が早くなったね」


 時刻は20時。店の1番忙しい19時を過ぎ、落ち着き始めた頃。


 千春がシンクで客によって返却された食器などを洗う裕斗に声を掛ける。


「そうかな? そんなことは特に感じないけど」


 裕斗は手を止めずに洗い物を進めながら片手間に答える。


「またまた謙遜しちゃって。絶対に早くなってるよ。最近、急激に成長をしていると思うよ! ねぇ結梨もそう思うよね? 」


 千春も手を止めずに返却されたお盆をダスター(布巾のようなもの)で拭き上げる。


「結梨もそう思うかな。確かに最近の武本君の仕事の成長ぶりはすごいよね」


 結梨も千春に共感を示す。


「いやいや」


 千春と結梨といった美少女の2人に仕事ぶりを褒められた裕斗は幸せな喜びを感じつつ、恥ずかしさから彼女達から視線を逸らす。


「やっぱり堂本君が悪影響だったんだよね。堂本君が居なくなってから伸び伸びと仕事が出来ている気がするもん」


「そうだよね。堂本君が解雇されてから武本君以外にも仕事できるようになったメンバー増えたもんね」


 千春と結梨は何度か首を縦に振り、似たような動きをする。どうやら思う節があるようだ。


「堂本君が居なくなって無断遅刻するメンバーが消えて。こっちとしても大助かりだよ」


「本当に。仕事できるからあまり文句を言えなかったけど。かなり振り回されてたところあったもんね」


「うんうん。あ、話を変えて申し訳ないけど。武本君そろそろ休憩に行って来たら? まだ入店して休憩取ってないでしょ? 」


 千春は厨房内の時刻を確認し、裕斗に尋ねる。


「そ、そうだね。まだ1度も取ってないね」


「なら今はオーダー落ち着いてるから。30分ほど行ってきなよ? 」


「うん。結梨も千春に賛成」


「それじゃあ。お言葉に甘えて」


 裕斗は洗い物を切りが良い所で済ませ、POSレジの場所まで移動し、休憩を30分間ほど取る。


「休憩30分頂きます」


 裕斗はシフトに入っているメンバーに休憩を取る旨を呼び掛けるように伝達する。


「「「いってらっしゃ~〜い!! 」」」


 厨房に身を置く3人の他のメンバーが歓迎ムードで裕斗を休憩に送り出す。


 裕斗は厨房から事務所に移動すると、被っていたベレー帽を外し、私物の入ったロッカーからスマートフォンを取り出す。


 スマートフォンを操作しながら、事務所に設けられた机に腰を下ろす。


 裕斗のSNSのトークアプリ内には1週間前に堂本から届いたメッセージが存在する。


 しかし、裕斗は先手を打つように堂本のアカウントをブロックしていたため、これ以上はメッセージが届かなかった。当然、返信もしていない。


 しばらく無言でスマートフォンを操作し続ける裕斗。


 アルバイトメンバーから堂本が消えたことで少なからず以前よりもリラックスして仕事に取り組んだり休憩を取れるようになった。以前は何処か焦ったり多大な緊張感を覚えて落ち着かなかった。


「ちょっと。お茶でも買ってくるかな」


 裕斗は無意識に独り言を呟きながら席を立ち上がり、事務所を退出しようと試みる。店の近くに自動販売機が設置されているため、そこで飲み物(お茶)を購入する予定だ。


 だが、それは叶わない。


「おらぁ~〜!これどうなっとるんじゃぁ~〜!! 」

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