第13話 カスハラ
「どうしましたか? 」
店内に響き渡る怒号に素早く反応し、千春が客の居る券売機前に自ら伺う。
「あ? ふざけんなよ!! この券売機が上手く使えないんだよ!! 」
70代を超えた高齢者の男性が激昂して券売機を乱暴に叩く
「申し訳ありません。お客様。壊れる恐れがありますので」
千春は店のことを第一に考え、やんわりと高齢者の客を注意する。
「はぁ!? お前、従業員の立場で客に注意するんか!? わしを舐めとんのか!! 」
高齢者の客は千春を鋭い眼光で睨みつけながら、大きな声で怒鳴りつける。
「いえ。決してそんなつもりは」
高齢者の客の高圧的な態度に委縮し、ビクッと大きく両肩を震わせる千春。
「いいや。舐めとる。まったく近頃の若いもんは教育がなっとらん。それに最初の接客態度が気に入らん。まず客が困ってたり怒ってたら普通、申し訳ございませんか、すみませんか、で入るべきじゃろうが!! 」
高齢者の客の怒りは収まることを知らない。
不幸にも券売機近くに他の客は居らず、助けてくれる人物も存在しない。
「はい。…すみません」
千春は真剣な顔で深々と頭を下げる。
「ちっ。たくっ。イライラさせよって。おい! 店員!! ささっとこの券売機の買い方教えんかい!! わしは腹が減っとんじゃ!! 」
高齢者の客は依然として高圧的な態度で券売機を指差し、千春に偉そうに命令する。
「は、はい。ただいま対応いたします」
千春は悲しそうに泣きそうな顔で客の要望に従おうとする。
一方、大きな声に反応して厨房に帰還していた裕斗は黙って千春と高齢者の客の掛け合いを見ていた。
至近距離に居なくても千春が怯えているのは明らかであった。
また、また、店内の従業員は裕斗以外、全員女性であり、皆が客の威圧感に委縮している。千春の友人の結梨も助けに行こうとしているが、あと1歩が出ない状態だ。
(どうしよう。前に堂本に色々とバカにされていた時、たまに石田さんが俺を庇うように守ってくれたからな)
裕斗は千春を客から救おうか躊躇する。結梨と一緒で中々勇気を振り絞れない。
(でも。ここでただ傍観しているのは男としてダサいし。石田さんにこれまでの恩を少なからず返さないといけない)
裕斗は既に泣きそうな顔で高齢者の客に一生懸命説明しながら、券売機を操作する千春を視界に収める。
(よし!! 行け裕斗!! ここで石田さんを助けないなんて最低だ。男として情けないぞ)
裕斗は自身を奮い立たせる言葉を胸中に掛け、勇気を振り絞って千春の下に向かう。
「石田さん。もうその辺で良いよ。こんな人に丁寧に説明する必要ないよ。辛いでしょ? 」
裕斗は券売機前に到着し、千春を安心させるように優しく声を掛ける。
「武本…君」
千春は僅かに目に涙を溜めたまま、裕斗の声に反応し、視線を向ける。裕斗の顔を認識して少しだけ安心した表情を浮かべる。
「なんじゃと? 今、お前、客に何を言ったか分かっとるんか? 」
高齢者の客が裕斗の言葉に敏感に反応し、バカの1つ覚えのように大きな声で怒鳴る。
「あぁ~。うるさいうるさい。聞こえてるから」
裕斗は胸中で多大に発生する恐怖を抑えるように棒読みで高齢者の客に対応する。
「分かっとるんなら、なんじゃその態度は? お前もわしのこと舐めたとんか? 」
「いや。舐めてないし。てか、あんた、お客さんじゃねぇし」
「なんじゃと? それはどういうことじゃ!! 」
「いやいや。券売機で商品購入してないなら、お客さんじゃないだろ。実際に金払ってないし」
裕斗は内心ビクビクしながらも正論を放つ。
「だから! わしは券売機で商品を買えんのんじゃ! この店は、わしみたいな年寄りに冷たい店じゃからの。買う予定ではあるんじゃ!! 」
「そんなの知らねぇよ! あんたのITスキルの欠如だろ? 自分の能力不足で他人に当たるなよ。しかも、お金払ってない客でもないのに生意気な。さっさと帰ってください。それと本当に買いたかったら券売機を自身で操作して商品を購入してください。私達、従業員は一切手伝いませんけどね」
「くっ。もういい!! わしは帰る!! もう2度とこんな店来てやるもんか!! それとクレームも入れてやるから覚悟しておれ!! 」
「どうぞどうぞ。それとうちの店、ネットからのクレームしか承っていないので。お電話でのクレームは出来ねますので。ご注意を!! 」
「ふん!? そんなの知るか!! 」
高齢者の客は何処か悔しそうに踵を返すと、ぎこちなく杖を突きながら店を出て行った。
店を出た後にバチが当たったのか。高齢者は店の階段の段差にバランスを崩し、無様に転がった。その痛みに耐えられないように表情を大きく歪めた。
(ははっ。ざまぁ)
高齢者のダサい一部始終を見ていた裕斗は胸中で不幸を笑った。
「石田さん大丈夫? 」
裕斗は高齢者の客から興味を無くしたように視線を外し、千春を心配する。
「う、うん。なんとか」
千春は何処か上の空の顔で頷く。
「よかった。それじゃあ戻ろうか」
「う、うん」
裕斗は厨房に戻ろうと踵を返す。
その直後、千春が裕斗のコックシャツの裾を掴む。
「うん? どうしたの? 」
裕斗はコックシャツを通じて違和感を覚え、わざわざ振り返って千春に確認する。
「あ、ありがとう。すごい。すごい助かった」
千春は普段と様子が異なり、頬を赤く染めながら感謝の言葉を裕斗に伝える。
「当然のことをしたまでだよ」
裕斗は謙虚に対応すると、再び歩を進める。
千春も裕斗の動きに合わせるように歩き始める。
しかし、裕斗のコックシャツの裾をずっと放さないまま。
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